第3章 桜間くるるは変わりたい!

3月3日(金)_好きな人に追いかけられちゃったねえ

 登校した解人は理央からおかしな話を聞いた。

 くるるが、緑と白のあられを配って校内を練り歩いているというのだ。


「ひな祭りとハロウィンが混ざってない?」

「さぁ? くるるちゃんの考えることは分かんなーい。ま、でも、今ごろ先生に捕まってるかもね。節分のときみたいにさ」


 にひひー、と理央が笑う。

 解人の脳裏で一か月前の出来事が再生される。あの時くるるは節分なのに豆撒きじゃなくてチョコ撒きをしようとして教師に怒られていた。

 解人は、カバンを置いてくるるを見つけに行くことにした。


「いってらっしゃーい。優しいねえ」


 理央に見送られて校内を探し始める解人。

 昇降口の近くで、二色のあられを食べるクラスメイト達を見つけた。話を聞けば、くるるから貰ったらしい。

 どっちに行ったのかを尋ねると、体育館だというので、解人は礼を告げてくるるの影を追った。

 

 シュート練の休憩中だというバスケ部に尋ねると、武道場に向かったという。

 素振りをしていた剣道部が、特別教室棟にいると教えてくれた。

 ゲームを作っているというPC部は、一般教室棟に向かったと教えてくれた。


 誰もが、くるるのあられを食べたという。

 だというのに彼女は見つからない。解人は証言に従って、いったん教室に戻ることにした。

 もしかしてかくれんぼをしている? それとも鬼ごっこだろうか。

 などと、考えごとをしながら角を曲がったのがいけなかった。


「んぎゃ!」

「うわぉ」


 解人はひとにぶつかってしまう。

 謝意を伝えようとして相手を見る。

 あられの袋を持った、くるるだった。


「ああ、桜間さん。やっと見つけた」

「か、カイトくん!? 見つけたって……探してたの!?」


 くるるが、じりっと一歩下がる。

 なぜ? と解人が思ったところだった。


「さ、探さないで~~!」


 くるるが脱兎のごとく逃げ出した。

 

「あ、ちょっと、桜間さん?」


 逃げられたので追いかける、くらいの気持ちでくるるの背を追いかける解人。

 そのとき後ろから鋭い声がした。


「桜間ぁ~! ま~~~たお菓子を配っとんのか!」


 解人は振り返ってぎょっとする。

 女性教師の鈴木先生。節分の日に、くるるがチョコを配っていたことを叱った教諭だ。

 彼女は、走りにカウントされないギリギリの動きで、しかし足早に迫って来ていた。


 あられを配りながら逃げるくるる。

 それを追いかける解人。

 それを追いかける鈴木教諭。


「桜間さん、どうして逃げるんだ!」

「だ、だってカイトくんが追いかけてくるからあ~」

「俺が……なにかしたのか? それなら謝る、だから、一度止まって──」


「桜間ぁ~~~明石ぃ~~~止まれ~~~~~」


 鈴木教諭の"怒り"が迫ってくる。


「──やっぱり止まらなくていいからそのまま話してくれないか、桜間さん」

「えええ、す、鈴木先生!?」

「ひなあられのピンクばっかり食べてることは何か関係があるの? どうして緑と白は配るのに、ピンクだけは自分で食べてたんだ?」

「それは、その、目についたから」

「ピンク色が? なぜ?」

「カイトくんのいじわる~~~!」


 くるるはわけもわからず走り続け、階段を登り始める。ドアを開け、開けた場所に躍り出る。

 しかし、そこは逃げ場のない袋小路。

 屋上だった。

 遅れて解人もやってくる。


「桜間さん……意外と……足早いんだな……はあ……はあ……」

「か、カイトくん!」


 解人は息を整えると、改めてくるるに向き直る。


「今日はどうしたのさ。いや、ひな祭りだからひなあられを配ってるのかなとは思うけど。なんであちこちを巡っていたんだ? 全然見つからなくて、避けられてるのかと思ったぞ」

「ちがっ、避けてたわけじゃあ、ないんだけど」

「けど?」


 解人の純粋な問いかけに言葉を詰まらせるくるる。少し考えるそぶりを見せ、それから、解人に聞こえないように口元を手で隠しながらブツブツと呟く。


「昨日の今日で顔を合わせるのが恥ずかしいなんて言えないし、どうしよどうしよどうしよ……」


 どうにかこの場面を切り抜ける手はないか、とくるるは頭のエンジンをフル回転させる。しかしなにも浮かばない。

 解人が心配そうに、くるるへと一歩近づく。

 くるるが、もう観念しなければいけないのかと息をのむ。

 自分の恋心がこんな形で暴かれてしまうのか、と。

 しかし。


「さ~く~ら~まぁ~!」


 ドスの利いた声がした。

 二人が振り向く。

 屋上に出てくるためのドアから、鈴木教諭が迫って来ていた。

 その顔は笑顔ではあるが、怒りが滲んでいる。

 一歩、また一歩と、くるるに迫る”怒り”。


「ひんっ……!」

「逃げるなって、言ったよねえ?」

「えと、これは、その」

「先月はチョコ配ってたよねえ、桜間ぁ。毎月ハロウィンごっこをしなきゃ気が済まないのかな?」

「そ、そうじゃなくて~……その~……」


 追い詰められるくるるに、解人はエールを送る。

 鈴木教諭がくるるに迫る。


「が、がんばれ桜間さん! 大丈夫、ちゃんと説明できれば先生も非道じゃないんだから!」

 

 鈴木教諭が、くるるに迫る。


「ひぃ、ちゃんと説明なんてできないよう!」

「ほお、どうしてだ桜間。なにかやましいことでもあるのか?」

「す、鈴木先生! これは違うんです! えっと、その、カイトくんの……えと、違う、私が……その……」

「明石が関係あることなのか?」


 鈴木教諭は、歩みを止めた。くるると解人との間で視線を左右させ。


「あのなあ、異性交遊が悪いとは言わんがな。校内の風紀は乱すもんじゃあない」

「い、いいいい異性交遊!?」

「それとな、問題を起こすならせめて理解できるものであってくれ。私じゃあ桜間の行動をどの角度で怒っていいのか分からんのよ」

「怒られ方に困るって怒られちゃった……」


 鈴木教諭は一言二言、お叱りを加えたあと、ほどほどにしとけよと言って屋上を去っていった。

 これにて、のちに『ひなあられ鬼ごっこ事件』と呼ばれる騒動は幕を閉じた。

 くるるは、自分の気持ちがバレなくてよかったと思えばいいのか、怒られたんだからよくなかったと思えばいいのか、分からなかった。

 

 好意を自覚してからの方が前途多難なのかもしれない

 くるるはそう思った。


 教室に帰ってきたくるるに対し、理央が「好きな人に追いかけられちゃったねえ」とからかったことは二人だけの秘密だった。

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