第21話 角の生えた兎

 武具創造についての話が終わったらのんびりヤムゴ草の採集をする。今日の目的は一角兎いっかくうさぎの狩猟だがすぐに探さないのは大樹のMPが50%まで回復するのを待つためだ。


 ストレージや鑑定の消費MP量が少ないとはいえ何かあったときにMPが足りなければ命取りになるかもしれない。なので余裕はあった方がいいと判断した。そこでただ待つのも何なのでお復習さらいの意味も含めてヤムゴ草を採取している。


「50%以上回復したな。そろそろ一角兎を探すか」

「そういえばその兎ってどれくらい強いんだ? 一応魔物なんだよな?」

「昨日先輩方が話してた感じではギルドが低ランクの冒険者のランク上げに利用するくらいの強さみたいだな。ランク制限の無い常設依頼だし。ただ駆け出しの新人が油断して命を落とす事が10年に一度くらいは有るらしいけど」


 小盾があれば正面からの攻撃を防ぐのは難しくないと言っていた。


「むしろ攻撃よりも逃げるのが厄介で倒すときは不意打ちか罠を仕掛けてって言ってた」

「罠だと作って設置して掛かるのを待つから今日の成果にするのは無理だな。不意打ちで倒す事になりそうだな」


 もし正面からやり合うことになってもシールドスキルがあるから防御は何とかなるだろ。戦闘のときは念のため気持ち強度高めを意識して二重にしとくか。


 視力を強化して歩き回っていると離れた所に標的を発見した。本当に額から角が生えている。鑑定でも一角兎と出た。


「距離がありすぎるな。近づきたいがこっちに気づかれると逃げられるな」

「スリングショットで狙えないか? ゴムが特注製で遠くまで飛ぶって言ってたよな?」

「この距離だと遠すぎて当たらないと思う。シールドで方向を修正するにしても出すタイミングは勘になるだろうし位置も俯瞰ふかんしてるわけではないから上手くいかないと思う」


 何より木やそこから生えている枝が邪魔だ。なので向こうからこっちに来てくれることを期待したが一角兎は11時の方向に進んで行く。これじゃ待ち伏せも無理だな。


 さてどうしたものか、と思案して開けた場所に出てくれれば狙撃もしやすいかとの結論に至りシールドの階段を作って木々よりも高い位置に登る。そして辺りを見回すとぽっかりと穴が空いたように木が生えていない場所が何ヵ所かあるのを確認する。


「兎の進路は変わってないか?」

「ああ。それに立ち止まっては周りを見回してるけどこっちに気づいた様子はないな」


 下に降りて確認をとる。進路が変わってないなら一番近くの開けた木々の無い場所に出そうなので、できる限り距離を詰めて開けた場所に出たらすぐに狙撃すると大樹に伝える。


 追跡は念のため固定タイプの浮いた床をシールドで作りその上を歩いたりと工夫して近づいていく。勿論風上にも注意しながらだ。ある程度距離を詰めたら視力強化は必要ない。一角兎が開けた場所に近づいたらスリングショットと弾を取り出す。そして開けた場所に出るのを確認したら一度身を屈めシールドの床を作る。この辺の木々は幹が太く大樹でも体を隠せるのでルートを慎重に選ぶ。向こうから見えないルートなのでこちらからも確認できない。だから開けた場所に出た瞬間が勝負だ。


 足音を殺しながら兎を追い一気に俺たちも開けた場所に出た。


「………へっ?」

「ん? どした?」


 スリングショットを構えたまま固まって動かない俺の後ろから大樹も顔を出した。俺たちの目に入ったのは兎だった。


 右も兎。左も兎。奥にも兎。


 兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎兎─────────────────────…


 視界いっぱいに兎がいた。


『キューイ』


 一匹が鳴き声を上げると兎たちは一斉にこちらに顔を向けた。(あれ、兎の鳴き声って詰まった鼻で息を吸ったようなやつじゃなかったっけ)と現実逃避してるとあちこちから鳴き声が上がり出した。


「友よ、食事の邪魔でもしちゃったかね俺ら」

「『侵入者だ』『侵入者だ』とでも言ってるのかな?」

「ははっ、笑えねぇ」


 一際高い鳴き声がした後で一瞬鳴き声が止んでまたあちこちから鳴き声が上がる。


「『奴らはどうするべきだ』って声のあとに一瞬考えて『死刑』『死刑』『死刑』って言い出したように聞こえるのは被害妄想かな」

「そんな事言われるとそんな風に思えてくるじゃん。ちなみにこの後はどうなると予想する?」

「『静粛に!』って静かにさせた後に判決を下すんじゃないか?」

「無罪判決が出たりは…」


 しないだろうなぁ。だってずっと殺気が凄いんだもの。


 またも一際高い鳴き声がすると鳴き声が止んでいく。俺と大樹は目を合わせると頬を引き攣らせて笑い合い、身を翻して走り出した。それと同時に高い声で判決が下されると一斉に動き出す音が聞こえてきた。


 こうして命を賭けた鬼ごっこが始まった。

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