第14話

 大会議室に侵入した途端、シュウの足は金縛りにあったように動かなくなった。第六大隊を構成する中隊の長と大隊を率いる隊長と副隊長の向けた眼光に、体験したことのない威圧を感じた。

 とりわけ遠くから見たことしかないシグムント大隊長の存在感は尋常ではなかった。シュウとハルカを案内したルドルフも、表面上こそ堂々としているが、頭部にじんわりと汗が滲んでいる。

 一方で、ハルカは歴戦の猛者達の威圧を単身で跳ね除けたいた。

 彼女が高官達の囲う会議机に飛び乗るという常軌を逸した行動を取ると、状況は一転した。たった一人の女性兵士を前に、高官達は動揺を隠す余裕を完全に失った。

 大隊長に目をやった彼女は、とんでもないことを口にした。

 室内が不気味な沈黙に包まれたあと、副隊長であるジャンが腰のホルスターから拳銃を引き抜き、ハルカに照準を合わせた。


「本来なら警告なしで射殺しているところだ。他国との戦争の最中に味方を撃ち殺したくはない。聞かなかったことにしてやるから、所属する中隊の隊長を吐いて出ていけ」

「甘いな。オレだったら既に引き金を引いてる。だが、その甘さが良い結果をもたらすこともあるだろう」

「さえずるな。さっさと中隊長の名前をいえ。ここにいる十人のうちの誰かのはずだ。――そうでしょう、ルートビッフィ大尉」


 ジャンに名前を呼ばれたルートビッフィは、机の左側の真ん中に立っていた。

 手足を硬直させていながら、半開きの口だけが小刻みに震えている。明らかに他の高官と比べて動揺の具合が酷く、上官に名指しされたことにも気づいていないほどだった。


「ルートビッフィ大尉ッ! 答えろッ! 彼女は君の部下ではないのかねッ!?」


 今度は反応があった。ルートビッフィは眼球だけ動かしてジャンを眺めたあと、視線を元あったハルカの顔に戻した。


「……はい。確かに、彼女は私の部下でした」

「名前は?」

「ハルカ=カジです。ただ……彼女が本当に私の部下であればの話ですが」


 その名前が発せられた途端、周囲の高官からざわめきが漏れた。

 ジャンの眉間に深く皺が寄った。


「聞いた覚えのある名だ。どうやら他の中隊長も知っているようだな。それほど注目されるなら相当に優秀なのだろう。それが何故、こんな馬鹿なマネをしているのだね?」

「皆さんが驚かれているのは、彼女が優秀だったからという理由だけではありません」

「どういう意味だ」

「ハルカ=カジという名前の兵士は、先日の戦闘で殉職したからです」


「……ルートビッフィ大尉、君は自分が何をいっているか把握しているのかね」

「間違いありません。部下と一緒に、私が亡骸を持ち帰りましたので」

「嘘をいうな。ではここにいる彼女は、地獄から舞い戻ってきたとでも説明するつもりか」

「わかりません。ですが、今朝彼女の亡骸が、そこにいる彼女の弟であるシュウ=カジ五等兵によって無断で街の外へ持ち出されたと聞いております」


 室内にある全ての瞳がシュウの怯えた顔を映し出した。

 求められた以上は状況を説明しなければならないと思うが、常識の範疇から外れている彼女を高官達に解説するための言葉は、彼の頭にはまったく浮かんでくれなかった。


「やめとけ。そいつに訊くよりオレと話したほうが早い」


 狼狽するシュウに背中を向けたまま、ハルカは冷めた口調でいった。

 死んだはずの人間が立っている。ハルカは質問を受けると許可していたが、得体の知れない彼女に即座に話しかける者はいなかった。

 集まった高官は一人を除いて気まずそうに周囲の顔色を窺っている。何を訊くべきなのかもわかっていないようだ。

 何度目かの沈黙が生まれる。

 口火を切ったのは、ただひとり例外としてハルカから目を逸らさずにいた第六大隊の部隊長だった。


「……先ほど死んでもらうといっていたね。君はこれから我々を虐殺するつもりか?」

