3月10日(金)_素の顔が最高じゃん

 朝。

 昇降口で、二人の少女が鉢合わせた。


「くるるちゃん、よっすー」

「理央ちゃん、よっすっすー」

「今日さー、みんなでカラオケ行くんだけど、くるるちゃんも来る?」

「むむっ」


 くるるは脱いだローファーを振り子のように揺らしながら考える。

 クラスの友だちとカラオケに行くのも楽しいかもしれない。けれど、昨日解人と放課後に遊ぶという話をしていたのだ。

 ならばいっそ、解人も誘ってみんなでカラオケを? と考えていた。


「や……でもカイトくんは大勢とカラオケとかってニガテそうだしなあ……」

「お? どしたん。もしかしてデートの予定とか?」

「デー……とも言うかもしれないね。うむうむ。あながち間違いじゃないね」

「おっ、デートって単語に動揺しなくなってきたじゃん」

「ふっふー。これが私の成長だあ」

「マジ日進月歩だわ。じゃあ楽しんできなねー」

「へっへっへ」


 くるるは思わずニヤけてしまう。

 なにして遊ぼうかという案は昨日のうちに出してあった。ボウリング、カラオケ、ショッピング、などなど。

 実際にどうするかはその時の気分で決めようと言って、昨夜のチャットはお開きになったのだ。


 くるるは上履きに履き替えると、軽い足取りで教室へと向かった。



 ◇ ◆ ◇



 放課後。

 午前で授業を終え、たっぷりと時間を蓄えた自由な午後が生徒たちの手に渡るともなれば、解放された彼らは思うがままに遊びや部活にのめりこむ。

 それはくるると解人も同じで。

 校門を出てすぐ、解人が提案した。


「桜間さん、今日は散歩しない?」

「およ?」


 昨日挙がらなかった選択肢にくるるは内心で首を傾げる。


「あ、もちろん、他のでも良いんだけどさ。ボウリングでも、なんでも」


 くるるは頭の中で計算する。

 カラオケとかボウリングよりもたくさん話せるし、疲れたらお店に入っちゃえばいいし、なんなら、いつでも他の遊びにシフトできる。無限大の可能性では?

 完璧な方程式をくるるの頭脳は導き出した。


「むしろアリ! 行こっ」

「無理してない?」

「してないしてない。私、おやすみの日は一人でもお散歩してるし」


 くるるはプルプルと首を横に振る。髪の毛が連動してふわふわと揺れた。


「れっつごーだねカイトくん! ……どこめざす?」

「桜間さん、今日の体力はどんなもんかな」

「ぜんぜん元気! たくさん歩いちゃう?」


 解人がうなずく。


「先月、雪降った時があったでしょ。あのとき一駅ぶん歩いたからさ。時間があったら何駅ぶんくらい歩けるかなって」

「わーお、チャレンジだね?」

「そうだね。まあ、楽しんで歩ける範囲でね」

「ふふっ、それじゃあ、行っちゃお~! お~!」

「お、おー」


 くるるがこぶしを突き上げると、解人も控えめに握りこぶしを持ち上げる。

 二人の小規模な冒険が幕を開けた。


「ふふふ。たくさん歩くの久しぶりだよお」

「おやすみの日は散歩してるんじゃなかったっけ」

「ほら、最近はバイトがあるでしょ。だからあんまり歩けてなくてさー」

「そっか。じゃあ今日はとことん散歩しよう」

「私、公園見つけたらゼッタイ立ち寄っちゃうんだ~。むしろ探しちゃうまである!」

「まじか。……線路沿いを歩こうと思ってたけど、コースは自由にしてみる?」

「うむむー、そうだなー」


 くるるが唇に人差し指を当てて考える。

 その時スマホの通知音が鳴った。くるるのブレザーの胸ポケットからだった。


「む? むー、なんだ、クーポンか」


 うなりながらスマホをしまったくるるが、あー! と叫ぶ。 


「せっかくだからさー、ぜーんぶ勘で歩いてみてさー、スマホ禁止にしちゃおうよ」

「道を調べるのも?」

「禁止!」

「写真撮るのは?」

「うーむ、一回だけとかどう? 一番ココだって瞬間をさ」

「あえて制限をつけるのか。アリだね」


 解人は何を撮ろうかと考える。

 夕暮れは綺麗だろうか。それとも道端の花でもいいかな。おもしろい看板でもあったら撮っちゃうかもしれない。それか、ツーショットを……。

 などと、思っていると。


「じゃあ、さっそくー」


 くるるがスマホを掲げて、インカメラを起動する。


「カイトくん、こっち向いてー」

「へ? え? いまここで!?」

「だって、いっちばん元気なときに撮りたいじゃん! それに、旅の始まりだよ? このわくわくを……ほら、もうちょっと寄って寄って」

「こ、こう?」

「いいねいいねー、さーん、にー、いーち」

 

