第4話 前菜
「おはよ」
「え、あ…おはよ、早いね」
「楽しみだったからね」
早朝駅前、明星と黒神は落ち合い、コンビニで朝と昼の分の飯を買い、バス停のベンチへ腰をかけ数分、ここまで会話という会話は無かったのもありしばらくは気まずい雰囲気に飲まれるかとも思っていたが、運は味方についているというのかバスがちょうどやって来た、そのバスは今走っているようなものに比べるとだいぶ古く、レトロな作りをしていた、車種なんかは分からないけれど、観光客を呼ぶには確かにいい方法だとも思える。
「キタキタ、すごく雰囲気があるね。あ!一応ひなたには今でるって伝えておくよ」
「…うん、それがいいね?」
「どうかした?」
明星はバスに乗り込みながら黒神に聞く。
バスの床は木製で外観だけでなく中までしっかりと作り込まれていた。
「今日の君はすごく楽しそうだね?」
「そうかな」
「うん、君が楽しいなら僕はそれを見守るさ」
いつもなら降車時にしか声を掛けないのに、黒神が言うように今日は気分が良いのか声を掛けてしまう。
「おはようございます」
「ああ、おはようさん、若いお客なんていつぶりだっけか、きっと村のみんなも喜ぶよ」
「村!そうなんです、俺たち桜が綺麗だって聞いて」
「ああ、そうだよ、村のみんなあの桜色が好きなんだ」
桜を見ることにこんなにも高揚感を覚えたことはあっただろうか、黒神が行こうと言ってくれなければこんな気持ちも体感出来なかったと思うと本当に今日向かう事ができて良かったと思う。
「黒神、俺について来てくれてありがとうな」
気恥ずかしい言葉だって今はどんどん出て来た、しかしその黒神はあまり良い表情をしていないのが分かった。
「黒神?」
バスの運転手は心配そうな声で
「お友達、元気がないの?」というと、運転中だと言うのに左ポケットから何かを取り出し明星に渡す、それは大玉の飴で明星はそれすら田舎らしさを感じて気分が上がってしまう。
「黒神、これ運転手さんから」
そう言って明星が飴を黒神に渡そうとするが、黒神はそれを拒む
「知らないものは食べない主義なんだ、運転手さんに返しておいて」
「え、あ、そっか、そういう人もいるよな」
運転手に返そうとすると、君が持っていれば良いよと優しく返された、明星はそれをズボンのポケットに入れた。
しばらくバスは山道を走り続けた、窓の外は晴天で、朝霧もとっくに消え去って春の豊かな緑が広がっていた。
「お腹空いてない?」
黒神は明星に聞いてくる
「あ、そっか、まだ朝ごはん食べてなかったね」
「うん、そうだね、疲れてはいない?」
不思議なことを聞いてくると明星は思った、そっか乗り物に乗っているだけでも疲れてしまう人もいるよな、と次の瞬間にはその質問に疑問は無くなっていた。
「うん、大丈夫」
黒神はすごく優しいやつだ、でもひょっとしたら自分の事を言っている可能性もある、案外こう言うやつは無理をしている可能性があるからな。
「運転手さん、ちょっと止まりませんか?」
「ああ、止まった方が良いかもね」
黒神もそう続く
「もう少しで桜が綺麗な場所に着くんだがね」
「あ!ならそこで止めてください、朝ごはんを食べたいんです」
「それが良いね、たくさん食べることはいいことだ」
運転手はそう言い、しばらく走り続ける、すると前方から光が溢れ、包み込むように窓一面が桜色に染まっていく。
「わぁ…!」
明星が想像していたよりももっとたくさんの桜がそこにあった、雑誌に載せても色褪せてしまうかもしれない、ここに来た人にしか見られないそんな景色だった。
明星はスマホを取り出し窓の外を写す、最初にこの写真を誰に見せようか、新聞に掲載するには勿体無いくらい綺麗で、記事として取り上げたりなんかしたら穴場スポットじゃ無くなってしまう、それはとても残念だが、古屋の言っていたようにこんなところを知っていると言うのはかっこいのかもしれ無い。
「明星くん、なにしてるの?」
「新聞用に写真を撮ろうと持って」
「そう、いいの撮れた?」
「黒神も撮ればいいのに、いっぱい写真撮ってさ、そん中から一番綺麗なのを見せれば古屋だって行けばよかったって言うはずだよ」
「ごめん、僕はそんな気分になれ無いや」
今日の黒神は本当に変だ。
「そっか…」
「止まるって言ってたがもう少しで村なんだがどーする」
「あ、じゃあもう村まで一直線で!」
バスは桜色の中を進んでいくと、少ししてトンネルへ入っていく、その中にライトなどは設置されておらずその先まで闇が広がっていた、しかしバスはライトも付けずその中へ突き進んで行った。
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