3月25日(土)_プレゼントは実用性と優しさと【トーク履歴9】

 バイト終わりの帰り道。

 解人は母親の早苗へとLINEを送った。


[解人:これから帰る]18:13

[解人:ちょっと寄り道していくから]18:13

[解人:また連絡する]18:13

[母:おっつー]18:14

[母:あいや待たれい]18:14

[解人:時代劇か?]18:15

[母:今日、初任給って言ってたよね]18:15

[母:もしかして私に感謝のプレゼントでも買ってくれんのかな?]18:15

[母:シャネルのハンドバッグとかかな?]18:15

[母:楽しみにしてんぞ]18:15

[母:♡]18:15


 解人は顔をしかめる。

 確かに初任給はもらっていた。

 口座の開設が間に合わなかったので、この時代に手渡しで。


「分かってるなら気づいてないフリをしてくれや……」

「むー? どしたの?」


 隣のくるるに首を傾げられ、解人はスマホを見せた。


「わはは! お母さんおもしろいひとだねえ~、初任給でシャネルって……ふふっ」

「面白いかあ……? まあ、気を遣われてるのは分かるけど」

「そうなの?」

「あえて無茶な要求をすることで、逆になんでもいいって暗に示してるんだと思う。これたぶん、なにも買わなくても怒らないよ」


 解人は元々なにか買って帰るつもりで『寄り道していく』と連絡したのだった。

 けれど、フルタイムで働いているわけでもない解人の初任給ではシャネルのバッグなど買えるはずもない。

 それゆえにくるるはジョークだと思ったのだが、解人はさらに一歩踏み込んで考えていた。


「例えば俺がちょっといいケーキでも買って帰るとするじゃん」

「わお。私も食べたーい! 生クリームの海で泳ぎたーい」

「めっちゃベトベトになりそうだ……んで、母親にケーキを渡すとするじゃん。たぶんこう言ってくるんだよ『えーっ、シャネルのバッグじゃないの~?』って。おどけた感じで」

「ふんふん」

「そしたら俺が『悪かったな。イヤなら食うなよ』と言う」

「カイトくんっておうちだとそういう感じなの? ワルなの?」

「っ……!」


 くるるが純粋な瞳で見つめてくるので、解人は恥ずかしさに言葉を詰まらせる。家での振る舞いをありのままに話したのが仇になった。

 自分の素行を『ワル』と評されてしまった。

 いかにも反抗期という感じで、それをくるるに指摘されるのはどうにも恥ずかしかった。


「と、とにかく、俺がそう言ったらたぶん母親はこう返す。『うそうそ。サンキューな。ご飯の後に食べような』とかなんとか。これは別にケーキじゃなくても成立するんだよ」

「んー、じゃあ花束だったら?」

「それなら『バッグじゃないのかよー。うそうそ、飾っとくわ』ってなる」

「なんも買わなくても?」

「その場合は、シャネルのバッグは無理だからっていう言い訳を俺が使える。つまり、絶対に無理な要求をしておくことで俺の選択肢を自由にしておこうっていう母さんなりの考えだろうなって」


