3月1日(水)_ランチデートってあるよね

 朝の昇降口。

 上履きを取り出していたくるるは声をかけられた。


「くーるーるちゃん! おは!」

「わ、理央ちゃんだ~おはよ~」


 友人の高馬理央、その人だった。テストだというのに髪はバッチリ巻いてある。ギャルの鑑のようなオシャレ意識だ。


 二人は教室へ向けて並んで歩き始める。


「くるるちゃん、昨日駅前で見たよ~? 明石と一緒だったっしょ」

「えっ、いたの? なんだあ、声かけてくれればよかったのに」

「いやいや、さすがにデートの邪魔はしたくないから」

「デッ……!? ちがうって!」

「ええ? テスト期間でも一緒にいるとか。前に言ってたアプローチ作戦は順調みたいじゃん」

「あ、アプローチっていうか、ただご飯食べてるだけだし……!」

「ランチを食べるだけのデートだってあるじゃん?」

「ランチを食べるだけのランチなのっ! 私たちのはっ!」


 理央が、なにそれウケる、とカラカラ笑った。


「てかさー、めっちゃ余裕じゃん、テスト。自信あるん?」

「まーね。お昼ごはんが満足できると元気出るからかなっ」

「わー、めっちゃノロケじゃん」

「ち、ちがうけどっ!? これは一般的なハナシでね!?」


 くるるはほっぺをぷくぷくさせながら理央に弁解を述べた。

 そうして、三日目のテストは始まった。



 ◆ ◇ ◆



 数学A、現代文、地理のテストが終わり、学年末考査三日目は幕を閉じた。

 三科目を戦い抜いた戦士はというと。


「……桜間さん、大丈夫」

「すうがく、やばい」


 正門を出てすぐ。

 くるるはリュックの肩ひもをぎゅっと掴みながら虚空を見つめていた。

 解人はそれとなく彼女を誘導し、他の生徒の妨げにならないようにと帰り道の流れに自分たちを滑り込ませる。


「桜間さん、昨日のLINEではイケそうって言ってたような。つまづきポイントあった?」

「うどんがね、頭の中でたくさんできて」

「香川県でも稀だろうねえ。……どゆこと?」

「テスト中にお腹空いてきちゃってさ」

「ああ、数学は最後だったしね。ちょうどお昼手前でお腹もすいちゃうかもね」

「そうなの。それで、今日はなに食べようかなって考え始めちゃって」


 くるるの頭の中では、ここ最近の解人とのランチが反芻されていた。

 何を食べるのか悩んだり、初めてのお店に戸惑ったり、美味しいと笑い合ったり。


 学年末考査でストレスのかかる時期に癒しを与えてくれる、お楽しみのイベントだった。

 だからこそ、お腹が減って真っ先に解人とのランチについて考えてしまうのは必然だった。


「それで、うどんを食べたいなってなったと」

「うん。場合の数の問題があったじゃない? トッピングのことを考えてたら、そっちに考えが引っ張られちゃって。どれが一番おいしいかな~ってトーナメント表作っちゃって」

「え~……と。どういうトッピングをしようかってことを、数学的に考え始めたってこと? 何種類のトッピングがあったら、何通りの組み合わせができるか、みたいな?」

「うん」

「確かに数学から離れちゃったね。それで気付いたら時間が無くなってて、みたいな?」

「うん……最後の大問までたどり着けなかった……」


 くるるの足取りはポテポテと力ない。伏せられた瞳からはいつもの元気な光が失われ、すっかり意気消沈していた。

 解人は、そんな横顔は見たくなかった。


「それで桜間さん、グランプリはなんだったの?」

「へ?」

「だからさ、どのトッピングが桜間さんの中で優勝だったのかなって」

「そんなこと知りたい……?」


 くるるがゆっくりと顔を上げる。解人は努めて明るい声を出す。


「行こう、うどん屋さん。そこで教えてよ」


 解人の言葉が徐々に理解できたのか、くるるの顔はみるみるうちに明るくなっていく。


「……行く!」



 ◇ ◆ ◇



 うどん屋は歩いてすぐ、大通り沿いにあった。

 注文を終えた二人はトレイを持ってテーブル席へと腰かける。

 手を合わせるとお昼ごはんが始まった。


「それが桜間さんの優勝メニューか」

「たっぷりネギ、ショウガと明太子だよ! カイトくんのは?」

「ぶっかけうどんに、かき揚げとちく天、イカ天です。あと大量の天かす」

「がっつりだねえ。男の子ってカンジだあ」

「そう、かな? わりと普通だと思うんだけど」


 解人が頬をかく。

 たくさん食べることを指摘されたのが照れくさかったのだ。

 くるるは、そんな解人の反応にくすくすと笑みをこぼす。


「ふふ。これぞ、ランチを食べるだけのランチだねえ」

「? うん。え? ランチ以外のランチってなに、どゆこと?」

「ほら、ご飯を食べに行くランチデー……」


 くるるが固まる。

 ランチデートってあるよね、とは言えなかった。

 言ってしまったら、自分たちの行為がデートだと思っていると解人に思われるかもしれない。

 そう考えてしまったのだ。


 解人が首を傾げる。


「ランチデー? お昼ごはんの日?」

「そ、そうそう! ランチデーって、楽しいな~って。テストの間だけのトクベツ感っていうかさ?」

「あー、そうだね。そろそろ春休みだし」

「春休み……!」


 くるるはハッとする。

 何週間かの長いお休み。学校はない。

 つまり解人と会えるのはバイトのときだけになってしまう。

 遊びにでも誘えればいいのだけれど、くるるのなかでは、お昼ごはんに誘うのとはわけが違った。


 でも、友だちだし、せっかくなら一緒になんかしたい。

 くるるはそう思っていた。


 つまり、なんとしてもバイトは続ける必要があり。

 今日はちょっとだけ躓いてしまったテストを、なんとか乗り越える必要がある。


「帰ったらがんばる……!」

「おお~、気合充分だ」

「カイトくんもね!」


 楽しい春休みのために、そう決意を新たにするくるるだった。

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