桔梗話譚~花のしらべ~ 外伝集

文月 和奏

外伝 狛九死に一生 (第十八話後の後日談)

・・・吾の主、神楽 桔梗の朝は早い。

今日も忙しくあっちに走り、こっちに戻っては、また駆ける。を繰り返している。


その容姿は・・・美しい漆黒の髪、透き通った瑠璃の瞳、肌は純白で背丈は12歳の少女としては平均ぐらいであろう。傍から見たらかなりの美少女である。


――吾の自慢の主であるのだ。


だが、気質は真っすぐで、少しばかりか…言葉での暴力で兄や父親を負かすことも度々。

勘違いしてはならぬが、根は明るく真面目で、無垢な一面もある故憎めない。

あと、食いしん坊であり、食事の時は毎回謎解説が頭の中で展開されているようだ。

吾は幼い頃から彼女を見守っていたのである。


再会は契約の儀式…その時、思わず本音が漏れしまった。

一瞬、警戒されたが断言だけはしておく、見てはいけない物は見ないし。これでも1000年以上も神として存在しているので、人の世に言う空気?というものを読むことには長けているのだ。


「狛。おはようございます!昨日の見極め、ありがとうございました!」


「うむ。桔梗もよく頑張ったな。その結果だ、誇るとよい」


『そこで、ですね!今日は、狛に御馳走がでます!』

桔梗は綺麗に整った顔を吾に近づけつつそう言い放ったのである


御馳走・・・?吾は神なので基本、人の様に食事を取る必要はない。

ある例外を除いてた。


お稲荷だけは、話が別だ。


何故じゃと…?


それほど遠い昔ではないが、たまたま・・・だぞ?

毎年、人が育てている稲穂を横取りしていた子鼠を退治をしてやったのだが…

その時の吾は油断していてようで。見れる者に気付かず姿を見せてしまってな。

『狐の神だ!神様が我々を救ってくれたのだ!』

そう祭り上げられたのじゃ……更に、立派な社も立てられての。

なんとも頭の痛い話だ。


その社に供え物を持ってくる女子がおってな。

艶やかな油あげを出汁で味付けしていたであろう、茶色の小さい巾着袋のような物だったのだが…それがお稲荷との出会いだった。


これが…美味であった…懐かしい…

そう吾が蒼穹の瞳を潤ませ感傷に浸っていると…


「・・・は・・・く…狛!」


「・・・む。吾としたことが…昔を懐かしんでおって呆けていたな。すまぬ。—―して御馳走とは?」


「ふふっ……お稲荷さんです!」

桔梗はまだ発展途上の胸を大きく反り、大袈裟に言い放つであった。


「・・・な・・・んじゃ…と…」

吾は大きく目を見開き・・・唖然とする。数年いあ、数百年ぶりにお稲荷が食せるとは…落ち着くのだ。現物を見てからだ…そも、菖蒲殿にあの時の味を超えれるのであろうか?そこが気がかりじゃ。


「狛…?お狐様はお稲荷を好む。とお聞きしていたのですが、違いましたか?」

「—―うむ。その見解で間違いはない。だがな…吾の舌は粗末な物では満足できぬぞ。」

桔梗は心配そうな表情をした後、『母の作る物は美味しいから安心してください!』っと言い放ったのである。

それならば、朝餉を楽しみにしようではないか…!


期待と不安に駆られつつ。桔梗と共に居間へ向かう—―


「母様!狛を連れてきました…!お稲荷さんはありますか?」

桔梗は母に向かって小首をかしげつつ、お稲荷の行方を尋ねている。

母はにっこりと微笑みつつ『ふふっ。そこに準備していますよ。』っと返事をしている。


「狛、準備出来ているようです。こちらへ!」


「うむ。では、食して・・・!?」


そこには、昆布出汁を使かったであろう鼻を擽る香りと砂糖、濃い口醤油で彩られた黄金色に輝くお稲荷があった。


――余りの神々しさに吾は一瞬息を飲み、それを凝視する。


「狛…?やはり、お眼鏡には適わないでしょうか?食べないのあれば私が…」


「・・・否。これは吾の獲物だ。渡さぬぞ!」


「獲物って…」


『ごくりっ』と息を飲む・・・

口の隙間から唾液が零れ落ちそうになるが舌で塞き止め抑える。

そして、両手で丁寧に抱えた後、一つを丸呑みに…揚げから溢れる汁・・・濃すぎず。いつもの桔梗が美味しく食べている白米、白ごま、砂糖、穀物酢で絶妙な味つけ・・・まさに至高の品。


「菖蒲殿。疑ってすまなかった。ここまでの品が出るとは思わず。至福の時、助かる。—―?」

吾が菖蒲殿へ謝罪と感謝を行っていた短い時間・・・眼前の異変に気付く。


おかしい…皿には、まだ三個お稲荷が残っていたはずだ…

神に神隠しをするとは…っと『もぐもぐっ』という音を立てる者が。


「流石、母様のお稲荷様ですね!つい手が出てしまいました…」

犯人は・・・桔梗だったのである。


「・・・桔梗、吾のお稲荷ではないのか…?」


お主、事あるごとに『食べ物の恨みは恐いのですよ!』っと言っているではないか!

この仕打ち・・・いくら主でも許せぬ。許せぬぞ!


「—―あっ。狛ごめんなさい…ですが!また作って貰えばいいのです!」


確かに作れるのだろう。だが、欲しいのは今この時――


「桔梗、ここは主の為・・・一度礼儀を・・・ぐっ!?」

ここは礼儀と言うものをわからせる為、少々手荒であるが…そう思考し動き出そうとした一瞬の出来事、何者かによって脳天に玉のような物がめりこみ、吾は倒れ伏す。


暗転する意識の中・・・桔梗の後ろには、冷笑に似た背筋が凍るような形相の菖蒲が…居た。厳密には意識は失ってはいないし、背筋が凍る事はないのだが。

神楽家の最強は菖蒲ではないか・・・?

菖蒲には逆らってはいけない…そんな出来事であった。


数日後、吾はお稲荷を無事食せたのであった…めでたしめでたし。

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