 言い終えると、くるるが口をポカンと開けていて。


「カイトくんっていっつもそこまで考えてるの? すごいねえ」

「すごい……かなあ? 考えてるっていうか、そういうことが勝手に浮かんじゃうだけで」

「浮かんじゃう!? め~っちゃすごいよお! こりゃ、私の言うことも分かってくれるわけだなあ」


 キラキラとした目でくるるが見つめてくるものだから、解人は眩しさにやられそうになる。

 思われているほど正確なわけでも、詳細なわけでもないつもりだったのだが、どうにもいい方向に解釈されているなと解人は感じる。


「むー、そっか。これからお母さんへのプレゼント買う?」

「そのつもり。自由すぎてもなに買ったらいいか分かんないけど。……もしよかったら、時間あったらでいいんだけど」


 解人は立ち止まってくるるの方へと向き直る。

 以前なら自分から行動することは億劫で、自分の恋心を自覚してからはもっと恥ずかしくてできなかったはずだった。

 けれど今の解人はもう、怖がるだけじゃない。


「一緒に探して欲しい……ッス……」


 しりすぼみになりながらも解人はしっかりと言い切る。

 くるるがビシッと敬礼した。


「おまかせあれっ!」


 それから二人は駅ビルの中の雑貨屋へ向かった。

 オーガニック志向な店内はフローラルな香りで満ちていて、シンプルながら洗練された商品パッケージも男子高校生一人で訪れるには敷居が高かった。

 けれど、解人のそばにはくるるがいた。

 石鹸やら小物やらを見比べるもどれがいいのか見分けがつかない解人に代わり、ほとんどくるるが見繕った。

 それでも、最後の最後で選ぶのは解人だった。

 無事に買い物を済ませた解人は、帰宅して母親にプレゼントを贈ったのだった。


 気恥ずかしいやり取りを終えた解人は、ベッドに倒れ込む。


[くるる:どーだった、お母さん]20:31

[くるる:喜んでくれた?]20:31

[解人:予想通りだった]20:31

[解人:シャネルのバッグじゃないん?]20:31

[解人:って言ったあとに感謝されたよ]20:32


 母親の目が潤んで見えたのは気のせいだろうか、と解人は思い出し。

 そんな湿っぽい性格でもないかと首を振った。


[くるる:すごっ]20:32

[くるる:予想通りじゃん!]20:32

[解人:あと]20:32

[解人:桜間さんに頼ったのがバレた]20:33

[くるる:えっ]20:33

[解人:言わなかったのに]20:33

[くるる:ええっ]20:33

[解人:お礼言っておいてって言われた]20:34

[くるる:えええっ]20:34

[解人:即バレした]20:35

[解人:あんたがこんな気の利いたもの買えるわけないって]20:35

[解人:その通りだけどさ]20:35


 贈ったのはハンドクリームだった。

 保湿成分は嬉しいし、いい香りは気分が上がるし、なにより使い切れるので贈り物として無難で鉄板だとくるるが教えたのだ。

 解人としては実用的な部分が気に入った。

 喫茶店で勤めるようになって実感したのだ。洗剤を使うと指先は簡単にカサカサになるのだと。

 いつも家事をしてくれる母親にはちょうどいいと思ったのだ。


 ちなみに、消えものが贈り物には無難だと聞いたとき、解人は真っ先にくるるに贈ったヘアクリップを思い出した。ちっとも消えものじゃない。なんならずっと身につけるものだ。

 めちゃくちゃ重い贈り物だったのではと思ったが、バイトのときも出かけるときもつけてくれているのを見るに失敗ではなかったのだろうと思うことにしている。

 

 

[くるる:カイトくんの探偵パワーはお母さんからの遺伝だったかー]20:36

[解人:俺はあそこまでひん曲がってない]20:36

[くるる:えー?]20:36

[くるる:優しいお母さんじゃん]20:36

[くるる:だからおそろいだよ?]20:37


 それは間接的に自分が褒められているんだよな、と解人は自らの頬を掴む。ゆるんでしまわぬようにと。



 ◇ ◆ ◇



 リビングでは解人の母親──早苗がハンドクリームを眺めていた。


「解人がさー、こんなん渡してきたんだよね」

「なんだ、ハンドクリームか?」


 ぶっきらぼうともとれる返事を返すのは早苗の旦那。つまり、解人の父親だ。


「そー。生意気だなあ、あいつ。まだ高校生のくせに」

「なんだ、そんな言い方して」

「自分が欲しいゲームでも買えっつーの。イイ感じの女の子もいるんだし、そーゆーことに使えばいいのに。ねー、パパ」

「解人が稼いだ金だ。何に使おうが自由だろう」

「そーだけどさー、なんかさー」

「なにが不満なんだ────そんな嬉しそうな顔をしているのに」


 言われて早苗は、自分がニヤけていることに気付いた。

 憎まれ口をたたいてはいるが、息子の成長を喜ばない母親ではなかった。


「俺はお前が嬉しそうで嬉しいんだが……早苗は不満なのか?」

「んもーパパってばいつでもストレートな物言いなんだからっ! そーゆーとこも好きだぞっ!」

「む……うむ…………」


 解人の成長を見守る二人は、こちらもこちらでベストカップルなのだった。

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