第5話

 ハルカの足が芝生を蹴った。

 同時、整列したタイプⅠの状態ランプが橙色から赤色に変化して、横一列の扇状に展開する。

 十二の銃口が吠えた。空気の裂ける音が響き、銃弾に抉られて芝生が弾け、土埃を巻きあげる。

 スコープから眺める壮絶な光景に、シュウは息を呑む。

 自分の目を疑った。

 銃弾の豪雨のなかを、ハルカは無傷で駆けていた。


 土埃を振り払い、手近な敵兵器の三脚の一本をナイフで断ち切る。

 刃を振り抜いた勢いを身体に巻きつけ、横に一回転しながら飛び退く。回転の最中、脚を破壊され身動きを封じられた敵の胴体に、もう片方に持つ拳銃で二発の弾丸を撃ち込んだ。

 狙った獲物が爆散した。爆風の圧力が残骸を周囲に吹き飛ばす。

 戦闘AIを統率する立場にあるジャックは、唖然とするより他になかった。味方であるはずのシュウでさえ、目に映る光景が現実とは信じられない。

 だが、戦闘AIに感情はない。たった一人に味方が破壊された事実に動じず、後ろを取ろうとするハルカを捉えようと三角錐の身体を回転させる。


 追いつけなかった。数多の戦闘データから行動を予測して敵を殲滅する性質を持つ戦闘AIにとって、ハルカのような欠片も死を恐れず突貫してくる相手は未知の存在なのだ。

 保有するデータがないのだから、当然機先を制することも叶わない。

 爆風にバランスを崩した機械が、頭部の機関銃をナイフで裂かれた。攻撃手段を失い、タイプⅠは状態ランプを赤く点滅させる。自爆秒読みのサインだ。

 ハルカは自爆寸前の兵器を蹴飛ばし、踊るような流麗さで次の標的に向かう。爆散した兵器には一瞥もくれない。


 次の標的の脚も断ち切ったあと、ハルカは唐突にナイフの刃に噛みついた。

 左手をナイフの柄から離し、脚を一本失ったタイプⅠの残った三脚にその手を伸ばす。

 脚を掴んだ状態で横に一回転して、迫る二体の兵器の中間に手にした機体を投げつけた。

 宙を舞う三角錐の胴体めがけ、引き金が引かれる。

 地面に着くより早く、兵器は左右の機械を巻き込み炸裂した。衝撃が大地を揺らす。


 瞬く間にタイプⅠの数が減っていく。もしも戦闘AIが夢を見るのなら、きっと今日はこの光景を見るだろう。それは悪夢であるに間違いない。

 ハルカは前方から迫る二体を縦回転を加えた跳躍でかわした。

 宙に浮いた身体の両足が天を指す。視界が逆さになっているというのに、彼女は左手首で右手の拳銃を支え、正確無比に射撃する。

 二発分の銃声が響く。

 非常識な体勢から放たれたにも関わらず、弾丸は飛び越えた二体にそれぞれ直撃した。内蔵の火薬を射抜かれ、着弾とほぼ同時に弾け飛ぶ。

 瞳に映る光景は、フィクションにしても出来すぎている。信じろといわれても到底受け入れられる現実ではない。


 一分も経たず、敵の数は残り五体となった。たったそれだけの時間で、七体ものタイプⅠを葬ったのだ。戦闘開始前は勝利を疑っていたシュウだったが、もはや敗北の未来は見えなくなっていた。


「――っ!?」


 ハルカが次に狙ったのは、茫然自失となっているジャックだった。

 滑るように彼の後ろに回りこむ。左手を肩から回すと、順手に持ち直したナイフを彼の首に突きつけた。

 ジャックは指先でさえも動かせないほど身体を硬直させていた。〝勘違い〟していたときの尊大な態度は、絶望に染まる彼からは見る影もなく失われている。

 一瞬遅れてジャックの顔が引きつった。

 敵を追尾していたタイプⅠの銃撃がびたりと止む。

 人質を取るつもりかと思われたが、ハルカは迷わず捕らえた男の耳元で拳銃の引き金を引いた。

 凶器は火薬の炸裂音ではなく、カチッと空虚な音を立てた。


「運が良いな。こんなふうに奇跡の上を歩いて生きてきたんだろう、お前は」

「……単身で我が軍の兵器を蹂躙する兵士の噂など、一度も耳にした覚えがありません。残弾把握だけは雑だったことに感謝します」

「無知蒙昧とはまったく幸福だな。オレのいった『運』は、お前と機械の関係についてだよ」

「いっている意味がわかりません」

「お前達の力関係の話さ。まだ奴隷にご主人サマだと思ってもらえてて良かったな」

「戦闘AIが我々を裏切ると? 意外とお節介ですね。敵に対してそんな忠告をしてくださるとは。いくら腕が立っても、敵に情けをかけていては足元をすくわれますよ?」

「オレの心配をするなら、せめて〝正しい情報〟を握れるようになってからにしとけ。戦いは情報が命なんだろ? オレの階級は一等兵だ。昨日までの情報はもう役に立たないものだと思え」


