第21話

 先遣隊の合流地点からレングラードの中心部に向かう道に抜けると、やや移動速度を落としてシュウはため息をついた。


「これでもう軍には居場所がなくなるだろうなあ」

「大隊の総力を投入した作戦で命令違反したわけですからね。軍としては、コントロールできない私達を隊に置いておきたくはないでしょうね」

「レオナルドはそれでよかったの? せっかく兵長になれたのに」

「戦争と友人を秤にかけて、片方を選んだだけです。後悔はありません。むしろ『やってやったぜ! ヒューッ!』、といった感じです」

「人のことをいえた身じゃないけど、馬鹿な奴だよ」

「褒め言葉として受け取っておきましょう」


 レオナルドの砕けた口調は聴くのは久々だった。


「もう軍にはいられないんだから、“兵長らしい”丁寧な言葉遣いはしなくていいんじゃない?」

「喋り方を変える機会なんてそうそうありません。私自身、兵長の立場は気に入ってますので、昔のように戻したいとも思ってないのです」

「兵長から降ろされるかもしれないのに?」

「そうですが、部下が元部下に変わっても、彼らは私を敬ってくれるでしょうから。私は彼らの兵長としてあり続けたいのです。シグムント中佐を慕うルートビッフィ大尉を見て、そう思いました」

「軍から左遷されたシグムント隊長を擁護して、ルートビッフィ大尉も第六大隊に異動させられたんだっけ」

「感動的ですね。上司と部下の関係とは、かくありたいものです」


 車は薄暗いトンネル内に進入した。

 電気は生きているため、点在する橙色の電灯が内部の様子を照らしている。相変わらず戦争の残骸は放置されたままだ。

 動かなくなった“モノ”の山を瞳に映しても、レオナルドは無感動だった。死体を見慣れてしまった彼にとって、故郷でもない土地に転がる残骸は、心を動かすには至らない光景なのだ。


「しかし、先遣隊としてレングラードに来ましたが、ここに敵部隊は残っているんでしょうかね? 戦闘AIの索敵能力は異常なまでに優れています。文字通り、我が軍の全滅が可能と断言できるくらいに。ならば、殲滅を終えたこの地からは完全に撤退しているような気がします」

「昨日僕がレングラードに着いて襲撃を受けるまでも結構な時間差があったから、あれはたぶん、僕が島に入ったあと、シーブリッジを渡ってきた部隊だと思う。どうやって僕が島に入ったことを知ったのかは想像もつかないけど」

「上空から監視されている、という説がありますね。もしもそれが真実だとすると、今回の作戦における我々の行軍にはさぞ驚くでしょう。同時に、殲滅できるだけの戦力を投入してくることが予想されます」

「その相当量の敵をハルカは一人で片付けるつもりなのかな。彼女の力は異常だけど、それでも何百もの大軍を抑えられるとは思えない」

「信じられなくとも、ハルカ一等兵に頼るしかありません。彼女も我々を信じて、作戦に組み込んでくれたのですから」


 絶大な力を有するハルカにとって、アスタリア軍と足並みをそろえての作戦は効率を落とす行為と断言できる。利用しているように見せているが、かつての身体の持ち主が属していた軍に組するのは、何か話していない理由があるのだろうとシュウは思っていた。

 今頃ハルカはどこにいるのだろうと考えるシュウの瞳に、暗いトンネルの出口が見えた。

 

 襲撃時の凄惨な状況が色濃く残る市街地に入ると、トンネルでは無感動だったレオナルドも嫌悪感を隠してはいられなかった。

 車は昨日とは別の道路を走っていた。

 早々に市街地を抜けると、車道は整備されているが、周りは樹木に囲われた林道に繋がった。


「いまさらの質問になりますが、貴公はどちらへ向かっているのですか?」

「島の反対側にある岬だよ。前に話したことなかったっけ? デイジーが咲き誇る場所があるって」

「観光名所としても著名なところですね。そういえば聞いた記憶があります。たしか、ハルカ一等兵……いえ、ハルカ三等兵が好きな場所だったとか」

「階級で呼び分けるんだ……」

「わかりやすいでしょう? それで、そのデイジー畑を目指している理由はあるのですか?」

「僕は昨日もレングラードに来たから知ってるけど、デイジー畑は戦禍を免れた唯一の観光名所なんだよ。昨日見たときも、街に広がる絶望的な光景が嘘みたいに、白と黄色の花が絨毯みたいに咲き誇ってた。レングラードに守る場所が残っているとすれば、デイジー畑の他にないよ」

