第9話 俺たちの冒険が始まる予感

「そして二つ目。安全を優先しすぎると金が貯まるのに時間がかかりすぎる。そんなんじゃ元の世界への帰還に何十年かかるかわかったものじゃない。この二つが主な理由だ」


 安全は優先したい。しかし稼ぎが微々たるものだと現状維持が精一杯だ。ならどこかで危険を犯してでも大金を得られる賭けに出る必要がある。この辺の塩梅は難しいな。


 それに異世界に居る時点で勝手に天秤の片方の皿に俺たちの命を乗せられてるような状況だから何もしなくてもハイリスクだ。


 あと小さな理由が一つあったりする。それはいつこの国を離れられる事になるかわからないためだ。


 大樹が勇者と知られれば面倒事に巻き込まれるかもしれない。そして雇い主がいい人なら迷惑をかけたくないと思い、それが致命的になるかもしれない。なのでしがらみは作らず精神的にも身軽でいたほうが良い。


「お金が貯まった後はどうするんだ? 俺たちはこの世界に関しては何も知らないだろ」

「あぁ。だからもし存在するのならエルフを探す」

「いや、今は真面目な話をしてるんだが…」


 大樹が呆れた視線を向けてくる。失礼なやつだ。俺も真面目に言っている。


「もし人間という種族で帰還方法を知っている者が居てもおそらくは一部の権力者だけだ。そうなると聞き出すのは無理に近い。それにそもそも知らない可能性もある。だから知ってそうな長命種のエルフを探す」


 エルフは魔法技術に長けたイメージがあるし亀の甲より年の功ということわざがあるように知識は長生きしてる人に求めるべきだ。


「もっともエルフが存在するかはこれから調べることになるし、長命種ではない可能性もある。でも存在するなら知識の継承はしてるだろうから可能性は残るな」


 もし駄目なら他の方法を探さなければならないが、この国に情報がなければ他の国に可能性を求めることになるのでお金はいくらあってもいい。


「それもこれもまずは冒険者ギルドが存在しなければ始まらないからけどな」

「初っ端から運ゲーかよ。もしその賭に失敗したら?」

「普通に就職。できなければ裏社会での金儲けになるだろうな」

「それは嫌だな。冒険者ギルドが存在することを祈っておくよ」


 当面の方針が決まったのでまずは冒険者ギルドを探す。とはいえ存在するのかもわからないものを歩いて探すのは非効率なので誰かに訪ねるのが現実的だ。しかし道行く人に訪ねるのはリスクがある。


 無視されるだけならまだ良いが、路地裏などに連れ込まれ身ぐるみを剥がされる危険もなくはない。なので相手を選ぶ必要がある。幸い教会から逃げた先には出店が並んでいたので店の人に聞くのが一番安全だろう。…ろくでもない場所に誘導されるリスクは残るが。


 念のため相手を選ぶ必要もあるので色んな出店を眺めながらゆっくりと歩く。他人のやり取りを遠目で見ながら通貨の価値を推測していく。使われているのはアラビア数字なので推測は割りと楽にできた。


 ならず者から接収したお金を大樹のも預り自分の持っていたのと合わせてから一部を抜き取り、残りをだいたい半分にする。割り切れない分は大樹に渡しておく。これは悪友を思いやっての行為ではなく不満から来るトラブルを避けるためのものだ。もちろん次に似たことをするときは俺が多めに貰う予定だ。


 いまがた客とのやり取りを終えた串焼きの屋台のおっさんに「ちょっと訊ねたいことがあるんですけど…」と声をかける。おっさんは返事はしなかったが一瞥してきたので話を進める。


「この街には冒険者たちの組合所って有りますかね?」

「お前さんらは冒険者か? そんな風には見えないが…」


 とりあえず冒険者という職業はあるようで安心だ。


「いえ、これからなろうと思ってるところです」

「ならギルドに登録に行くのか。場所はもちろん知ってるが…」


 串焼きを一つ購入するとおっさんは場所を教えてくれた。現状お金は大事にしたいが串焼き一つ分は必要経費だろう。


 教えてもらった場所はスラムとは方向が違うので怪しい場所に誘導はされてないと思う。一応警戒はするが。


 大樹と合流し串焼きを渡し教えてもらった場所を目指す。「これ大丈夫な肉なの?」と少し訝しんでいたが今後何も食べないという訳にもいかないだろう。それがわかってか思いきって口にしてた。


「まぁ悪くないかな」


 目印となるマークは盾をバックに剣と杖が交差してる看板だ。一際大きい建物だと聞いていたので判別は簡単だった。


 あとは受付嬢が『ウケツケジョー』じゃないことを願っておこう。その作品はやってないけど。


 途中路地裏で転移時に持っていたジャージなどが入った袋からそれを取り出して、着替えてから冒険者ギルドに向かった。

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