第23話
スナイパーライフルから弾丸が射出されると同時、三体目のタイプⅠは停止した。敵の移動を先読みした弾丸は交差点中心に命中したが、敵は着弾地点の手前で硬直していた。
偶然燃料が尽きたのか。放っておいても自爆するかもしれないが、念のため硬直した三体目のタイプⅠに弾丸を撃ち込んだ。
かわされた。
確実にシュウの狙撃に対する回避運動だった。
くるりと方向転換して、三体目のタイプⅠは渡りきったばかりの鉄橋を戻り始めた。
レオナルドはもう片方の鉄橋に移っており、彼を追う二体のタイプⅠもそちらの橋に進入するところだ。
最も恐れていた敵戦力の分断が起こってしまった。できれば単独行動しているタイプⅠを片付けたいが、認知されている状態で正面から狙撃しても当たるとは思えない。
休憩所から比較的近いレオナルドの渡っている鉄橋を注視した。
もう一方の橋を並走している敵がいる事実に、彼も気づいているはずだ。
突如、レオナルドの運転する車の運転席側のドアが開いた。
あろうことか運転手はそこから頭を出して、高台にいるシュウに届く声で短く叫んだ。
「狙えッ!」
丁寧な言葉遣いを忘れた男は、それだけいってすぐに頭を引っ込めた。
車の速度が徐々に低下して間合いが縮まり、タイプⅠの機関銃が苛烈に咆哮する。
構わず、開け放ったドアからレオナルドは顔を出した。
彼の愛用するアサルトライフルの炸裂音が連打する。
タイプⅠは速度を維持したまま、運転席の死角に寄った。当然、ライフルの銃弾も当たらない。
レオナルドの指示に込められた意味を悟り、シュウは友人の車両との距離を急激に詰めるタイプⅠを狙った。
レオナルドの弾幕によって回避不能に陥った先頭のタイプⅠに、シュウの弾丸は直撃した。
後方に続く機体は爆散した破片を正確にかわしたが、代償としてレオナルドとの間合い大きくひらいた。
鉄橋を渡りきったレオナルドは、周回をやめて交差点を直進した。
その先にあるのは、シュウのいる休憩所が途中にある坂道だ。
交差点を通過する際、レオナルドはもう片方の鉄橋を渡ってきたタイプⅠの射撃を受けた。苛烈な銃撃に助手席の窓ガラスが破砕したが、彼は怯むことなく坂道をのぼる。
車の背後で、分断されていた二体のタイプⅠが合流して縦列を組んだ。
シュウが敵を頭上から狙おうとした際、残弾があと一発であることに気づいた。
弾倉を交換する手が焦燥に震えていたが、もたつきながらもなんとか装着できた。
休憩所の欄干から顔を出そうとした直前、ふと冷静な思考が働いた。
いま居場所がバレれば、敵はこちらに向かってくるのではないか?
頭上からの狙撃を中止して、シュウは休憩所の入口に銃口を向けた。
建物と建物の間から、坂道の一部が見える。
おそらくレオナルドはまだ囮でいてくれる。となれば、やることは変わらない。
敵が彼に気を取られている隙を突く。休憩所から覗ける範囲は狭いが、残り二体の間隔は覚えている。一体目は無理だが、二体目ならばタイミングを合わせられる。
片膝を立てて、スコープを覗いた。欄干を支えとしていたときよりブレるが、標的までの距離は短いため問題ない。
徐々にレオナルドの車両の駆動音が音量を上げる。
そろそろかと思うと、風切り音とともに車が視界の左から右へ駆け抜けた。
余計な力が入らないよう呼吸を整え、腕のブレを抑えるため呼吸を止める。
一体目のタイプⅠが、シュウに気づくことなく駆け抜けた。
一帯目が視界から完全に消えたタイミングで、シュウは引き金を引いた。
狙う先は虚空。まだ敵の姿はスコープに映っていない。
弾着の寸前、左側の建物の陰から出現したタイプⅠが、レティクルに重なった。
近距離で対戦闘AI用に作られた強化弾頭を側面に受けて、機体はトラックに跳ねられたように吹き飛んだ。
車輪が地面を離れて一秒もしないうちに、機体は轟音をあげて粉微塵になった。
残る敵は一体。同じ方法でいくべきか。それとも別の方法を考えるべきか。計り知れない戦闘AIの学習能力を警戒して、シュウは即座に次の一手が打てないでいる。
スコープから一旦目を離して、止めていた息を吐ききった。
裸眼の視界に、倒したはずのタイプⅠがいた。
レオナルドを追尾して坂道を登っていったはずのタイプⅠだった。
銃口が、完璧にシュウを捉えている。
シュウはスナイパーライフルの銃身を下げてしまっていた。いまから持ち上げても、敵の攻撃には間に合わない。
射線上に遮蔽物はなく、逃げ場もなかった。
どうしてこうなのだろう、とシュウは思った。一番大事なときに、自分はミスをする。ハルカがタイプⅠを飛ばしてきたときも、そして今回も。