「そうじゃない。言葉遊びってやつだ。お前達とは協力したいと考えてるが、死を覚悟できない臆病者はいないほうがマシだ。使える兵士がいるか、ふるいにかけてるのさ」

「結構。それで、結果は期待したものだったか?」

「元から期待なんてしてねぇよ。まァ、そういう意味では悪くなかったといえるな」


 シグムントは瞼を閉じて、ゆっくりと息を吐き出してから続けた。


「ルートビッフィ君の話は本当なのか?」

「お前達の部下のハルカ=カジが戦死したのは本当だ」

「戦死者が死神となって戻ってきたのだな。現代に新たな神話が生まれようとしているらしい」

「的確な解釈だ。この先に続く未来は、古の物語みてぇに何世紀も先まで語り継がれるだろうぜ」


 大隊長と会話するハルカは頬を弛緩させていた。嘲笑にも見えたが、シュウは彼女が純粋に喜んでいるようにも思えた。


「何故我々の協力を必要とする?」

「敵を根絶やしにするためさ。お前達にとっても戦闘AIは厄介な兵器だろ? だから手を組んで片づけようって提案してんだよ」

「ウェステリアではなく、戦闘AIが君の敵か。危害を加えられた腹いせか?」

「個人の怨恨じゃねぇ。この惑星の価値を守るという大義のためさ。生物を殺戮することしか能のない兵器に統治されれば、生命を育むことを目的とする惑星の価値はゼロになる。ウェステリアの連中もいずれ気づき、後悔する。自国の生み出した兵器が、敵国だけでなく自分達をも食い尽くす悪魔だって真実にな」


 滞りなく喋るハルカに、シグムントの隣に座っているジャンが嘲りを返した。


「よくできてるが、ここは創作の話を発表する場ではない。常識を学んでから出直しなさい」

「オレは惑星が派遣したプラネトリアと名付けられた意志だ。便宜上、この身体の元の持ち主であったハルカ=カジの名前を借りることにしたが、お前達人間とは違う。常識の外にいるオレに、お前達の常識は通用しない。この肉体が、止まった心臓で呼吸を繰り返してるようにな」

「ぺらぺらぺらぺらと、次から次へとわけのわからないことを……ッ! 貴様のような三等兵が指揮して勝てるのなら、我々はとうに勝利を収めておるわッ!」


 会議机を両手で叩いて、怒気を前面に押し出してジャンがハルカを睨んだ。

 ハルカは心底おかしそうに口角を持ち上げた。


「はっ、笑わせんじゃねぇよ。お前のような雑魚が勝てるわけねぇだろ」


 そう侮辱された直後、一旦は下ろしていたジャンの拳銃が再びハルカを捉えた。

 今度は逡巡もなく引き金が引かれて、火薬の炸裂音が大会議室の壁に反響した。

 シュウは肝を冷やした。戦場で聞き慣れた音であっても、味方しかいない場所で耳にすれば平和だった頃と同じ反応をしてしまうのだと知った。


 拳銃は間違いなくハルカの眉間辺りを狙っていたが、発砲されたあとも彼女は立っていた。

 心臓が動いていない彼女が果たして額を撃ち抜かれたくらいで死ぬのかという疑問はあったが、そもそも彼女はどこにも外傷を負っていなかった。

 水平に伸ばした右手の先で、空気が虹色に煌いていた。

 そう認識した寸秒後、掌にシュウの窮地を救った神話の長槍が握られていた。


「最初からこいつを見せれば良かったか。わかりやすいだろ? お前達の間でも有名な|神話の長槍(グングニル)だ」

「な、なんだそれはッ! どこから出したッ!」

「その身をもって理解しろ」


 冷酷な響きを伴う声色でいい、ハルカは一歩、また一歩とジャンに近寄っていく。

 銃口を突きつけたまま、ジャンは彼女の動作を目で追う。

 やがてハルカの長槍が届く距離まで詰められると、引き金にかけていた震える指が、二発目の弾丸を射出した。

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