「なるほど。私達がレングラードに来たのは奪還、そして敵軍の殲滅のためですが、貴公は防衛のために戦おうというわけですか」

「呆れたでしょ? ただのお花畑を守るために軍を裏切るなんて。こんなくだらない理由だと知ってたら、レオナルドもついてこなかったよね」


 大胆な行動をしておきながら、シュウは自虐的にいった。

 否定されても、いまさら引き返すことはできない。

 頭を下げてでも、道連れになってもらうしかない。

 申し訳ない感情を隠しきれていない言葉に、レオナルドはかぶりを振った。


「理由を知っていても、知っていなくとも、私はシュウについていったでしょう。いえ、目的を知っていたら、より一層の強い覚悟を持ってついていったでしょうね」

「お世辞はやめてよ。無意味な行動だって自覚してるんだから」

「無意味な行動なんてありません。私はこの国を守るために軍人になりました。国とは人だけではありません。貴公の行いは私の描いた軍人像そのものなのですから、悪くいうわけがないでしょう」

「じゃあ……最後まで付き合ってくれるの?」


 意図せず、縋るような弱々しい声色になった。

 心配そうに横目を向けたシュウを一瞥して、フロントガラスの先を見ながらレオナルドは首肯した。


「そして、私達に課せられた試練が現れたようです」


 奇妙な返答に、シュウは鋭く研ぎ澄まされたレオナルドの視線を辿った。

 樹木の板で作られた看板があった。大きな矢印と、あと五分という所要時間と、“デイジー岬”という加工されたフォントが記載されている。地元民も観光客もみんなデイジー畑と呼んでいるが、デイジー岬が正式な名称だ。

 看板の矢印が示す方角を、シュウ達の車両より先行して進む物体があった。数は五つ。三つの車輪が足の役割を担っており、物体の上部からは角ばった長い形状の金属が進行方向に伸びている。

 五つの物体は整然と横一列で並び、隊列を崩すことなくデイジー畑に続く坂道をのぼっていた。


「まだ気づかれていないようです。他に道はないのですか?」

「あるけど、このままだとデイジー畑が荒らされる」

「しかし、どうしてこんなところにタイプⅠがいるのでしょう? 敵軍は支配した地域を戦闘AIに巡回させているのでしょうか」

「わからない。でも、あれはハルカを探しているのかも」


 そうなると、ハルカはデイジー畑の付近にいることになる。先に飛び出したとはいえ、最短ルートでデイジー畑を目指したシュウを追い抜くには、同じく最短ルートで向かう必要がある。

 ハルカが先遣隊の集合地点から抜けた本当の理由は、“同じ”だったのだろうか。

 そんな可能性を考えたが、ハルカはシュウの姉がどうだったかなんて欠片ほども気にかけていない。デイジー畑を守ろうだなんて思わないだろうし、興味から花を観にいくような性格にも思えなかった。

 ハルカではないとすると、五体のタイプⅠは何を追いかけているのか。

 答えについて、シュウには心当たりがあった。それを命を懸けて付き合ってくれた友人に伝えようとしたとき、前方にある五つの兵器の動きがぴたりと止まった。

 シュウも咄嗟にブレーキペダルを踏み込む。

 次の瞬間、兵器の群れは一斉に百八十度方向転換して、頭部にある機関銃の銃口をシュウ達の車に向けた。


「事情が変わりましたね。正面からやりあって勝てる数ではありません」

「よくそんな冷静で――」


 「いられるね」と続けようとした音は、喉から出てくれなかった。

 タイプⅠの中腹にある索敵カメラは右往左往したあと、シュウ達の乗る軍用車両に焦点を合わせた。

 機械の状態を示すランプが、黄色から赤色に変化する。途端にタイプⅠは五体同時に車輪を回転させて、発見した敵対存在目掛けて突っ込んできた。


「ひとまず逃げようっ! ここじゃあ視界が広すぎて良い的だッ!」


 対向車線に飛び出すことを厭わず、シフトレバーを操作して後退しつつハンドルを切った。

 車両が半分ほど向きを変えると、残りの半分は前進しながら曲がった。

 車両が登ってきた坂の下を向くと、必死の形相でアクセルペダルを潰す勢いで踏み込む。

 マフラーから爆発したような白煙をあげて、シュウ達の車は目的地とは逆の方角に疾走した。

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