3月7日(火)_もう一度転べば
授業が終わり、放課後。
解人は悩んでいた。荷物を片付ける手も止まっている。
最近ずっと考えていたことだ。
すなわち。
なんか年上好きだと誤解されてないか?
くるるから大人な女性が好きなのではないかと言われることが増えてきた気がする解人だった。
正直に言えば、心当たりがなくもない。
「七海さんのことだよなあ……」
解人の頭に浮かんだのはバイトの先輩の七海美奈。
おっとり垂れ目でお嬢様っぽい気品を漂わせた大学生で、高校生の解人からすれば充分に大人の女性と呼べる相手だった。
解人としては優しいし美人だとも思っているが、同時に、穏やかな笑顔から繰り出される隙のない恋愛関係の質問がちょっとコワいなと思っているくらいだ。
余裕ある年上の女性にたじたじ、というのが解人の肌感だった。
それが年上好きだと解釈されてしまっているのはあまり好ましくないな、と。
考えていると。
「どしたの?」
「! ……なんだ、桜間さんか」
耳元でした声に振り向くと帰りの支度を済ませたくるるがいた。
「むっ、なんだとはなんだね! そんなこと言うとポテトのクーポンあげないよ!」
「ははーっ、申し訳なし……」
怒りと平謝りの小芝居を挟むくるると解人。
昼休みにハンバーガーショップの新作商品が出るとのことで話が盛り上がり、食べに行こうかという話になっていたのだ。
「ほら行こっ」
「そんな急がなくてもポテトは逃げないよ」
「クーポン今日までだよ!? 急がないと使えなくなっちゃうよ!」
「どんなに遅くても今日中には着くでしょうが」
「油断大敵! だよ!」
腕を元気よく振って前に進む動きをするくるる。
解人はくすりと笑って席から立ち上がった。
『大人な女性』なんかより、よっぽど楽しい相手だと思うのだけれど、と考えながら。
◇ ◆ ◇
ちょっとヘンなんじゃないかと解人は思った。
くるると二人でハンバーガーショップに向かう道すがら、やたらとトラブルに巻き込まれたのだ。
渦中の人物は年上の女性ばかり。
身重の女性が買い物袋の中身を拾い集めているところに出くわしたり。
コンビニから出てきたばかりのスーツを着た女性が盛大にコケて、解人が受け止めたり。
腰の曲がった女性が横断歩道を渡っている最中に赤信号になってしまい、解人がゆっくりと誘導しながら対向車線に注意を促したり。
ギターを背負った大学生と思しき派手な髪色の女性に呼び止められて道を案内してくれとせがまれたり。
とにかく、そんなことが他にもいくつか起きたのだ。
誰もが解人に感謝を述べては去っていった。助けられたからお礼を言う。当然の成り行きだ。
しかし、そうは思えない人物もいる。
「なんかさあ~、カイトくんって、年上キラーなのかなあ?」
「誤解が激しい。たまたまでしょうよ」
「うーん。確かにカイトくんは一見すると不愛想に見えて優しいし、話し方も落ち着いてるから女の人でも安心して話せるけど……でも、それだけかなあ?」
くるるが疑わしげな目をする。
解人としては流れるように褒められたせいでどんな顔をすればいいか分からなくなっていた。
それでもやんわりと否定だけはしておく。
「もし俺が年上好きだったらもっと喜んでるって」
「むむっ、確かに」
「これで納得されるのもヘンな感じだな」
ハンバーガーショップに着くと、そこそこの混雑。
多くの客は、くるると同じように今日で切れてしまうクーポンを使うために来店していた。
「買ってくる~! 席頼んだよっ!」
敬礼を返事の代わりとして、解人は二階の席を探しに行く。
コンセントがあればうれしいな、などと思いながらキョロキョロとあたりを見渡す。
二人席を見つけて解人は腰を落ち着けた。
今日はどうも誤解が深まった気がするな、と解人は考える。
解人は元来、頼まれごとをされることが多い。
気配りができ、目端も利く人間というのは、だいたいの問題ごとに立ち会うのだ。
というより、他の人が気付かないような小さな変化に気付くからこそ、悩みを抱えた人間からすれば頼りやすい存在だとも言える。
加えてくるるの言うとおり、物腰の柔らかさがあるため、女性でも話しかけやすいというのが、理由の一つ。
周りからの評価や心象など知る由もない解人だった。
ぼーっと待っていると、階段を登ってきた小さな影に気付く。くるるだ。
解人はキョロキョロする彼女に近づく。
くるるは解人の動きにすぐ気付き、歩き出そうとした。
その瞬間。
くるるが前につんのめった。
階段前の段差で躓いたのだと解人はすぐに察する。
トレーで塞がるくるるの両手。受け身を取るのは間に合わない。
「っ……!」
腕を伸ばし、くるるの身体を抱き留めた。
ポテトとドリンクの乗ったトレーも、間一髪でぶちまけずに済んでいる。
「…………桜間さん、大丈夫?」
「……うん、へいき、だよ」
解人がくるるを正面から支えるかたち。ハグと同じ構図だ。
二人の心臓が同じ速さで鼓動を打つ。
危険ゆえか安堵ゆえか、はたまた互いの体温ゆえか。
解人は、触れている彼女の柔らかさにドキドキしながら、おそるおそる提案する。
「離す、よ?」
「えっ」
「えっ?」
予想外の反応に、解人は聞き返す。
するとくるるはブンブンと首を横に振ってから縦に振った。
「なんでもないです! 大丈夫です!」
くるるの背筋がピンと伸びる。
大丈夫というのなら、大丈夫なんだろうと解人は納得し、確保してきた席に案内した。
解人には、ポテトがしょっぱいんだか甘いんだか分からなかった。
くるるの体に触れたときの『女の子の柔らかさ』に脳のキャパシティーはオーバーしていた。
◇ ◆ ◇
夜。
就寝前のくるるは、ベッドでスマホをいじっていた。
[くるる:カイトくんは年上キラーじゃなくて]22:51
[くるる:そもそもモテるのかもしれない]22:51
[Rio:のろけか~?]22:53
[くるる:ちがうよ!!!!!!!]22:53
[くるる:だって]22:53
[くるる:あれは反則だよ]22:53
[Rio:よしよし]22:54
[Rio:今度直接聞かせてよ]22:54
[Rio:その方が面白そうだ]22:54
[くるる:理央ちゃんのいじわる!]22:54
スマホを放り、クッションに顔をうずめた。
「反則だよお…………」
思い出すだけでも顔が熱くなる。
彼の腕の逞しさ。
特別に鍛えられた体ではないのかもしれない。それでも、自分よりはずっと筋肉質で、太くて、どっしりとした安心感があった。
名残惜しくて、彼が離れると言ったときに思わず『えっ』と言ってしまったほどだ。
「もう一度転べば、カイトくんに…………」
口に出して、くるるはハッとする。
「うあ~~~~~最低だ私は~~~~~~~~~」
クッションを潰して引っ張って。
なかなか眠れないくるるであった。
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