第27話
放課後の誰もいない屋上。夕焼けの海に沈んだ足場の隅で、まさにいま、自分の瞳に映っている光景に愕然とした。膝から崩れ落ちた身体を支えるように、両手をついて頭を垂れた。
眼下では、両眼から滴り落ちる雫が屋上に染みを広げていく。
――諦められるわけない……ッ!
飛び降り自殺を図った私は、けれども絶命の寸前でタイムリープしてしまった。
怖かったし、嫌だった。死ぬことじゃなく、修平が私以外の誰かを好きになってしまうことが。
恋愛をする勇気がないくせに、恋愛を諦められない。あまりに身勝手で救いようのない自分の本音に、命を捨てることもできなかった私には、もう泣くことしかできなかった。
――死ぬことも生きることもできない私は、どうすればいいの?
答えのない疑問を抱いて、現実から逃避するように涙はさらに激しくなる。
あふれる感情と一緒にもれた嗚咽を聞きつけてか、屋上と階段室を隔てる鉄製の扉が内側から緩慢な動作でひらかれて、誰かが茜色に染まる屋上に足を踏み入れた。
――これで、何もかも終わりだ。
立入が禁止されている屋上にいる私を見れば、目撃者の記憶に強く印象が残る。そうなれば、修平と同じように、その人からもタイムリープ前後の記憶が消えなくなってしまう。
修平にそうしたように、目撃される前まで時間を戻して私と会わなかったことにすれば、記憶を消すことができるかもしれない。
だけどもう、時間を戻す理由もなければ、気力もない。
唯一の生きる目的も失った私にとっては、すべてがどうでもよかった。
隣で私を見下ろしている人が教師なら、私は停学処分を受けるだろう。進路を決める際に悪影響が出ることになるが、それすらも私は興味がない。未来への希望を失くした私が、期待を抱けるはずがない。
――修平。
もはや相棒でも友人でもなく、ただクラスが一緒なだけの他人に変わってしまった男の顔を思い浮かべる。
外見に特徴はなく、どこにでもいそうな平凡な容姿の男の子。
けれども、その胸には異端である私と似た熱い想いを秘めていて、それを知った日から、世間にとっての平凡が、私にとっての一番になった。
いまも――喋らなくなって三ヶ月が経ったいまも、私が好きなのは修平だけだ。
彼以外なんて考えられない。彼以外を好きになれる気がしない。
これまでがそうだったように、これからもそうなんだと思う。
叶うはずのない願望を捨てきれない心境に、収まりかけた涙がまた止まらなくなった。
「――おい」
ずっと黙っていた侵入者が、私のそばに立って、不愉快そうな声をかけてくる。
私はうつむいたまま、声だけは出さぬよう嗚咽を抑えるのに必死だった。
「――いくらなんでも、そりゃないだろ」
より不機嫌で怒りの滲む声に、私は制服の袖で涙を拭って、そばに立つ相手の表情を見上げた。
佐藤修平が立っていた。
呼吸ができなくなった。無数の疑問が脳内を駆け巡る。
なぜ彼がここにいるのか? 私と過ごした記憶がなくなった以上、立入禁止の屋上に出入していた記憶も消えているはずで、事実としてこの三ヶ月間、彼が屋上に現れたことは一度もない。偶然なのか? 偶然に階下の廊下でも歩いていて、偶然にひらいていた窓から私の泣き声を聞きつけて、偶然に彼が屋上に駆けつけたのか?
真実は――
「俺と付き合うくらいなら、死んだほうがマシだってか?」
毅然と吐き出された一言で、すべて明らかとなった。
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