3月26日(日)_桜間くるるは解られたい【くるるのひとりごと9】

 私、気付いちゃった。雨の日とか、寒い日はお客さんがぜんぜん来ない。

 今日もそう。

 せっかくの日曜日なのに店内はガラガラだよ。

 むー、とは思うけど、この喫茶店だけの話じゃなくて、世間的にはわりとそんな気がする。今朝歩いているときに周りを見て思ったのだ。

 これは大発見じゃないの!?

 美奈さんにそんなことを話した。


「寒いとみんな外に出たくないからねえ~」

「な、なるほどっ……!」


 めちゃくちゃ納得だった。発見は発見じゃなかったみたい……。

 そう、今日は喫茶『ヴィンテージ』、めちゃくちゃ暇なのだ。やることがなさすぎて店長は美奈さんにお店を任せて帰っちゃったし、カイトくんはお昼どきなのに休憩に回されちゃってるくらい。


 カウンター席にはいつも通りメタルミュージックを聴いてるおじいちゃんがいるくらい。

 こーゆーときにやることは決まっていて。

 美奈さんがスツールを持ってくる。

 腰を落ち着けて雑談、の合図なのだ!


 私は話した。

 ここ最近の事件を話しまくった。

 キス未遂のこと。

 それを隠していたこと。

 ちゃんと自分で明かしたこと。

 美奈さんは全部を聞いてくれたうえで。


「あはは~くるるちゃん、引け引け作戦向いてないんだねえ~」

「うっ、手厳しい……。完全に図星・オブ・ザ・スターって感じです……」

「ずぼしおぶざすたー?」

「図星の中の図星ですっ! 私これ向いてないんじゃないの? って、キ……スしかけた帰りに思いました……」

「まー、でもー、結果的に付き合えたならいいんじゃないの?」

「ですよね! ……んえ?」


 首をひねる。美奈さんの言い方だとまるでカイトくんと私が付き合ってると思ってるみたいだけど。

 私はそろそろと小さく手を挙げる。

 

「あのー、まだ付き合ってない、です……」

「……はい~?」

「や、だから。私たち、まだ友だちのまんまです! キスも結局してませんし~」

「ちょ、ちょちょちょ待って~~」


 美奈さんがのんびりと慌てていた・・・・・・・・・・

 考えるポーズを二個も三個も行ったり来たりしながら、あーでもないこーでもないって呟いている。


「ね~くるるちゃん、キス未遂までしておいて恋人関係に発展しないのって、今の高校生ではフツーなの? みんなキス未遂くらい平気でやっちゃうの?」

「ええっ、ぜ、ぜんぜん普通じゃないですよっ!」

「だ、だよねえ~、焦ったあ~。すごい世代だなって思っちゃったよお」

「わ、私だってカイトくん以外にそーゆーことしようと思ったことないですし! カイトくんだって、ないはずです! たぶん」

「……それなのに、まだ付き合ってないの~?」

「うぐっ……それな・オブ・ザ・スターすぎる……」


 的確に刺さる。

 けれど、それだけ当然な疑問ってことだよね。私もフシギだよ。


「だってさ~、こういうことでしょ~?」


 美奈さんが右手と左手でそれぞれキツネさんを作る。人差し指と小指がピコピコと動いてて可愛い。


『私、くるるだよ~。コンコン』

『俺は、解人です。コンコン』


 声色を使い分けて美奈さんがキツネさんになりきる。


『私、あなたのことが好きだからキスしそうになっちゃったの。眠ってるところを襲ってごめんなさいっ。コンコン!』

『怒ってないから気にしないで。コンコン』

『『ははは』』


「これ、明石くんは何考えてるの~? 普通に考えてくるるちゃんの気持ちは解るじゃ~ん」

「う、そう、だと思います。私も」


 お昼休みのたびに一緒にご飯食べようって押しかけてたし。

 放課後は一緒に帰ろうって押しかけてたし。

 バレンタインにチョコあげたし。


「やっぱ引け引け作戦はおしまいにした方がいいかもしれないね~。次のステップだよ、次の」

「次……というと……」

「押し倒し作戦だよ~」

「おしっ!? たおしっ!? だ、ダメですよ私たちまだ高校生ですしっ!!」


 スツールから転げ落ちそうになる。

 あわあわとバランスを取っていると美奈さんが手を掴んでくれた。


「簡単だよくるるちゃん。押してもダメなら引いてみな。引いてもダメなら押し倒してみな、ってことだよ~。キス未遂まで発展しててダメならもう、直接的に好意を伝えつづけるしかないって~」

「で、でも、これまでもそれとなく、す……好きってことは、伝えてきたつもりですけどっ」

「んんー、それとなくだと解らないんじゃないかなあ?」

「で、でもカイトくんはいつも私の言いたいことを察してくれるんですっ。そのカイトくんなら、きっと」


 昨日だってお母さんとのチャットから気遣いを読み取れていたし、カイトくんに解らないことなんて──


「でも、まだ付き合ってないんだよねえ?」

「ぎえっ」


 のどが締まってヘンな声を出してしまう。


「くるるちゃん、前に海で本音ゲームをしたって言ってたよねえ。ずっと一緒にいてほしい、だっけ?」

「言いました……」

「それでも関係が変わらなかったんだとしたら、このままじゃ付き合えなくない?」

「おっしゃるとおりです……どうして……解ってくれないんだろう……」

「明石くん相手に、それとなく伝えて解ってもらう作戦はもう通じない……くるるちゃんもそう思ってるんじゃない?」

「ず、図星・オブ・ザ・スター・オブ・ザ・スター……」

「ああ~、ごめんねえ、責めてるわけじゃなくってえ」

「だ、大丈夫です。私が不甲斐ないだけなんです……」


 私は椅子の上で灰になった。

 


