第22話

 荒れ狂ったごとく駆けていたが、思考停止して逃げているわけではなかった。

 来た道を単に戻るのではなく、シュウは別の道を選び、可能な限り速度を落とさず逃走を続けていた。


「敵との距離はっ!?」

「徐々に広がっていますが、敵の性質上振り払うのは無理でしょう。このまま引きつけて、シーブリッジの入口まで戻りますか?」

「島の内部に五体もいたんだ。シーブリッジはもう外部からきた増援に襲撃されてるかもしれない。シーブリッジの部隊がやられたら今回の作戦は終わりだ。みんなに頼るわけにはいかない」

「では、やるのですね?」

「それ以外に選択肢はないよ」


 レオナルドは車内にあったライフルを手に取り、弾倉を装着した。安全装置を解除して装弾すると、胸に抱えてサイドミラーに目をやった。


「どこで仕掛けますか? 向こうの射程範囲に入らなければ、こちらの弾も届きません。良い具合に裏をとれる場所があると理想的ですが」

「裏をとれるわけじゃないけど、この道をもうちょっと進んだ先にいいところがある。そこで迎撃しよう」

「ならば、到着したら貴公は降りてください。揺れる車内での狙撃は難しいでしょう」

「だけど、そうしたらレオナルドはどうするの?」

 愛用の武器を抱えた状態で、レオナルドは運転手の顔に目をやった。

 勇ましい輝きを、透明な瞳の奥にはらんでいた。

「私は囮です。貴公が敵を全て撃ち抜いてください」


 車は林道を抜けた。視界の左側に、幅三〇メートルほどの川が広がっている。

 前方に川に架けられた鉄橋が見えた。鉄橋は一本ではなく、視界の手前側と奥側に合わせて二本架かっている。

 シュウは一本目の鉄橋を素通りして、二本目で対岸に渡った。

 川の色は清らかだったが、堤防や水辺には戦車の残骸や死体が無惨に放置されていた。


「ほう、ここが先ほどいっていた場所ですか」

「橋が二つあるから周回して逃げ続けられる。道が狭いから攻撃を回避がしづらい。おまけに橋を渡った先は急峻な坂だ。こんなに囮と狙撃に適した場所はそうそうないよ」


 鉄橋を渡り終えた先の坂道は、林道からデイジー畑に続く道よりも傾斜が大きい。

 坂道の途中に、川に架かる二本の橋を見下ろせる休憩所がある。シュウは休憩所で車を止めて、エンジンをかけたまま運転席を降りた。

 助手席のドアが開き、次いで閉じる音を聞いた。

 シュウは車両後部からスナイパーライフルを手に取る。

 レオナルドとシュウは二人並び、休憩所から眼下を眺めた。

 鉄橋を渡るために縦一列に陣形を変えたタイプⅠの集団が、まさにこれからシュウ達の車が通った橋を渡ろうとしている。


「狙えますか?」

「やってみる」


 休憩所の欄干に銃身をのせて、右肩に銃底を押し付けて固定する。スコープを覗いてレティクルを調整して、照準を鉄橋に進入した先頭のタイプⅠに合わせた。

 長く息を吸って、呼吸を止める。右手の人差し指を引き金にかけて、タイミングを見計らう。

 いまだ。

 脳幹から伝達された合図に指先は忠実に動き、銃口から対戦闘AI用の強化弾が射出された。

 高速の弾速と相まって、狙撃銃による射撃はアサルトライフルと比較して二倍強の威力がある。直撃せずとも、タイプⅠ程度なら弾着した部位は吹き飛ぶ破壊力だ。

 弾丸は素直な軌道を描き、照準の真ん中に吸い込まれた。

 狙ったタイプⅠが、右側に避けた。

 何事もなかったように、タイプⅠの群れは侵攻を継続する。


「距離的には問題なさそうですね。反撃に応じないのは、向こうの射程外だからでしょう。橋を渡られると射程に捉えられそうですが」

「なんとか背後か、せめて側面を狙わないと」

「私が好機を作りましょう」


 宣言して、レオナルドはエンジンがかかったままの車に飛び乗り、抱えていたライフルを助手席に置いた。

 ハンドルを右手で握り、様子を窺っていたシュウに向かい、彼は微笑して左手の親指を立てた。

 シュウが軽く頷くと、車は駆動音を轟かせて方向転換した。

 休憩所からレオナルドの運転する車両を目で追う。

 車は坂の上から、タイプⅠが渡りきろうとしている鉄橋目掛けて急降下した。

 速度では完全に上回っている。ブレーキが間に合うのか不安になる速さだ。

 鉄橋を渡った先にある交差点を、レオナルドの車はタイヤから音を立てて曲がった。車両後部が引っ張られて交差点の一角にある標識にぶつかったが、走行に支障は無さそうだ。


 タイプⅠは移動速度を緩めないまま、自ら飛び込んできた標的を銃撃した。

 何発も命中していたが、軍用に開発された車両は装甲が厚くなっている。そう容易くは破壊できないはずだ。

