25話

「僕には、双子の兄がいたんだ」

 烏丸が語り始める。

「いた」ということは、今は……。

「でもね、僕の兄は初めからいなかったことにされたんだ」

「初めから、いなかったことに……」

「戸籍として登録されていなかったんだよ。生まれたのに、実の親から子どもとして認められなかったんだよ。僕の母は、こう言ったんだ。『二人も産む気はなかったのに』って。……母さんは恋多き人でね、いわゆる遊び人だったんだ。だから、僕は父親が誰か知らない。母さんも、別に父親なんて誰だって良かったって思ってたのかもね」

 そんなの有り得ない……。

 だって、家族はもっと暖かいものだろう?

「母さんは、実家なんてとっくに出ていた不良娘だった。それに、育児も面倒臭いって、自分の彼氏みたいな人に僕達を世話させてた。きっと、殺すのは嫌だったんだろうね。……僕は、別に殺してくれても良かったのに」

 ……何で、そんなこと言えるんだよ。

「その彼氏みたいな人が、あのホストクラブで白鳥さんと話してた人だよ」

 ホストクラブのボスか。

「その人、八神さんっていうんだけど。八神さんが主に、僕と兄さんの面倒を見ていたんだ。自分の子でもないのにね。……八神さんは、母さんにゾッコンラブみたいだったから、母さんのいうことは何でも聞いたんだ。八神さんは母さんの高校時代の後輩で、そこからずっと母さんのことが好きだったみたい。だから、母さんの血が流れてる僕達にも優しくしてくれた。全く、歪んだ愛情だよね」

 呆れたように語る烏丸。

 歪んでる、何で烏丸の周りばかりがこんなに歪んでいるのか?

「母さんは綺麗だよ。認めたくはないけれど、僕と母さんは似ている。勿論、双子の兄さんとも似ていた。でもね、同じ似ている顔でも、母さんは僕を選んだんだ。どうしてだと思う?」

 ……答えられない。そんなの、分かるはずもない。

「僕の方が静かで、物分りが良かったからさ。夜泣きもほとんどしなかったんだって。……兄さんは、僕と真逆。すぐにかんしゃくを起こすし、夜泣きも酷かった。母さんは僕にこう言ったんだ。『お前は、あれと違っていい子ね』って。自分の実の子どもを『あれ』呼ばわりだよ、信じられる?」

 信じられる訳がない。

 そんな奴は親じゃない。

「そんな母さんが、僕にプレゼントをくれたんだ。僕が三歳の頃だ。最初で最後の母さんからのプレゼント。……名前だよ、凛っていう名前だ」

 名前を付けてもらえるなんて、当たり前だろう。

 そこまでに、三年もかかっている。

「それから、少し経って、名前の無い兄さんを可哀想に思ったんだろうね。八神さんが兄さんに名前を付けたんだ。『燐』ってね。読み方は同じだけどね。……上手く名付けたと思うよ。僕が氷で、兄さんが火。対極だ」

 そんなの、呼び分けが出来ないじゃないか。

「それで、僕は普通に学校に行かせてもらえたけど、兄さんは学校にも行かせてもらえなかった。戸籍が無いから、義務教育も受けられないんだ。兄さんは、僕が学校に行っている間、働いていた。新聞配達や、ホストクラブの掃除をしたりしてね。仕事は全部、八神さんの紹介だよ」

 おかしいだろ、何で烏丸達だけがそんな目に遭わなければいけないんだ。

「そんな、地獄のような環境で僕達は成長していったんだ。……三年前まではね」

 ……三年前に何があったのか。

 聞かなくても、想像出来る。

「兄さんがね、自殺したんだ。この病院の屋上から飛び降りてね。僕達が生まれたのもここだった。だから、ここに来ると兄さんの霊が僕に取り憑きやすくなるんだ。僕達にとって因縁のある場所だからね。しかも、ここにまだ兄さんは埋まってるんだ。……この病院が兄さんのお墓なんだ。この病院が何年も取り壊せないのは、土地の所有権を八神さんが持っているからなんだよ」

 こんな境遇だったら、自殺したくもなる。

「兄さんは、自分が死んだら保険金が下りると思ったんだろうね。お荷物が減って、僕や八神さんが楽になると思ったのかな。でも、兄さんは気付かなかったみたいだね、戸籍が無ければ、保険金なんて下りないってことを。……兄さん、笑顔で飛び降りたんだ。僕の目の前で。そして、地面に激突した兄さんは変わり果てていた。……君たちに想像出来るかい、自分の片割れに目の前で死なれる気持ちが」

 もし、弟や妹がおれの目の前で死んだら……。

 そんなの想像しただけで、泣けてくる。

「僕にとって、兄さんは心の支えだったんだ。その支えがいなくなって、僕の心は完全に壊れた。自分の殻に閉じ籠った。……見兼ねた八神さんが僕を本当のお祖母さんの所へ連れて行った。療養のつもりでね。これが、僕とお祖母さんの初対面さ。お祖母さんもびっくりしたろうね、いきなり孫が出来たんだから。でも、お祖母さんは僕に優しくしてくれたよ。ちょうど、お祖父さんが死んで、話し相手が欲しかったみたいなんだ」

 ……さっきから聞いていれば、出てくるのは八神さんばかりだ。

 実の親は、息子がこんな風になっているのに無視かよ。

「お祖母さんの家で、中学生活の半分を過ごした。僕の中学生活は半分が引き篭もりだよ。でも、お祖母さんと過ごしていたあの頃が、僕にとって一番安らげた時間だった」

 だったら、何で戻って来たんだ。

 何で、ホストクラブで働いてたんだ。

「ある日、母さんから連絡があったんだ。金がなくなったから、助けてほしいってね。お祖母さんは止めてくれたんだけど、僕は戻った。なるべく、家から遠くて、知り合いも少なそうな桜木高校を選んで、受験した。……ホストクラブはね、上手くやれば手っ取り早くお金が稼げるんだよ。幸いなことに、僕はそういうのが得意だったみたいでね」

 金がなくなったら、息子を頼るのかよ。

 最低な母親だ。

「……こんな環境で育ってきたんだ。無感動、無感情になるのもしょうがないだろう? 兄さんが死んだ時も、僕は涙の一滴も出なかったんだよ」

 あの無表情を思い出す。

「だから、僕がいくら嘘を吐いても、作り笑いをしても、許されるだろう?」

 烏丸は、いつものように笑いながら言った。

 とても、精巧な作り笑いで。

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