 ◇ ◆ ◇



「はい~、七海特製ハニーホットミルクだよお」

「ありがとうございます……」


 マグカップを受け取って、ふーふーと冷ましてからくぴくぴと飲む。牛乳の柔らかい香りで心が落ち着いていく。なんか不思議な香りがする。ような気がする。


「ふふ。おいしい?」


 私は無言でこくこくと頷く。


「シナモン、ですか? いい香りです」

「おっ、そこに気付くとは~。ね、他の隠し味は解る~?」

「えっ、シナモンの他に、ですか?」


 気になる。

 ひとくちふたくち飲んでみる。

 ミルクセーキを作るときに嗅いだことある気がする。

 てことは。


「……むー、バニラエッセンス、ですか?」

「正解~! あと一つあるよぉ」

「あとひとつ~???」


 なんだろうって考えながら、さんくちよんくちと飲んでみる。

 でも。


「むー、ギブアップですー……」

「こたえは~ショウガでした~。寒いからね、ぽかぽかするやつ~」

「う……ずずっ……言われたら確かに……」

「それと同じなんじゃないかなあ?」

「はひ?」

「察してもらうってそのくらい複雑な話なんじゃないかなぁ?」

「うぐ」


 再び灰になりかける私。

 美奈さんが慌てて言葉を続ける。


「あ~、くるるちゃんが悪いってことじゃなくて~。私が言わなくてもくるるちゃんはシナモンの香りが解ったでしょう? で、他にあるって言われたらバニラエッセンスにも気付けたじゃない~」

「それは……ミルクセーキの時と似た香りがしたなって思ったので?」

「うんうん。経験があったから、聞かれたら解ったんだよね」

「でも、ショウガは解りませんでした。ミルクにショウガを入れたこと……なかったかもです」

「辛くならないようにホントにちょっぴりしか入れてないからねえ。でも、言われたら解ったってことだよ~」

「それが、察してもらうのは複雑、ってことですか?」


 美奈さんが頷く。


「つまり~、聞かれなくても分かることも、尋ねられれば解ることも、言ってもらえるまで気付けないこともある。察するって言っても、これだけ違うじゃない?」

「たしかに。……考えたこともなかったです」

「わたしも~。二人を見てて思い付いたことだからねえ。……でさ、明石くんにも得意と不得意があって、言ってもらえるまで気付けないこともあるとしたら?」


 ハニーホットミルクを啜る。

 ショウガのピリッとした辛みがほんのちょっとだけ舌に刺さった。


「……私、ほんとは解ってたんです。カイトくんが察しくれるのに甘えてたっていうか」

「好きって気持ちを解ってくれるって?」

「それもですけど、普段の会話もです」


 温かなマグカップをぎゅっと握りしめると、指先が冷えていたことに気付かされる。


「私、いっつもカイトくんと話してると、ぶわーって星を散らすみたいにしゃべってしまって。でも彼はぜーんぶ拾い集めて、ちゃんと一つ一つ名前を尋ねてくれるっていうか」

「うん? ううん?」

「あああっ、そう、これ! 今まさにこれです! 私、好き勝手に話したらぜんぜん上手く伝えられなくて、えーと、えーと」

「……それでも、明石くんなら解ってくれる、ってことかな?」


 私はうなずく。

 そーなのだ。ホントは分かってた。

 私は私の甘さに気付いていた。

 好きを解ってもらおうとするのも、いつもの会話を解ってもらおうとするのも根っこは同じ問題だ。


 カイトくんなら解ってくれるだろうって、それに甘えてたんだ。


「ちゃんと伝えなくちゃ……解らないですよね」

「ん~、もちろん言わなくていいパターンもあると思うけど~。でも、今は気づいてもらいたいのに気づいてもらえないっていう歯がゆい状況だもんねぇ」

「そう、なんです」


 言われなくても私の気持ちに気付いてくれるなら、初めからこんなに苦労してないもん。

 でもそれはカイトくんが悪いわけでもなくて。

 これまでのことを思い返してみると、私はグイグイと距離を詰めていくわりには、気持ちに関しては受け身の姿勢だったのかもしれない。


 なら、どうして解ってくれないの? なんて言っちゃダメだよね。


 じゃあどうして言えなかったのかって言われたら。

 恥ずかしかったから、だと思う。たぶん。


「……私、ちゃんと言える自分になりたいです」

「おおっ、いいぞいいぞ~」

「って、すぐには無理かもしれないですけど……」

「ちょっとずつでもいいと思うよ~。大学生のわたしから見たらまだまだ若いんだから~。いくらでも変わっていけるって~」

「美奈さん……」


 うるっとしちゃった。いけない、いけない。

 マグカップをぐいっと傾ける。

 ハニーホットミルクの香りが口いっぱいに広がった。美奈さん特製の豊かな風味は、私の心をぽかぽかと温めてくれた気がした。


 相手に察してもらうのを受け身の姿勢で待つんじゃなくって、自分から伝えにいくってことが、今の私には必要なんだ。

 それなら、解ってもらうために私が変わらなくちゃ。

 好きだってことをカイトくんに気付いて欲しいんだから。


 私、桜間くるるは解られたいんだから。

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