3月6日(月)_大人っぽくなりたい!
放課後。
くるるは解人の姿を探してキョロキョロと歩き回り、職員室の前でようやく見つけた。
「カイトくん、いっしょに帰────」
話しかけようと近づきかけて足を止める。
どうも先客がいたらしい。はじめは解人の陰に隠れて見えなかったが、鈴木教諭と話していたのだ。
『ひなあられ鬼ごっこ事件』でお世話になった教員だ。
くるるは思わず身を潜める。
「すまんな明石。クラス委員でもないのに面倒をかけて」
「いえ、このくらいなら別に。先生もこの時期はなにかと大変でしょう」
「っかぁー、教師冥利に尽きるよ。あたしは嬉しいぞ」
「はあ……プリント運んだくらいでそこまで言われるとちょっと恥ずかしいですね」
「達観してんなあ。ホントに高校生か?」
「現役バリバリですよ」
解人がいつもの無表情でそう言うと、鈴木教諭はくっくっと笑う。
「もうちょい子供っぽくてもいいんだぞー」
鈴木教諭はそう言い残すと、職員室へと身を滑らせる。
解人はぺこりと頭を下げてから翻る。
くるると目が合った。
「桜間さん、いま帰り? よかったら一緒に──」
「カイトくん、大人っぽい……!」
「はい?」
◇ ◆ ◇
二人は学校をあとにした。
駅に向けて歩き出し、途中コンビニに寄り道をして、結果、少しばかり公園で戯れることに。
以前、黒猫を見つけた公園だ。
元気に遊びまわる小学生たちを遠目に、二人はベンチに腰掛ける。
と、茂みから猫たちが現れた。
白、三毛、黒、縞模様など毛色はさまざま。その多くがくるるに集まりすりすりと身を寄せた。
「元気してたか~~~ねこちゃんズ~~~」
「相変わらず猫に好かれまくるねえ」
感心していた解人の膝にも一匹、我が物顔で陣取る猫が。茶色の体をペロペロと舐めて毛づくろいを始める。
「自由だな、君は」
どうにも動けなくなってしまった解人だったが、しばらくはこのままでいいか、とコンビニの袋から缶コーヒーを取り出した。
プルタブを開けてひと口。芳ばしい香りがふわりと広がる。
「カイトくん、グミ食べる? コーラ味」
「うーむ、やめておこうかな。食べ合わせが悪そうだ」
「カイトくん、やっぱり年上が好きなの?」
「!?」
流れるような質問に、解人は思わずくるるの顔を見る。真剣そのものだった。
「桜間さん、もしかしてその年上って先生のこと言ってる? にしたって年上って……先生だよ?」
「でも、カイトくんも大人びてるし。やっぱり大人な女性が好きなのかなーって」
「やっ……ぱり、の意味は分からないけれど。そもそも、俺はそんな大人じゃないよ」
「そお? いっつも落ち着いてるし、何事にも動じないし、周りが良く見えてるし。私とは大違いだよ」
「動じなくはないぞ。ほら、今だって」
それに、と解人は先日のことを思い出す。
七海さんの質問にあれだけ分かりやすくペースを乱されたんだ、全然大人じゃない。
そう考えていた。
「むー、一理ある」
「でしょ」
「でもじゃあ……やっぱりカイトくんでも、大人な人には憧れる?」
くるるがグミをもぎゅもぎゅと噛みながら尋ねる。身を寄せる猫たちがいっせいに解人を見つめる。
「鈴木先生のこと? 憧れるっていうのとは違うかなあ」
「じゃ、じゃあ、別の人!」
「別の人? そうだな……ああ、店長はカッコいいなと思うよ。穏やかさと貫禄が同居してるっていうかさ」
「分かるなあ~。分かるけど、そっちかあ~~」
「そっち?」
「いや! えっと、つまり身近で他にも大人な人はいるから探してみてほしいっていうか、でもあんまり意識されるとそれはそれで困るっていうか!」
くるるが膝に乗る猫を撫でまわして高速で舌を回す。
解人はさすがに理解が追い付かないぞ、と聞きただそうとしたそのとき。
わっ、と泣き声がした。
声の方を振り向くと、女の子が泣いている。わらわらと子供たちが集まって声をかけているところから、遊んでいて怪我をしたように解人には見える。
膝の上の猫の重みに触れ、どうしようかと思ったときだった。
「はいはいちょっとどいておくれよ~」
くるるが、抱えていた猫を抱きかかえてするりと立ち上がる。猫は腕の中から逃げ出してしまった。
くるるは子供たちの集団に小走りで向かう。
ハッとした解人も、自分の上で我が物顔でくつろぐ毛玉を持ち上げて地面にそっと置くと、くるるの後を追った。
しかし、解人が駆け寄ると、女児たちはビクッと身を竦ませる。
大柄な男が怖かったのかもしれないと解人は考え、両手を上げて一歩引くことにした。
「桜間さん、大丈夫そうかな」
「んー、たぶんー」
女の子は転んで派手に肘を擦りむいたらしく、血を見ては泣き叫んでいた。
くるるが、座りこんで泣きじゃくる女の子の背をさする。
「よしよし、痛かったねえ。立てる? だいじょぶ?」
柔らかい声音でくるるが語りかける。
そこからの彼女の手際の良さに、解人は感心せざるを得なかった。
涙ボロボロな女の子を水道まで連れていき、傷口を流水で洗い流す。
自分のハンカチをすすいでから、女の子の肘の傷を覆うように巻き付けて結ぶ。
それから、目線の高さまでしゃがむと、両手を握ってこう言った。
「我慢できて偉かったね。おうち帰るまで触っちゃダメだよ?」
そのころにはすっかり泣き止んでいた女の子は、泣き腫れた顔でにっこりと笑い、帰っていった。
去っていく女の子に手を振るくるるを見て、解人は思わず呟いてしまう。
「桜間さん、すごく『大人』だったよ」
「へ?」
「いや、子どもを不安にさせないようにって終始行動してたし、言い方とか雰囲気も優しくて……なんていうか『大人』だった」
解人は自分には到底できまいと、脱帽しきっていた。
桜間さんはさっき俺のことを大人っぽいとか言ってたけど、彼女こそ大人っぽいのではないか? とさえ考えていた。
しかし。
「え! ホント!?」
くるるがいつも通りの無邪気な声音で嬉しそうに言った。
「やはは~~~カイトくんにそう言われると照れちゃうなぁ? へへへ。この路線か~? この路線なら大人っぽいのか~??」
「あ、やっぱ気のせいかも」
「気のせい!? なんでなんで~どうして~私も大人っぽくなれば勝てるかもしれないのに~!」
くるるが解人の腕を掴んでガクガクと揺さぶる。
どうしてこうも急に幼くなれるのだろうか、と解人は逆に感心してしまった。
戻ってきた猫たちが、二人を遠巻きに見つめている。
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