第13話
アスタリア軍第六大隊に所属する幹部が、作戦本部の大会議室に集まっていた。尉官以上の階級章を付けた面々は、会議室の扉側から階級が昇順となるよう席についている。第六大隊の長であるシグムントは最奥部に腰かけて、左右に座る幹部達の交わす議論に黙って耳を傾けていた。
本日急遽開催された会議の議題は、リベックの駐留に関する内容である。
「長いこと持ちこたえてきましたが、いい加減このリベックを守るのも限界ではないでしょうか。日を重ねるごとに殉職者の数が増えていますが、敵の数は一向に減りません。あまりにも兵力に差がありすぎます!」
「後退したからといって状況が好転する保証はない。我が軍は徹底抗戦。ここで死力を尽くして戦うべきだ」
「そんなの自殺行為です。確かに保証はないですが、現状にも希望は見出せません。一度作戦を練る時間を確保すべきかと」
「仇敵を討ちたい願いは捨てられない。しかしこのままでは十中八九、無駄死となるだろう。死んでしまえば復讐も叶えられない。いましばらくは慎重に行動すべきだ」
「『いましばらく』とはいつまでだ? 何もせず命を奪われるなら自分で腹を刺すのと変わらない。命を絶つことが怖くなったなら辞めればいい。誰も止める権利はないし、望みどおり“現時点では安全な場所”に行ける」
「馬鹿にするなッ! 誰が死ぬのが怖いといったッ! 俺が何年軍にいると思ってる! 入隊した日から国に命を捧げる誓いを忘れた日など一日もないッ!」
「根性論で話しても無意味でしょう。後退するのは賛成ですが、具体的な目的がないとなると、いずれ確実に迎える死を先延ばしにする延命処置にしかなりません。もはや時間が解決してくれる段階ではないと私は認識しております」
「――諸君、落ち着きたまえ。焦りは禁物だ」
階級に関係なく平等に討論していた尉官達が、その一声で一斉に閉口した。
場を整えようとしたのはシグムントではない。彼に最も近い位置に座っているジャンの制止だった。シグムントは表情を微塵も変えず、室内の様子に気を張り巡らせている。
ジャンは第六大隊の年長者であり、シグムントが隊長を命じられる以前は彼が隊の最高責任者であった。
ジャンが隊長の座を年下に奪われて面白くないと感じていることをシグムントは知っていた。
「反対する者の言い分もわかる。だが戦争は勝つためのものであって、死ぬことが目的ではない。私がひとつ確信しているのは、このままリベックに駐留していれば、この作戦本部が瓦礫の山に変わるのは時間の問題ということだ。具体的な対策を思いついたわけではない。だが目先の問題から目を背けるべきではないと思うがね」
副隊長の見解を耳にして、議論はあっさりと終結した。
どれだけ意見を交わしたところで、彼らに決定権などないのだ。部隊は隊長が舵を取る。隊長の方針に従うことが、彼らの果たすべき役目である。
静寂の室内で、リベックからの撤退に反対していた尉官がシグムントに顔を向けた。
「シグムント大佐も、ジャン少佐と同じお考えなのですか?」
「違いますよ大尉。シグムント大佐ではなく“中佐”です。無謀な作戦を強行しようとして第六大体に左遷された際に降格したことをお忘れですか? ルートビッフィ大尉、ともに左遷された身といえど守るべきことは守っていただきたい。混乱の原因となります」
「……失礼いたしました。それでは改めて聞かせてください。シグムント中佐は――」
「必要ないでしょう。この地で戦闘を継続したところで、無駄な血が流れるだけです。そうやって無惨に枯れる命には微塵も価値がありません。生きたなら、誰だって意味を感じたい。そのためには一度撤退し、たとえ一縷であっても勝利の望みを感じられる戦場で戦うべきです。中佐殿は多くの部下と国民の命を任された身、ならば当然そうお考えのはずだ。大尉はそんな誰でもわかることがおわかりにならないのですか?」
