第7話
軍用トラックはレングラードの中心街を走っていた。
爽やかなドライブとは程遠い気分だった。シュウは姉の遺体を教会へ運ぶ際にも同じ道を通ったが、二度見たくらいで慣れるほど生易しい風景ではなかった。
「死体死体死体。あとは廃屋に血痕に焼け跡か。容赦ないな。強いていうなら、これが心のある人間じゃなく、感情を持たない機械の仕業ってのが唯一の救いかもな」
「他人事だな……。ここで亡くなったのは、同じ空を見上げて育った同郷の人達なのに」
「お前達を気の毒には思う。だが他人事なのも事実だ。かといってどうでもいいとは思っちゃいねぇよ。こんな悲劇がこれ以上起きないよう、忌まわしい機械を根絶やしにするのがオレの使命だからな」
ハルカの言葉には、シュウだけでなく彼の姉への同情も含まれていた。そういった些細な配慮に、シュウの彼女に対する警戒心が少しずつ解け始めていた。
やたらと戦闘AIを目の敵にする彼女に、彼は教会で聞いた一言を思い出した。
「そういえば教会で襲われたとき、戦闘AIに向かって何かいってたよね。たしか、『この惑星(ほし)には必要ないものだ』って」
「ああ、そうだ。オレがハルカ=カジの身体を借りることになったのも、奴らに対抗するためだ」
「それは、姉ちゃんの身体じゃなきゃ駄目だったの?」
「その点は偶然だな。適当に魂の抜け殻となった身体を借りたら、それがたまたまハルカ=カジだったというだけさ。特別な意味は一切ない」
できれば他の人の身体に移ってほしかった……とはいえなかった。自分勝手すぎるし、なにより本当にプラネトリアが憑依しないほうが良かったのか、シュウには断言できる自信がなかった。
プラネトリアが姉の身体を選ばなかったら、シュウはもうこの世にはいない。
生き残ることを諦めたとこぼしておきながら、乗ってきたトラックをなるべくバレないよう教会の裏手に駐車したり、戦闘AIとの戦いで突きつけられた死を恐れたりと、彼の本能はまだ生きたがっていた。彼の願いが叶ったのは、ハルカが助けてくれたからだ。
タイヤがタイプⅠの残骸を踏み、トラックの車体が大きく跳ねた。
街はどこまでも同じ景色で、ここが孤島の観光地として人で溢れていた時代を思い出すと気が狂いそうになる。沈黙していると余計なことを考えてしまいそうで、シュウは助手席の彼女に目を眇めた。
「ハルカ、正直僕はまだ半信半疑だ。君はこの戦争を止めるといってるけど、この戦争の規模はあまりにも大きすぎる。君も姉ちゃんの記憶を覗いて知ってるだろ?」
「これは世界を二分した国家、アスタリアとウェステリアによる統一戦争で、規模はこの惑星全体。正真正銘、地平の果てまで戦場が続くような状況だ。この車で生涯駆け続けても、全ての戦場を回るのは無理だろうな」
「それなら、いったいどうやって戦争を止めるつもり?」
「この戦争が終わらない原因を根絶させんだよ」
実現不可能としか思えない話だが、ハルカはまるで平和を取り戻す方法を知っているかのように即答した。
いったい、彼女の脳内ではどんな計画が練られているのか。
ハルカの考えを探ろうと、戦争発生から今日までの出来事をぼんやりと脳裏に思い浮かべる。
「戦争はウェステリアの宣戦布告抜きの侵攻から始まった。世界の六割を占めていたアスタリアはウェステリアの新兵器・戦闘AIの威力に圧倒されて、たった半年間で国土は世界の二割まで減少した。……この場合、元凶はウェステリアという国家そのものだよね? 敵国を滅ぼすなんて、本気でいってるの?」
「惜しいな。ウェステリアは罪深き国家だが、殺し合いなんてのは長い惑星の歴史で数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほど繰り返してきた。ただの殺し合いなら再発はしても、どちらかが疲弊して一旦は終焉を迎える。それは生物が進化するために必要な営みだったりするわけで、生物同士で争うだけなら、惑星の意志であるプラネトリアが介入することはねぇよ。
プラネトリアが介入するのは、惑星そのものの存亡が危惧される戦争だけだ。今回は随分と久しぶりだな」
「前回介入したのは神話の時代? プラネトリアなんて存在、神話のなかでも聞いたことないけど」
「当時はこの惑星に住む者達も強い力を持っていたからな。プラネトリアは陰で暗躍しているだけでよかったのさ。歴史で語られるのは、表の出来事だけってわけだ」
「人間が弱いから、今回は自ら介入したのか」
「自覚はあるだろ? だがそれだけじゃない。今回は敵も厄介だ」
「戦闘AIが神話に匹敵するほどの脅威ってこと?」
「あるいはそれ以上かもな」
「……実感がないね。最新型は重戦車級の攻撃性能を有してるけど、常識の範疇には収まる性能だ。恐ろしい兵器には違いないけど、戦争が終われば役割も終わる。この戦争が神話を超えるだなんて誇張だよ。僕達のしてる戦争だって、ハルカのいう幾度も繰り返されてきた同種族同士の醜い縄張り争いに過ぎない」
「その『役割が終わる』ってのは誰が決めた? 敵が教えてくれたんだ?」
けだるそうな声色で、ハルカは車のフロントガラスから景色を眺めながらいった。
「別に、誰から教わったってわけじゃないけど……敵を全滅させれば兵器は役目を終えるでしょ? ハルカは戦闘AIが敵国の人間だけでなく自国の人間をも皆殺しにして、果てには世界中の生命を刈り取るとか、そんなぶっとんだ心配でもしてるの?」
「どんな可能性にも備えておくのが完璧ってもんだ。お前が感じてるように杞憂ならいいが、危険な芽は摘んでおいたほうが安心だからな。現存する戦闘AIは全て破壊する。それを完遂したら、さっさとお前の姉の身体からは出ていくさ」
窓枠に頬杖をついて、倒壊した家々を眺めながらハルカは答えた。
戦闘AIの全滅なんてのは、ハルカの扱った長槍の威力を目の当たりにしたいまでも夢物語にしか聞こえない。アスタリアの国境はどこへ行っても戦闘AIの猛攻を受けている状況で、いくら破壊しても敵兵器の増産速度に追いつけず、敵の総数は一向に減る様子がない。対して自国の兵士は犠牲になるばかりで、疲弊しきっている。
仮にハルカが地道に戦闘AIを破壊する抵抗活動を始めたとして、いったい何年かけるつもりなのか。その頃にはアスタリアの国民は誰も残っていないだろう。
自国の首都が炎上する絶望感を想像しながら、街を抜けた突き当たりの丁字路を左折した。
曲がった先から、周囲の建物が激減した。道路の右側に、白いガードレールを挟んで砂浜と陽光に煌く青い海が広がっている。
ハルカが掌から頬を離した。猫背気味だった背筋を伸ばして、右斜め前方の方角を見た。
この島で生まれたシュウの姉も、島を囲う綺麗な海が好きだった。
「あれは……そうか。あれがこの孤島(レングラード)と大陸を繋げるレングラード・シーブリッジか」
レングラードは大陸から離れた孤島に築かれた街だ。海路と空路を除けば、大陸への移動手段は彼女が注目している大きな橋以外にはない。
海面に等間隔で何百本も突き立てた橋脚に支えられる橋は、レングラード・シーブリッジと命名された。全長十キロ近くもある国内有数の大きく長い橋だ。
「使えるな、これは」
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