2月27日(月)_テストはじまり、二人でごはん

「テスト期間って、ちょっとした天国だよねえ」


 まだ日の高い帰り道。

 くるるはのんびりとした顔で言った。

 隣を歩く解人は、一瞬だけ信じられないモノをみる目をして、それから、ああ、と納得の表情を浮かべる。


「それって学校が午前で終わるから?」

「いえす! あいむふりー!」


 指をパチンと鳴らしたくるるのお腹がキュウと鳴る。


 今日からテスト週間。

 月曜日から木曜日までの四日間にわたって、八教科十三科目ものテストが行われ、その間はずっと午前授業だった。

 昼ごはんも食べずに解散となって、今。

 

 お腹を鳴らしたくるるは頬を赤らめながら、早口で言う。


「カイトくんはテストどうだったかなっ! 初日大事だよ初日!」

「保健体育がラクで良かったね。ほとんど記号問題だったし。あれは体育科が採点めんどくさがったと見た」

「ええっ、先生たちがそんな理由でテスト作るかなあ?」

「ない話じゃないと思う。先生たちも人間だし」

「むむ。そっかあ。採点のことを考えたことはなかったよ。それでいったら数学とかは大変だよねえ」


 くるるが納得顔で頷く。そして大真面目な表情のまま、もう一度盛大にお腹をキュウと鳴らした。

 

「…………桜間さん」

「…………はひ」

「…………なんか食べてから帰ろっか」

「…………はひ」


 すでに駅前の賑わいは見えている。

 真っ赤になったほっぺたを解人に見せまいと、くるるが早足で歩く。

 解人は、どんな顔をしているのか察しがついていたが、武士の情けとばかりに彼女の表情を探ろうとはせず、ただ後ろをついていった。

 くるるの歩調が緩やかになり、解人が追い付く。


「ここにする?」

「ううーん、混んでるなあって思ってさ。でも今、ナゲットの口になっちゃったんだよねえ」


 二人はハンバーガーショップの前で立ち止まっていた。


「それならテイクアウトにする?」

「む!」

「そんで、どっかの公園で食べちゃうとか」

「むー」

「桜間さん……行きたいって思ったけど、帰って勉強しないとなって思い直した?」

「! なんでわかるの!?」


 くるるが目をカッと見開く。

 解人は、顔に書いてあるからね、とは言わないでおいた。


「今日くらい息抜きしても良いんじゃない? バイトのためにテスト頑張ろうとしてるのは分かってるけどさ」

「うう、でも、でも」

「……ナゲット、バーベキューソース、ハニーマスタード、ポテト、ケチャップ、ハンバーガー、ピクルス」

「わかったわかったよ~! 息抜きする! 息抜きするからその呪文を唱えるのはやめてぇ」


 それから二人は紙袋を持って近くの公園へと足を延ばした。



 ベンチに腰掛けると、二人はそれぞれ買ったものを取り出す。


「私、ピクルスってハンバーガーの心臓だと思うんだよね」


 ナゲットの口と言っていたくるるが、手にしたハンバーガーを上下左右あちこちから眺めていた。

 解人はポテトを頬張りながら尋ねる。


「ふむ、その心は?」

「えっ、だって一番大事でしょ?」

「それなら名前がピクルサーになってるのでは? ……いや、まあ、わかるけどね。脂っこいハンバーガーのアクセントとして酸っぱいものがあると嬉しいし」

「そうそう。どこにあるのか分からないのも好きポイント高い」

「確かに外側からだと見えないね。さっきから見てるのはそれが理由? 普通にバンズをめくっちゃえば良いんじゃないの?」

「ちっちっ。そんなんじゃピクルス探知の資格は取れないよ」

「いつ使うんだそれは」

「今でぇい! ここじゃ~」


 くるるがハンバーガーにかぶりつく。しかし、お目当てのものは味わえなかったらしく。


「ハンバーガーを食べてそんな悲しそうな顔する人初めて見た。ほら、桜間さんって一口が小さいから仕方ないよ」

「わ、私は大口だよ!」

「謎の地雷を踏んでしまった。ごめん」

「悔しい……十回に一回は成功するのに……」

「おお、ぜんぜん勝率高くなかった。よっぽど外側にピクルスが配置されるときもあるんだなあ」

「こうなったらローラー作戦じゃい!」


 くるるが覚悟の決まった目つきでハンバーガーを食べ進めていく。

 解人は、平和なお昼だなあ、と日差しを感じながらポテトを咀嚼した。間にコーラ補給を挟みつつ、Lサイズのポテトを食べ終える。

 男子高校生にとってフライドポテトは前菜だ。

 腹がこなれてきたところでダブルチーズバーガーへと手を伸ばす。

 いただきますと呟いて、一口。


「……あ」


 解人の口の中で、肉の脂と濃厚なチーズの香り、そしてちょっぴりの酸味が顔を見せた。

 その反応を見逃すくるるではなかった。


「ま、まさかカイトくん……!」

「当たったね、ピクルス」

「くう……もう教えることは何もないよ……」

「教わったことは何もないんだよな」


 くるるから向けられる羨望と憧憬の視線を感じながら、解人はバーガーを食べ終える。解人の人生で一番ヒーロー気分を味わった食事だった。


「明日は世界史だよ~、私、自信ないなあ」

「最悪、暗記して詰め込めばいけそう」

「でもでも、記述が来たらどうする? ニガテなんだよねえ~文章考えてるとあってるのかどうか分からなくなっちゃってさあ」


 くるるがローファーで地面の小石を蹴っ飛ばす。スカッと外れて、つま先は宙に弧を描いた。


「あー、じゃあ、そこだけ一緒にやる?」

「え! いいの? 迷惑じゃない?」

「俺もそこは不安だから、むしろ一緒にやってくれると嬉しい」

「ほんと~? やった~」


 テスト全科目終了まであと三日。

 バイトを続けるための試練はまだ始まったばかり。


 くるるが解人の横顔を見つめる。

 一緒なら、苦手な科目もちょっとだけ頑張れそうだなと微笑むのだった。

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