3月2日(木)_よく言えました

 昼過ぎ。学校近くのファミレス。

 理央はくるると解人を誘って打ち上げをしていた。


「んじゃ、テストお疲れー!」

「さま~!」「さま」


 グラスを掲げた理央に応えるように、くるると解人も飲み物をひょいと持ち上げた。


「ね、理央ちゃん。今日は剛志くんはよかったの?」

「アイツはテスト終わったから部活だー! って。ほんと野球バカ」

「ふふ。気持ちは分かるかも。すっごい解放された気分だよ~」

「実際もうすぐ学校も終わりっしょー。春休みなったら遊ぼ、くるるちゃん」

「遊ぼ~」


 きゃいきゃいと二人が盛り上がるのを、解人は一歩引いて眺めていた。三人いると黙りがちになってしまうのはいつものこと。

 不満も寂しさもない。

 むしろ楽しそうな二人を眺めているのは気が楽だった。


 くるると理央が時折り回してくる会話のパスに適度に応じていると、頼んでいた料理が届く。

 おしゃべりガールズたちは、いったん話を区切って胃袋を満たしにかかる。


 食べて飲んでひとしきり話すと、全員が凪ぎのフェーズに入った。

 ありていに言えば、喋り疲れて休憩となったのだ。


 解人はちょうどいいかと思い、席を立ってトイレへと赴くことに。


「帰りになんか取ってくる? ドリンクバーのさ」

「私は大丈夫だよ~」

「高馬さんは?」

「あー、あたしは紅茶がいいなあ。美味しく淹れてよ?」

「御意御意」


 敬礼のポーズでおどけた解人は店の奥の方へと消えていく。

 席から見えなくなったころ、理央はくるるに身を寄せた。


「バレンタインから半月経ったけど、どう? 明石とどうなりたいか、分かってきた?」

「り、理央ちゃん!?」

 

 以前、二人が話したことだった。

 解人とどうなりたいのかを確かめる。そのためにアプローチをする、と。


 理央がじっと見つめると、くるるは観念したように少しずつ話し始める。


「やっぱり一緒にいたいなあって思う、よ?」

「いいじゃんいいじゃん。春休みは? 明石とは遊ばないの?」


 くるるはちょうど昨日も考えたことなんだけど、と前置きをして。


「遊びに誘えればいいんだけど、それもなんか、上手く言いだせないっていうか。前はもっと気楽に誘えた気がしたんだけど……。なんか、長いお休みに入ってから遊びに誘うってなると、さー」

「なるほどねー」


 理央は腕を組んで頷く。


「くるるちゃんさ、それってだいぶ意識しちゃってない?」

「いっ!?」

「だって、そうっしょ? なんも気にしてないなら学校あるときと同じように誘えるじゃん?」

「う、うー。でも、学校あるときはなんていうか、流れがあるっていうか」

「まさにそれじゃん!」

「どれ? どれなの?」


 理央は冷めたポテトをつまんだ。


「最近のくるるちゃんはフツーに誘ってるじゃん? でも、今は流れがないと誘えないって。めっちゃ意識してるじゃん?」


 くるるの動きが固まる。

 理央の言葉にショックを受けると同時に、納得もしていた。


 確かに。

 ショッピングモールに誘うときはあれだけ緊張したのに。

 気付けばカフェに誘ったり、学校終わりも一緒に出かけたり。

 いつの間にかフツーに誘えるようになっていた。


 それなのに今は、誘うのがちょっとだけ怖くなってる。

 なぜか。

 それはたぶん、どう思われるのかを気にしているから。

 長期休みに遊びに誘ったら、どう思われるのかを。


 くるるは長いようで短い間、沈黙していた。


「どう、くるるちゃん。自分の気持ちは分かった?」

「……うん」

「明石とどうなりたい?」


 理央の声音は優しかった。

 くるるは、そろそろ自分の気持ちをごまかせなくなっていた。

 言葉にするのはちょっとだけ怖い。

 でも。

 気付いてしまったら、もう。


「…………つ」

「つ?」

「……付き合い、たい。です……」


 くるるが顔を真っ赤にして俯く。理央は、熱くなった彼女のほっぺに優しく触れる。


「よく言えました、えらい」

「うう~……」


 言葉にすると恥ずかしさがこみ上げてきたようで、くるるはうなり声を上げ続ける。

 理央はこの史上最高にかわいい生き物をどうしてくれようと思ってほっぺたをもちもちする。明石は幸せもんだなあ、などと思っていると。


「高馬さん、遅くなってごめん。なんかドリンクバー壊れて店員さん大慌てでさ」


 解人が帰ってきた。


「おかえり明石ィ~。ぜーんぜん気にしてないぞ!」

「?? なんか怖いな。なんでそんなニヤニヤしてんだ」

「まあまあまあ。取りあえず座りなさいって。……あー、そうだ、さっき剛志が部活無くなったって連絡してきたからちょっとデートすることになったから、ちょっと行ってくるわあ」


 理央が早口に言って立ち上がる。


「ってわけで。また明日~」

「え? おい、紅茶は……」

「飲んどいて! じゃねっ」


 疾風とはこのことである。

 理央は自分のぶんのお金だけをおいて、去っていった。


 取り残された解人はくるるに問う。


「桜間さん、なんかあった?」

「な! ないよ! なにも!」

「喧嘩? じゃないよね」

「ケンカとかじゃない! よ!」


 だろうなあ、と解人は思う。理央が笑顔だったのはこの目で見ていた。

 じゃあなぜ? と解人が問いかけるも、くるるは口ごもるばかり。


 店の外から二人を眺める理央は上機嫌だった。

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