 シャッター音。

 スマホの画面には満面の笑顔を浮かべるくるると、困惑気味の解人がいた。


「うむっ、サイコー! じゃあこれで、封印っ」


 くるるはスマホの電源を落とすと、内ポケットにしまった。


「思いきりがいいなあ」

「へへへっ。カイトくんの一枚も楽しみにしてるからね」

「時間に比例してハードルが上がっていくやつじゃんこれ」

「ひひっ、楽しみだなあー」

「桜間さん、めっちゃ悪い顔してる」

「ひっひっひ~」


 解人は、くるるを追いかけるように歩いた。

 すでに二人はいつもの通学路から大きく逸れて進んでいる。

 ときには自分の勘を頼りに、ときにはコイントスで運任せに道を選んでいく。

 くるるは宣言の通りに片っ端から公園を制覇していった。砂場の広いところ、ブランコしかないところ、狭いのにベンチが三つもあるところ、遊具がひとつもないところ。色々な公園と出会っては別れていく。


 お腹をすかせた二人は、やっとのことでコンビニを見つけると、それぞれおにぎりとサンドイッチを買った。

 それから、近くの公園のベンチで食べることにした。

 二人は、砂場に埋もれたカバのオブジェを眺めながら昼ごはんにありつく。


「いやー、お散歩らしくなってきたねえ」

「桜間さん、意外と歩くの早いんだね」

「伊達にお散歩してませんよー、っと、ん~! ツナマヨおいひ~」


 くるるが屈託ない笑みでおにぎりにかぶりつく。

 解人は、その様子を見て自分の考えが間違っていなかったと確信した。


 この可愛さをいかにも・・・・な放課後デートスポットで摂取してしまったら、心が持たない!


 それが解人の判断だった。

 ごはんを食べているところですら可愛いのに、カラオケとかゲーセンとか、いかにも・・・・な場所で炸裂したら。

 昨日、剛志に言われてから頭の中に居座っている『恋慕』の二文字がピッカピカに点滅する。

 

 自我を保つために、なるべく友だちっぽいことを選んで正解だった。


 解人にとっては駄弁りながら時間を過ごすのは最大限に友だちな行為だったのだ。

 無理になにかをすることもなく、自分たちのペースで話せて、ときには黙々と歩くこともできる。

 平和で、なんでもないからこそ、解人にとっては一番心が穏やかになる時間。

 思わず解人は呟く。


「……ずっとこれがいいなあ」

「ん? ごめん、なんてー?」


 くるるが顔を寄せて耳を近づける。

 そこで解人はあることに気付いてスマホを取り出す。


「……桜間さん、写真撮っていい?」

「えっっっ!?!? いま!?!?!? はい!!!!!!!」

「声でっか。撮るよ、さんにー、いち」


 シャッター音。


「ど、どぅえ、なんどぅえ、わた、私の写真を! なにに使う気っ!」

「使わないって。見てこれ」


 解人が画面を見せると、くるるは真っ赤な顔を寄せて穴が開くほど凝視する。


「ほっぺ、ごはんつぶついてるよ」

「……へ?」

「右のとこ、ほら」


 くるるが自分の右の頬に触れる。指先にぴとりと吸い付く感覚。


「でしょ?」

「カイトくん……これが……」

「これが?」

「これが今日の一枚でいいの~~~~!?!?!!?」


 くるるは頬を膨らませる。解人としては大満足な一枚だっただけに、思いもしない反応だった。


「めっちゃ素の顔で最高じゃん」

「最高……って、めっちゃアホっぽいし、ぜんぜん盛れてないし! やりなおし! やりなおしを要求しますー!」 

「ええっ、それだとルール違反じゃん。それにこれだからいいんじゃん」

「なし! なしなしなし!」


 くるるがガウガウと噛みつかんばかりの勢いで解人に詰め寄る。


 砂場に埋もれたカバのオブジェたちが、やれやれといった具合に二人のやり取りを遠巻きから眺めているのだった。

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