何が起こるかわからないと警戒しながら、無防備な姿を晒してしまった。
最後の瞬間に後悔して、死んでいく。きっと自分はそういった人間なのだと、シュウは思った。
銃声の音色が、廃墟と化した住宅街に響き渡る。
坂道の上から飛んできた弾丸が、タイプⅠの頭部にある機関銃を破壊した。
次の弾丸で車輪を、次で胴体を、次でさらに胴体を。
五発目の閃光も見えたが、その頃にはタイプⅠは原形を留めていなかった。
眼前で行われた正確無比な射撃は、昨日に見た光景と酷似していた。
タイプⅠの残骸が散らばる地点に、建物の陰から人が現れた。その手には拳銃がある。M9-AD4。充分に戦闘AIを破壊できるだけの威力を持つ武器だ。
現れた人物は弾倉を交換して、拳銃をホルスターに戻した。
その人物の視線が、片膝立ちのまま身体が固まっているシュウへと注がれた。
「五等兵にしておくにはもったいない腕ですね。この作戦が終われば、きっと貴公は昇進するでしょう」
ハルカが助けてくれたのだと思ったが、残骸を片足で踏んで立っていたのはレオナルドだった。
友人の射撃の腕が優秀であったことを、シュウは思い出した。
運転手として車に戻ると、シュウはタイプⅠと戦闘した坂道の頂上に向けて車を走らせた。
坂道をのぼりきってしばらくすると、周りの建物が少なくなった。辺りにある建物が樹木に変わり、コンクリートで舗装された道も土に変わった。
土に残る轍に沿って車をさらに進めると、林のなかに孤立した人工の建造物が見えた。
助手席に座るレオナルドが興味を示した。当然だろうと思い、入口が崩壊している教会の前で車を一旦止めた。
「ここが僕の昨日の目的地だよ」
「この教会でハルカ三等兵の魂を弔おうとしていたのですね。……建物の損傷が激しいですね。それに、タイプⅠのものと思しき残骸が大量に……」
「昨日の戦闘の跡だよ。話したでしょ?」
「現実の光景として目の当たりにすると、圧巻ですね。プラネトリアの力とはこれほどですか」
「しかも、この戦闘では一度もあの槍を使わなかった。使ったのはナイフと拳銃だけだ。改めて見ても信じられないよ」
昨日見た光景は鮮明に瞼の裏に焼きついている。
ハルカが現れなかったら、自分はここで死んでいたという事実とともに。
車を発進させた。教会の側面にまわり、雑草が刈り取られただけの道を進む。昨日教会へ来た際に駐車していた辺りを一瞥して、より森林の奥深くを目指した。
がたがたと揺れる荒れた一本道を運転していると、前方に左へ分岐する交差点が見えた。ハンドルを切って左折すると、シュウは車を止めてエンジンを切った。
車を降りると、微かに潮の香りがした。アサルトライフルを装備することも忘れて降りたレオナルドが、眼前に広がる光景に見惚れていた。
「これが、シュウのいっていたデイジー畑ですか……!」
茶色の土が途切れた途端、白色と黄色の花が一面に敷き詰められた場所に出た。
ここがデイジー岬――通称・デイジー畑と呼ばれる唯一戦争の被害を受けていない観光名所だ。
いまもなお、戦禍に汚されることなく〝平和の花〟は矛盾して咲き誇っている。
シュウは昨日もデイジー畑を訪れていた。ハルカを弔うための花を摘むためだった。
あのときは、まさかこんなにもすぐこのデイジー畑に戻ってくるとは思わなかった。むしろ、見納めになるかもしれないと考えていたくらいだ。
デイジー畑に一歩足を踏み入れて、微かな風に揺れる景色から“目的のもの”を探した。
ゆっくりと歩いて、見落とさないよう視線を左右に巡らせる。
後ろから、武器を持っていないレオナルドがついてきていた。彼もそうだが、シュウも予備弾倉しか身につけていない。平和の花が、シュウ達に武器を持ち込ませなかったのかもしれなかった。
「――動かないでくださいっ! 両手を挙げてっ!」
海を隔てる断崖の方角から、緊張をはらんだ甲高い声に命令された。
女性の声だった。傾斜で見えない位置に潜んでいたらしい。
条件反射で手を挙げてしまったが、シュウは女性の声に聞き覚えがあった。自分の直感も捨てたものではないと自画自賛して、手を挙げたまま首だけを声の聞こえた右側にまわした。
アスタリア軍の白い軍服を着た女性が、レオナルドの使用しているものと同じアサルトライフルを構えて丘に立っていた。
かつてのシュウの姉を彷彿とさせる黒髪が風になびいている。
見上げたシュウの瞳と目が合うと、彼女は目を見張って構えた武器の銃身を下ろした。
「シュウ=カジさん……!?」
シュウの姉の親友が、動揺した様子で彼の名前を呼んだ。
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