「……シグムント大佐も――いえ、中佐も撤退すべきとお考えになっているのでしたら、自分は従うまでです。失礼いたしました」
一礼して、ルートビッフィはもう何も喋る気はないと主張するように唇を真一文字に結んだ。
ルートビッフィはシグムントと共に第六大隊に異動してきた男だった。誠実で真面目、勇敢で愚直。おかげで怖気づいた上官に逆らったシグムントに同調してしまい、主力部隊からシグムントと共に外されて第六大隊に異動する羽目となった。
同種の人間であり、彼の上官でもあるシグムントには、抗議した部下の考えていることが手に取るようにわかった。
一日や二日だけ長く生きられたところで、相応の喜びを感じられる人間などそうそういない。それに、この状況での撤退は敵軍からしても安易に予測可能な判断である。敵はそういった人間の心理を学習して先読みする戦闘AIなのだ。
逃げたところで、状況は変わらない。
それでも今よりはマシになるかもしれないと期待するジャンの思考も理解できた。それがこの勝ち目のない戦争で多くの兵士が抱いている感情であることも想像できる。個人的には異なる考えを持ち合わせているが、第六大隊に所属する兵士全員の命運を握る大隊長という立場上、大勢の意見を尊重しなければならない。
「他に何かいいたい者はいますか?」
室内を見回してジャンが問いかけた。
反応する者は、誰もいなかった。
「では、撤退後の計画について説明しましょう」
ジャンがそう切り出したとき、閉まっていた会議室の扉が乱暴に開かれた。
席についていた面々が飛び跳ねるように素早く立ち上がり、扉の方角へ一斉に注目する。
突然乱入してきた三等兵の階級章を付けた若い女性兵士が、会議机の手前で歩みを止めた。ちょうどシグムントの対面だ。
「お前達がこの部隊の高官共だな」
「な、なんだね君はッ! 自分が何をしているかわかっているのかッ!」
ジャンは立ち上がり、大胆な女性兵士に声を荒げた。
「わかってるぜ。お前達が集まってると聞いて、ここへ来たんだからな」
誰から聞いたかは、確かめるまでもなく明らかだった。ジャンも勘付いたらしく、彼の視線が女性兵士の後方に立つパンチパーマの男に移動する。
「軍曹……君がこの無礼な兵士を連れてきたのかね?」
「……」
「答えろ軍曹ッ! いったいどういうつもりだッ!」
背中で手を組む軍曹は問いかけに口を噤んでいる。睨むジャンからは視線を逸らしていた。
侵入者は三等兵と軍曹のほかに、もう一人いた。五等兵の階級章を付けたその若い男は、ふたりの後ろに隠れるようにして立っている。雰囲気からして、彼は不本意に巻き込まれたらしかった。
「細けぇことはどうだっていいだろ。重要なのはオレの要求にお前達が協力してくれるか。ただそれだけだ」
「さっきからその態度は何だッ! 三等兵ごときが誰に向かって口を利いているッ!」
「お前こそ副隊長の分際で偉そうにしてんじゃねぇよッ!」
激昂するジャンに強烈な不機嫌をはらんだ声を返して、女性兵士は長方形の会議机の上に飛び乗った。
第六大隊の高官達が一斉に一歩引いて身体を仰け反らせる。ジャンも同様の反応を示した。
シグムントは唯一椅子に座ったまま、机の上で佇立する若い女性に注目した。
「戦況は把握してるからな。おおかた、お偉い面々が雁首そろえて撤退作戦でも練ろうとしてたんだろ。だが、オレに従えばお前達の国は必ず勝てる。いい加減に理解しろ。お前達の選ぶ常識に囚われた行動は、全て敵である戦闘AIに見透かされてんだよ」
「そ、そんな確証がどこにあるというのだねっ! 我々の作戦を否定するなら対案を示せッ!」
「もとよりそのつもりだぜ。勝ちたいなら覚悟を決めろ」
会議机の左右に並んだ高官達を順番に眺め、女性兵士は最後にシグムントの顔を天井付近から見下ろした。
「お前達全員、死んでもらう」
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