3月5日(日)_恋する女の子はやることが多い【くるるのひとりごと6】

 朝。私は格闘していた。

 戦場は洗面所。

 武器はヘアアイロン。その中でも、髪の毛のクセを取るためのストレートアイロンと呼ばれるタイプだ。


 トングみたいな形をしてて、二枚のプレートで髪の毛を挟んであちあちになるくらい温める。そうすれば髪のクセが抑えられるという優れモノ。なんだけど。

 アイロンって名前を付けた人、すごいなっていつも思う。

 だって髪の毛を挟むカタチなのにアイロンってつけちゃうのすごくない?

 確かにプレートのとこは熱いけどさ。

 現代女子の兵器を片手に私は気合を入れる。


 前髪を! 巻く!

 ストレートアイロンを使ってるのに、巻くって言うのはヘンな感じ。

 でも、クセを取っただけじゃダメなんだよ。


 髪の毛がぺたーんってなっちゃうと可愛くないでしょ? 女子の髪の毛は丸みがある方がぜったい可愛い! ……って、美容師さんが動画で言ってた。

 だから丸みが出るように、ヘアアイロンの使い方のコツを紹介しているのだとか。


 急がないとバイトに遅れちゃうから、ぱぱぱっと終わらせちゃお。

 洗面台にスマホを置いてと。美容師さんの動画を流す。昨日も見たけど、覚えるまでは、何度でも。


 ストレートアイロンで前髪を挟みこんで~。

 前に、ぐいーっと。

 前に、ぐいーっと。

 これのおかげで、昨日はばっちりキマったのだ。


 なんで前髪を巻くのか。

 これには深いわけがある。

 

 働いてから知ったけど、飲食店って髪の毛はまとめなきゃいけないんだよね。言われてみれば当たり前か。食べ物を出すんだから清潔は大事。うむうむ。

 ってわけで、バイト中だけは束ねてるの。


 でも、単にまとめただけだとあんまり可愛くないのだ。


 や、いつもだってめちゃ可愛くできてるわけじゃないよ?

 理央ちゃんとかは超おしゃれで可愛いから毎日しっかりキメてるんだけど、私はそこまでできない。ちょこっとブラッシングして、ちょこっとドライヤーを使うくらい。

 そんな私でも、ゴムで縛ってハイ終わり、だと素っ気なくて可愛さが足りないかもって思ったわけ。


 そこで前髪ですよ。

 髪の毛をまとめて結んじゃっても、可愛さを作れる最後の楽園。それが前髪なのですよ。


 それにさ。

 カイトくんは気付いてくれたしさ。

 ……へへ。


 鏡に映る自分がニヤけているのに気付く。

 むむ、これじゃ不審者だ。いけないいけない。

 

 そんなこんなで格闘していると前髪が仕上がった。

 くりんくりんだ。うむ、可愛い。


 試しに髪の毛を束ねて、全体の感じを見てみる。

 頭を右にひねって、左にひねって。

 うーむ。確かに可愛い。可愛いんだけど、なんか足りない。昨日と同じだから、悪くはないはずなんだけどな。

 何かが心に引っかかっている。


 引っかかっているといえば、昨日のLINEだ。

 カイトくんは美奈さんのことを『悪い人じゃない』なんて突き放したようなこと言ってたけど。

 私は知っているのだ。

 

 バイト中の美奈さん、カイトくんと話しながらめっちゃニコニコしてた……!


 私はホール担当で、カイトくんはキッチンで、どっちもこなせる美奈さんはその間を行き来してた。

 だからずっと見てたわけじゃないんだけどさ。でもさ。

 ちらちらと目に入っちゃうわけなんだよ。

 二人が楽しそうに話してるのがさ。

 怒られたって言ってたけど、絶対それだけじゃないよね?

 美奈さん大学生だし。大人っぽいのに可愛いし。おっとりしてるけど仕事できるし。

 私だって憧れちゃうくらいだもん。

 カイトくんだってもしかしたら。


 むむむ。

 鏡の中の私も不満そうにむくれております。


 憧れの先輩と、好きな人が仲良くしてるんだもん。そりゃほっぺの一つや二つ、むくれたって仕方ないよ。

 カイトくんはどう思ってるんだろ。

 『悪い人じゃない』なんて言い方してたけど、ホントはイイなって思ってたりするのかな。表情の変化がほとんどないから、彼の気持ちは分かりにくい。

 美奈さんと話してるときも、いつも通りのポーカーフェイスだった。と思う。

 

 もし、私の悪い予感が当たっていたら?

 当たっていないにしても、ちょっと心が動いてたら?


 私のミリョクで勝負になるかなあ。

 …………。

 ……。

 

 鏡の前でポーズを取ろうとしてみる。

 腰に手を当てて、くねっとして、束ねた髪の毛をしゃらんと持ち上げてみる。

 こう? こうか?

 ぜんぜん詳しくないから、これで魅力的なポーズになっているのか分からないよ。

 むむむ、こうじゃない?

 くねっ? くにっ?


「朝からダンスなの、くるる?」

「ぎゃあ!!!!!!!!!!!!!!」


 お母さんがひょっこり現れた。


「くるるったらどうしたの、そんなに驚いて」

「おおおおお母さん! いるならいってよっ!? おどかすのはナシだよ!!」

「別に恥ずかしがることないじゃない。お母さんも踊っちゃおっか?」

「いいよ踊らなくて~~~~!! くねくねしないで~~」


 てゆーか私のは踊りじゃないし!

 お母さんを洗面所から押し出して、もう一度鏡の中の自分と向き合う。

 さっきの足りない感の正体がなんとなく分かった気がする。


 つまり、カイトくんに魅力的に思ってもらえる自信がないかもなんだ。


 髪を束ねただけの自分を見て、ちょっと反省。

 これは怠けてる場合じゃないかもしれない。

 お団子! 髪の毛まとめてお団子にするくらいはしないとダメかもしれない!

 いや、足りないか!? もっと可愛くないとダメか!?

 

 私はスマホを手に取る。

 急いでヘアアレンジを調べねば!

 そして、カイトくんが美奈さんのことをどう思っているのか、突き止めねば!


 自分がカイトくんを好きだと自覚してから知った。

 恋する女の子はやることが多いのだ。

 

 がんばれ、私!

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