3月15日(水)_サクラサク、予感
卒業式。
高校一年生にとってこれほど身近でない行事もない。
解人は前方に揃って座る卒業生たちを見る。
再来年には同じ場所にいるのだと言われてもピンとこない。365日が過ぎていくのですら途轍もなく長く感じるというのに。その倍と言われても。
思い入れのある先輩がいるわけでもない卒業式への集中力は初めから無い。名前を呼ばれて一人一人が壇上へと歩いていくという時間は解人にとっては退屈そのもので。
そのぶん、あれこれと考えが巡る。
最近の自分のこと。そしてくるるのこと。
髪留めを贈ったのがつい昨日。
喜んでくれたと思っている。自撮りが送られてきたくらいだ。
解人の指先はすぐに写真を保存した。
保存しました、という表示が目に入ってから自分でも気づいたくらい何も考えずに指が動いていたので、解人は自分が怖くなったほどだ。
自撮りを送るなんてのは彼女には普通のことかもしれない。
けれど自分にとってはびっくりしてしまうことなので控えてほしいような、嬉しいからやめてほしくはないような、そんな心地だった。
保存した写真を思い出して解人は改めて思う。
かわいい。
上目遣いではにかむくるる。桜のヘアクリップを映そうと顔を傾けたために自然とそうなった構図なのだろうと解人にも想像はつくが、表情も相まって、普段は考えていなかったくるるの可愛さを意識せざるを得ない。
そして、解人は嬉しかった。
自分が選んだものを相手が身に着けて写真まで撮ってくれるというのは存外に嬉しいのだなと思う。
足踏みしていた自分に喝を入れてくれた剛志には感謝だ。
反面、解人はモヤモヤとする気持ちも抱えている。
やりすぎてしまってはいないだろうか、と。
仲のいい友だちとはいえ、女子にアクセサリーをプレゼントするというのは、解人の人生で初めてだ。
見つけたときに自然とこれだと思って手に取ったけれど。
冷静に考えてみれば、身に着けるモノを贈るというのは
どうして自分は髪留めを贈ってしまったんだ、と。
卒業式が終わり、解人は剛志にそう打ち明けた。
「解人ってやっぱオモロいな!」
「褒めてんのか? ばかにしてんのか?」
「ほめてるほめてる! 相手に選ばせるとか言ってたやつがアクセサリー贈ったんしょ?」
「やっぱダメだったか……?」
「いやー、それがダメだと思ってるのも含めてオモロいわー」
もはや定位置となった教室のベランダ。
あとはホームルームをして解散という流れだったが、教員が駆り出されているためか担任の先生は現れず、クラスメイト達はこうして自由におしゃべりをする時間となっていた。
「ダメだと思ってるって……女子にアクセサリーを贈るって、なんか特別な意味がある感じするだろ?」
「まあなー! 俺も贈るかどうか悩んだわー」
「やめたのか?」
「ホワイトデーのお返しではねえかなーって思ってな!」
「やっぱりアウトか……」
「さあ?」
「さあって、剛志おまえなあ」
「だって俺が決めることじゃねーじゃん。解人が満足したかどうか、桜間が満足したかどうかだろ」
解人は答えに詰まる。
その通りなのだ。結局のところ、自分と相手との問題なのだ。
「そんで桜間は喜んでたんか?」
「……たぶん? わかんない」
「ほいじゃあ解人は嬉しかったか?」
「それは、もちろん。似合うと思って贈ったわけだし────」
声にしてから解人は気付いた。どうして自分が髪留めを贈ったのか。
なんのことはない。
解人はただ、自分が似合うと思ったアクセサリーを身に着けたくるるを見てみたいと思っただけだったのだ。
送られてきた自撮りを秒で保存したのもなんら不思議ではない。
求めていたものが届いたのだから自然な反応だろう。
「────っず」
「どうした、解人?」
「はっっ……ず………………」
解人はベランダの柵をがっしりと掴んで顔を伏せた。
理解したのだ。
相手が求めるモノではなく、自分が贈りたいと思うモノを選ぶということは、相手に対する思いがダダ漏れになるのだということを。
「解人は恥ずかしかったんか?」
「遅れてやってきたんだよ。なんだこれ。世の中の男はみんなこの恥ずかしさを乗り越えてんのか?」
「はっはっはー! 俺はちっとも恥ずかしくなかったぞ!」
「お前はそういうやつだよな、剛志」
「ま、お前が満足したなら、とりあえずいいじゃん! 感想が気になるってんなら、桜間に直接聞けばいいだろ?」
「それはそう──ってちょっと待てよ剛志。俺は相手が誰か言ってないぞ。……言ってないよな?」
勢いよく顔を上げる解人。そこには呆れ果てた顔の友人が。
「解人ってオモロいよなー……」
「それが褒めてないってことはよくわかった」
「隠してるつもりだったん? てっきり言うまでもないからわざわざ言わなかったのかと思ってたぜ」
「別に隠したかったわけじゃ、ないけど」
「ほんなら、なんで言わんかったん?」
「うぐ……」
解人は自分でも分かってはいた。
ほとんど無意識に彼女の名前を伏せていたのだ。
単に友だちにお返しをするというだけなら相手を伏せる必要もない。それなのにどうしてそんなことをしていたのか。
友人である剛志にすら、相手が誰なのか知られたくないと思っていたのだということで。
それだけ相手を意識してしまっていたということで。
黙りこんだ解人へ、剛志が声をかける。
「ま、解人の後悔のねえようにしろよー」
「剛志……」
「んなことより見ろよ! 桜咲いてるぜ! やべー、春だわー!」
「俺のことに興味なさすぎか?」
男二人が仲良くコントを繰り広げている一方。
教室ではガールズトークが花開いていた。
理央が、桜のヘアクリップを髪に咲かせたくるるに目を輝かせる。
「やったじゃん、くるるちゃん! ガチ可愛すぎ」
「えへへへへ」
「アクセサリーとか明石のやつやるじゃん! 誰かの入れ知恵かー?」
「店先で見つけたから、ホントにたまたまだと思うよ?」
「ほーん。だとしてもこれをつけてるとこが見てみたいと思って買ったんだとしたら……めっちゃ勝機あるんじゃね?」
「そ、そうかなー、まだ分からないよー」
くるるは、口ではそう言いつつも、見て分かるくらいに頬をゆるませていた。
理央は思わずほっぺをモチモチと触る。
「春が近いなー! 勝てる! 勝てるぞくるるちゃん! サクラサクだ!」
「り、理央ちゃんやめれ~~~」
二人のじゃれあいは担任の教師が来るまで続いた。
誰もが、芽吹きの予感を感じていた。
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