2月28日(火)_ガネーシャさまが見てる
テストを終えた生徒たちは重い足取りで教室を出ていく。
しかし軽やかなステップを踏む少女が一人。
「日本かタイかイタリアかで悩んでたけど、選ばれたのはインドでした!」
桜間くるるが、先に廊下で待っていた明石解人にピースを向ける。
「えー……世界史のテストかな」
「ちがうちがうって」
くるるは首を振る。
「カイトくんも、お腹減ったでしょ?」
「ああ、ご飯行きたいってことね。駅前のカレー屋さんのことかな」
「そう! 前から気になっててさ~。一緒に行こ。行く?」
「行きます」
「やった~~~」
二人は駅前のインド料理屋までやってきた。
ビルの一階に位置していて、店先には象の置物や国旗が並んでいる。
くるるの要望どおりのお店だった。
しかし、くるるはというと、解人の後ろに隠れている。
「桜間さん?」
「なんかちょっと、ハードルが……」
「ええ~。自分で行きたいって言ったのに?」
「だ、だって! 気になるじゃん! 金ぴかな象さんとかいるし!」
「あれはガネーシャかな」
「がねーしゃ」
聞き慣れない単語に、くるるが首を傾げる。解人は、あー、と言葉を探す。
「インドの神様だね。むかし本で読んだけど、商売とか豊穣の神だった気がする。福の神だよ」
「あれってカミサマだったんだ。どうりでちょっとコワいわけだね」
その時、店の戸が開いた。
中からコックコートを着た浅黒い肌の男性が現れ。
「何名サマ?」
単刀直入に尋ねる男性。口調も相まって威圧感がある。
突然のことに言葉が出ないくるるを庇うように、解人は一歩前に出る。
「二人です。ランチやってますか?」
「ナン食べ放題ですヨ」
店に入ると四人掛けの席に通された。くるるがソファー席に解人を押し込めると、自分も隣に座った。
「桜間さん? なんで隣?」
「こ、こっちの方が怖くないから!」
「別にどこでも怖くはないと思うけども」
慎重な瞳で店内を見渡すくるる。
何かが彫られている木の衝立に、謎の置物たちのコーナー、壁には装飾のためか、レンガが填めこまれている。
流れる音楽は、これまでくるるが聞いたことのない楽器の音色だった。
「とんでもないところに来ちゃったのかもしれないね……!」
「俺もちょっと緊張してきちゃった。初めてなんだよな」
そわそわする二人のもとへ、店員がやってくる。
「注文は」
「えっ、えっ、あの~」
メニューを眺める暇もなくいきなりオーダーを尋ねられ、くるるはテンパってしまう。
しかし、隣に座る解人は違った。
「オススメってありますか。ランチにちょうどいいやつ」
「セットね。バターチキンとマトン」
「じゃあ、それを二つ」
「辛さは」
「あんまり辛くないので」
「1辛ね。飲み物は」
「じゃあ……甘いやつでいいですか」
「コーラ、ラッシー、オレンジジュース、どれ」
「ラッシーとオレンジジュースを一つずつで。……桜間さん、そんな感じでいいかな?」
解人は店員とのやりとりで注文をまとめると、くるるに確認を取る。くるるが頷くと店員の男性は厨房に下がっていった。
呆然とするくるるが口を開く。
「……カイトくん、常連? 初めて来たってウソ?」
「いやいやいや」
「だって、すごく、注文、てきぱきしてて……!」
くるるは解人に詰め寄る。解人は、近づかれては心が持たないと判断し、身体を斜めに傾けて距離を取った。
「あんなのはただのコツっていうかさ」
「コツ? コツだけであんなにすらすらカッコよくできるっていうの??」
「カッコよ……い、かどうかはさておき。実際たいしたもんじゃないよ」
くるるがきらきらとした目で解人を見る。
「どうやってるの!?」
「どうって……改めて訊かれると……そうだな……」
「ふんふん」
「まず、初めてのお店で勝手が分からないからオススメにしようと思ったんだよ。どんな料理かひとつひとつ尋ねてみるのも楽しいと思うけどさ」
「うー、確かに」
「んで、初めてだから辛さも一番辛くないのにして、甘い飲み物を頼んだんだ」
「オレンジジュースと……なんだっけ、ラッシー?」
くるるは改めてメニューに目を落とす。添えられた写真は牛乳のような色をしている。
「インドの飲むヨーグルトみたいなやつだったはず。せっかく来たからさ、こういうのも味わってみたいじゃん?」
「たしかに」
「でも、桜間さんが飲みたいかどうか分からなかったからオレンジジュースもね。と、まあ、そんな感じ」
解人は照れくさそうに言葉尻を濁す。
くるるが小さく拍手をした。
「すごい……! 外食のプロだね……!」
「外食のプロとは。いや、でもごめんね、相談もなく決めちゃって」
「ぜんぜんそんな! 助かったからいいのいいの。やっぱりカイトくんは頼りになるなあ」
「あざっす、うっす」
「もしかして照れてる?」
「分かってるなら追求しないでもらえると助かるんだ」
「ふふ、ごめんごめん」
隣に座るくるるが嬉しそうに笑うものだから、解人はすっかり心地よさと不思議な感覚を得ていた。
けど、この感覚……。
友だちって、こういう感じだっけか?
クラスで浮いているということもないが、別段友人も多くない解人にとっては、くるるは数少ない友人となる。
他に友人といえば理央、その彼氏の剛志の顔が浮かぶ。
じゃあその二人が店の雰囲気に呑まれたからといって、隣に座るだろうか? と考える。
それとも、自分が気にしすぎなのか? そうか。そうかも。
あれこれ考えているうちにカレーが運ばれてきた。
顔よりも大きいナンにくるるが驚いたり、スパイシーなカレーに二人して舌鼓を打ったり、店員に勧められるまま解人がナンのおかわりを食べたり。
食べ終わるころにはじんわりと汗ばんでいた。
インドを満喫した二人は店を出る。
「わ~、このガネーシャ様だっけ? やっぱりちょっと怖いねえ」
くるるは店の前に置かれた像をじっと見つめる。
「桜間さんってば、ずっと怖がってたよね。それなのに来ようとしてたの、けっこうなチャレンジャーだね」
「私だって一人だったら入りにくいよ? でも、カイトくんがいれば怖くないかな~って。思ったから」
「あざっす、うっす」
「もしかして照れてる?」
「桜間さんこそ、もしかしてワザとやってる?」
「え~? どうだろな~、へへへ」
テスト全科目終了まであと二日。
バイトを続けるための試練は明日が山場。
くるるは軽やかなステップで解人の先を行く。
解人は無理に追いかけもせず、さりとて一人きりにはさせないようについていく。
ガネーシャ像が見送るなか、二人は連れだって帰っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます