3月9日(木)_春休みのうちには
朝。
駅でくるると鉢合わせた解人は、並んで学校を目指した。
スキップをしかねないほど足取りの軽いくるるに、解人が理由を尋ねると。
「今日から午前授業じゃんっ。もうすぐ春休みじゃん? だからお試し期間ってことだね」
「午前授業のことをキャンペーンだと思ってるひと初めて見たわあ」
「え~、カイトくんはワクワクしない?」
「言われてみれば確かに。早く帰れるのは嬉しいね」
「えっ、帰っちゃうの!?」
「えっ、帰らないの?」
くるるが足を止めるので、解人も止まった。
「午前授業なんだからさー、ちょっとくらい遊びに行くのが礼儀ってモンじゃないのー?」
「礼儀、とは」
「だからあ、午後を休みにしてくれた学校に対する礼儀だよっ。カラオケとか、ボウリングとか、ゲーセンとか、ファミレスでだべったりとか、お散歩したりとか……」
「遊びの波動がすごいなあ」
解人はいつも通りの低血圧な反応を返す。
しかし、鼓動は早鐘を打っていた。
昨日、美奈にからかわれた言葉がまだ頭の中に残っている。
『一部にはウケるかもしれないじゃん?』
彼女の視線の先にいたのはくるる。
つまり、くるるが解人に好意を持っているのではと美奈は言っていた。
ただの好意であれば解人も動揺しない。友だちとしての情であれば。
しかし美奈が言っていたニュアンスは違う。
男女の仲として、だ。
そうなってくると話は変わる。
もしくるるが自分のことをそういう意味で好きだったとしたら?
考えはじめると心が落ち着かなくて。でもそれを目の前のくるるには悟られたくなくて。
解人はいつも以上に気を引き締めて平静を装っていた。
「ね、聞いてる? カイトくん」
「へあっ、ごめん、ちょっと考え事してた」
「もー。遊ぼうって話だよー。今日はバイトだからさー、明日! カラオケかなあ、ボウリングかなあ」
「あ、お、うん。そうだね。剛志とか高馬さんとか誘ってみようか」
「おっ、いいね~! ふっふっふー、楽しみじゃ楽しみじゃー」
くるるがいつも通りに返す。
解人は、なんだか自分だけが昨日からのぎこちなさを引きずっているみたいで恥ずかしく感じてきた。
桜間さんが自分のことを好きかもなんて考えるのは恥ずかしいことなのでは? とさえ考えてしまう。
しかし、実のところ、くるるも似たり寄ったりだった。
昨日、美奈に言われたことをずっと気にしていたし、普段通りに見える解人の態度に、自分だけが空回りしているように感じていたのだ。
そんな二人のやり取りは、交わしている言葉と隠されている思いの混じったものになっていた。
「カイトくん、明日までに遊びたいところ考えておいてよね(できれば二人きりで! か、カラオケとか行っちゃったりして! まだ早いかな!?)」
「了解。あんまり遊びのレパートリー知らないから力になれるか分からないけど(他の人も誘う前提でいいんだよな!? っていうかそうじゃなきゃキャパオーバーで死んでしまう!)」
二人は心のうちを顔には出さず、教室まで談笑しつづけた。
◇ ◆ ◇
昼休み。
解人は教室のベランダで総菜パン片手に、友人の佐々木剛志と話していた。
「悪いな剛志。いつも野球部のやつらとメシ食ってるだろ」
「気にすんなって! それよか、お前から誘ってくるとか珍しいじゃん」
「あー、うん、まあ、ちょっとな」
「おっ? なんだよ悩み事か? 聞いてやるから話せって!」
剛志は手にしていたカレーパンを一口で平らげると、ぐいっと距離を詰める。
「悩みってほどじゃないんだけどな」
「おうっ!」
「最近、感情の動きが忙しないんだわ」
「ロボットみてーな感想だな!」
「こう、相手にどう思われてるのか、相手をどう思ってるのか、そういうことを考えると頭がパンクしそうになるって言うかさ。誰かの行動一つ一つで自分の感情がこうやって揺さぶられるのが初めてだから、すごく落ち着かなくてな。だから今日も剛志とメシ食いたかったんだよ」
「なるほどなるほど」
腕組みをした剛志がうんうんと頷く。解人の話を咀嚼し、消化しているようで。
そして、確信めいた表情で言う。
「つまり、恋だな」
「…………へ?」
解人は、剛志の言葉に思わず目が点になる。
「いやー、友だちのガチ恋バナ聞くとさすがにハズいな!」
「…………こい?」
「マジな顔してるからなにかと思ったじゃん。よーするに、気になってる人がいるから最近はソワソワしちゃうってことだろ? お前ピュアだなあ! いいじゃんいいじゃん!」
剛志が、励ますように解人の背を叩く。
解人はわけもわからずスマホを取り出す。ブラウザで調べると、このような記載を目にした。
恋(読み)こい
〘名〙 (動詞「こう(恋)」の連用形の名詞化)
① 人、土地、植物、季節などを思い慕うこと。めでいつくしむこと。
② 異性(時には同性)に特別の愛情を感じて思い慕うこと。恋すること。恋愛。恋慕。
「れんぼ…………?」
解人の脳裏に、思い出がフラッシュバックする。
冬の朝、静かな雪の道で笑っていたくるるを。
ゾンビになったら噛むと言ってきた、薄暗い夕方のことを。
チョコを渡してきたときの大人びたはにかみ。ヒーローだと言ったときのふわりとした笑顔。
自分の足元で黒猫と戯れていたくるるのつむじを。
小学生の傷の手当てをしたときの天使のような優しい横顔を。
「────いと、おーい解人!」
「…………はっ!」
剛志の呼びかけで、解人は我に返る。
「俺は今……なにを……」
「訊きたいのはこっちだっつーの! 急に口開けて黙るからコワかったぜ」
「すまん……走馬灯みたいな、なにかそういう類いのものが見えた気がして……」
「オイオイだいじょぶかぁ? 最近バイト忙しいんだろ。無理すんなよ?」
「あ、ああ……」
解人は腕を組んで考え始めてしまう。自分の考えていること。相手の考えていること。そして、自分がしたいことを。
そんな姿をカーテンの裏に隠れて眺める二つの影があった。
「むむむ、なんて話してるのか分からないよ」
「なんか明石ってば考えこんでるっぽくない?」
くるると理央が、遠巻きに解人たちを観察していた。
紙パックのジュースを飲むふたりは、張り込みの刑事の気分だった。
「むー。今日はご飯誘われなかったからなんだろーって思ってたけど」
「男同士の話ってやつっしょー? ……もしかして、くるるちゃんのこと相談してたり~?」
「えっえっ、そうなのかな。そうだと思う?」
「明石だからなー。未だにくるるちゃんの思いに気付いてるかどうか怪しいしなー」
理央はくるるの頬をモチモチとつねる。
「い、良いしっ。いま気づかれても恥ずかしいからっ」
「えー? じゃあいつ気付いてほしいの?」
「もちろんちょうどいいときっていうか。かんぺきなたいみんぐっていうか」
「具体的にはー?」
「うう……それは……」
「それは?」
「春休みのうちには……ちょっとくらいは……進展したいなーって、
お、思ってる、よ?」
「よう言うた! かわいすぎる! あんたが大将っ!」
「ちょっ、聞こえちゃうよおぉ~……」
理央は、真っ赤になって顔を隠すくるるの頭を撫でまわすのだった。
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