 両手をあげているジャックはわずかに顔を横に向け、背後に立つ女性の階級章に視線を落とした。

 首筋にナイフの刃が触れて、鮮やかな色の血が滲んだ。


「くだらない嘘はやめていただきたい。その階級章が証拠です」

「ああ、そうだ。だからオレは一等兵なのさ」

「……なるほど。二階級特進するような偉業を成して、帰還したときには一等兵になっていると、そういいたいわけですか。たとえば、敵の将兵の首を持って帰るだとか」

「なにわかった気になってやがる。全然ちげぇよ。オレはすでに一等兵なんだよ。お前達のおかげでなァ」

「我々が? 我々があなたに何かしたと?」

「殺したんだよ。お前達が、この身体を」


 眉間に皺を寄せてジャックは黙り込む。聞かれている話に合点がいかない様子だ。それもそうだろう。たとえ真実だとしても、即座に腑に落ちる人間はきっといない。

 ナイフを首筋から離して、ハルカは刃の側面でジャックの頬を叩いた。固まった表情に赤色の飛沫が付着する。


「てか、細けぇ話はいいんだよ。ジャック=ウィスプランドゥ技官、お前がその肩書きに相応しい立場にあるなら、さっさと手下を片付けろ。指揮してんのがお前なら、自爆だって命じられるんだろ?」

「それは不可能です」

「なに……?」


 命を天秤にかけられながらも逆らう男に、ハルカは不快そうな声を漏らした。


「できないといったのです。我々技官には、戦闘AIを自爆させる権限などありません」

「そんなわけあるか。オレのいる軍もお前達戦闘AI技官の情報には乏しいが、指揮できるならそこに自爆指示が含まれてるのは当然だろ」

「先ほど、私はあなたの〝裏切る〟という話を否定しませんでした。それは何故か、わかりませんか?」


 機械のようにジャックは淡々と答える。

 元々の身体の持ち主も知らなかった情報に、ハルカは舌打ちした。


「お前達の国では、機械と人間の立場はもう逆転してるのか。お前はご主人サマじゃなく、奴隷のほうだと? 情けねぇと思わねぇのかッ!」

「……そういう事情がありますので、あなたのご意向に沿うことはできません」


 問いを無視して、拒絶だけを無感動に返した。

 彼の発言が本当であれば、銃口を突きつける戦闘AIがいつ奴隷を見限ってくるかわからない。早急に膠着状況をなんとかしなければならない。

 教会に隠れるシュウの覗くスコープは、敵軍中央の一体を映している。撃てば状況が動くが、その結果がどうなるかは想像もつかない。悪い展開になるかもしれないと危惧すると、指先の震えが止まらなくなった。上下左右に激しくぶれて、とても狙撃できる状態ではない。


 最初に硬直を解いたのはハルカだった。

 彼女は手にしていた残弾ゼロの拳銃を、シュウの狙っていたタイプⅠめがけて放り投げた。

 下から投げられ放物線を描く鉄の塊が、緩やかに標的に接近する。

 衝突の間際、標的は回避行動を取って左に避けた。

 瞬間、ハルカはジャックの腰から彼の拳銃を抜き取り、回避行動中の兵器に装填されている弾丸を撃ち尽くした。

 火薬の炸裂音は八回轟いた。

 空薬莢を吐き出した銃身から白煙があがる。

 弾丸は、最初の二発は命中した。うち一発は直撃だった。


 ……だというのに、彼女の狙った獲物は何食わぬ様子で横一列の隊列に戻った。

 ハルカはスライドの開いた拳銃を眼前に掲げた。


「なぜ破壊できない。……そうか。こういったケースも、お前達は想定済みだというわけかッ! どこまで機械に媚びるつもりだッ!」

「勝つためですよ。あなた方の国にね」


 声を荒げた彼女は、拘束していたジャックの膝裏に足をのせた。

 芝生に膝をついた彼の背中を蹴り飛ばす。抵抗もなく彼の身体はうつ伏せに倒れた。

 ハルカが駆け出した。タイプⅠの銃撃も再開する。

 戦闘AIは彼女の非常識な反応を学習しつつあるようだったが、それでもまだ追いつかない。

 正面突破では勝てないと判断したのか、彼女は迂回して右端の敵から襲撃する。

 土埃が彼女の軌跡から舞い上がる。途中でジャックから奪った〝人間を殺せる程度の威力〟しか持たない拳銃を投げ捨てた。


 ナイフの閃光が奔った。一秒間に二回、白刃の煌きが透明な空気を彩る。

 爆発は四度連続で起きた。

 最後に残ったタイプⅠの三脚のうち二本、一振りにて同時に断絶する。

 身動きが封じられた兵器は、機関銃を忙しく回転させ人智を超えた存在を追尾する。

 追いつくことは叶わない。ハルカは残った脚を右手で掴み、兵器を上空に放り投げた。

 それはシュウの潜む方角へ飛んでいった。

 彼の覗くスコープのレティクルに、飛来するタイプⅠの銃口が重なる。敵の標的がハルカからシュウに移っていた。

 シュウは咄嗟に引き金を引いた。

 炸裂音が耳元が弾け、弾丸は敵の機関銃を吹き飛ばす。


 だが、機関銃を失っても飛来物体の軌道は修正されなかった。身体の一部を赤く点滅させ、敵兵器が眼前に迫る。

 次の弾を装填する猶予などない。

 迎撃は諦めた。その場から飛び退くことで、シュウはなんとか助かろうとする。

 彼の手からスナイパーライフルが離れた直後、迫っていたタイプⅠの胴体にどこからか飛来したナイフが突き立ち、爆散した。

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