 シュウは再びスナイパーライフルを構えた。

 が、まだ攻撃すべきではない。

 もう片方の鉄橋にレオナルドが進入した。

 タイプⅠは橋を渡りきったあとも縦一列の隊列を維持して、疾走する車両に弾丸を撃ち込みながら追尾する。

 タイプⅠも次々ともう片方の鉄橋に入る。

 一体目、二体目、三体目、四体目。隊列を乱さず標的を追う敵の五体目までが細い橋に移ると、シュウはスコープを覗いた。

 一番後ろに続くタイプⅠの三角錐形の機体に照準を合わせる。

 集中して、敵がはじけ飛ぶイメージを思い浮かべる。

 妄想は、引き金を引いた直後に現実の光景となった。


 身体の中心を撃ち抜かれたタイプⅠは内蔵の爆弾を炸裂させて、鉄橋の上から消し飛んだ。

 破片が川に降り注ぎ、激しい水しぶきがあがった。

 一体倒したが、喜んでいる暇などない。緩みそうになる気持ちを引き締めて、シュウは次の標的に狙いを定める。

 直線移動していたタイプⅠが、急に蛇行するようになった。背後に潜む敵への対応だ。

 左右へのぶれ方は不規則で、軌道が読めない。闇雲に一発撃ってみたが、当然のように弾丸は鉄橋のコンクリートの地面を抉るだけだった。


「落ち着け……」


 呟き、残弾は残っていたが弾倉を付け替える。コッキングレバーを引いて装弾すると、目視で状況を観察した。

 レオナルドは敵の射程を測り、敵の銃撃が届くか届かないかのギリギリの間合いを保っている。蛇行して速度が落ちているため、間合いの調整は多少楽になっているように見えた。

 橋を抜けて、直進して、初めに渡った橋に移る。

 蛇行するタイプⅠの群れが、獲物を追う獣のごとく友人の車両を執拗に追いかける。

 遠ざかっていた標的との距離が、標的が橋を渡るにつれて縮まっていく。

 距離が近ければ近いほど、弾着までのラグは少なくなる。命中する確率も高くなるはずだが、そもそも蛇行されて狙いを定められない現状では、距離以前の問題だ。

 側頭部から頬をつたった汗が、顎から滴り落ちた。掌でそれを拭い、スコープを覗いて蛇行にパターンがないか思考を巡らす。

 たとえあったとしても、シュウにはまったく読めなかった。


 ただ、眼下の道を橋から橋へ移動するタイプⅠを凝視していて、ひとつ気づいた。

 思い違いかもしれないが、賭けなければやられるだけだ。そう心を奮い立たせて、シュウはレオナルドの車両が曲がったばかりの交差点の中心に照準を合わせ、固定した。

 数秒後、スコープ越しに見る視界の左側からタイプⅠが現れ、鉄橋に進入するために視界上側へと消えた。蛇行していたが、レティクルの中心を通っていた。

 次の機体が一体目とは微妙に異なる角度から現れ、また消えていく。


 確信した。

 シュウは呼吸を止めて、人差し指を引き金に当てる。

 三体目のタイプⅠが視界に入ってきたが、無視した。三体目を倒せば敵戦力は分断される。それは囮と狙撃に分かれている現状において、最悪の展開といっていい。その事態だけは避けなければならない。

 四体目――最後尾の機体がスコープに映った直後、引き金を引いた。

 高台の休憩所から射出された弾丸は、鉄橋を渡るために交差点を曲がろうとしたタイプⅠの車輪の一つを吹き飛ばした。

 足を失ったタイプⅠは橋の柱に衝突した。

 動けなくなった機体に二発目の弾丸を撃ち込むと、タイプⅠの破片が周囲に飛び散った。

 肺の空気を全て押し出すように、シュウは息を吐き出した。

 不規則に蛇行するタイプⅠだが、交差点を曲がる際は必ず中心を通る。二つの橋で構成されるコースを一周するまでの間に、シュウは不規則のなかにあった規則を発見した。

 敵はまだ三体残っているが、交差点を三回曲がる頃には殲滅できる自信が湧いた。


「油断するな……」


 他ならぬ自分自身を叱責して、気を引き締める。

 何発か銃撃を受けているレオナルドの車両が、いつまで保つかわからない。

 できる限り早く片付けなければならなかった。

 橋を渡りきったレオナルドの車両が、交差点を左に曲がった。

 交差点の中心に照準を合わせて、三体目の機体が視界に映る瞬間を待つ。

 一体目。やはりレティクルの中心を通った。

 二体目もまた同じ。戦闘AIはまだ軌道が読まれているとは理解していない。あるいは、対策を打っていない。いまのうちに数を減らしておけば、最悪力押しでもなんとかなる。

 三体目の機体がスコープに映った。先ほどよりも距離が離れているため、機体が照準に重なるよりわずかに早く、シュウは人差し指を引いた。


「え――」

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