2月25日(土)_くるるのやる気がでる言葉【トーク履歴5】
週明けにテストを控えた土曜日。
自室で机に向かっていた解人はくしゃみをした。
「……埃っぽいな」
解人は、勉強していた手を止めて窓を開けた。換気を行った解人が次にやることは一つ。
掃除だ。
埃っぽいと解人は言ったが、実際にそうだったかどうかはすでに問題ではない。
集中しなければいけないけれど集中が切れてしまったとき。
人はそういう時に掃除をする。
掃除機を持ち出して、机の引き出しまでひっくり返して整理を始めた頃。
スマホに通知が届いた。
[くるる:勉強しとるかね]11:34
[解人:掃除してた]11:34
[くるる:やば]11:34
[くるる:点数悪かったらバイト辞めさせられちゃうんでしょ~!]11:35
[くるる:掃除してないで]11:35
[くるる:勉強して]11:35
[解人:へい]11:35
[解人:でも、バイトはやめさせられないと思うけどな]11:35
[くるる:昨日も言うてたねえ]11:35
[くるる:でも、早苗さんは本気かもしれないでしょ]11:36
解人は、友だちが自分の母親のことを名前で呼ぶのがなんとなくこそばゆく、一瞬フリックする手が止まる。
[くるる:とにかく]11:37
[くるる:テストは頑張るのよ]11:37
[解人:わかったよ母さん]11:37
[くるる:だれがかあさんだって]11:38
[解人:そういう桜間さんは平気なの]11:38
[解人:LINEなんかしてる暇ある?]11:38
[くるる:今日は外で勉強してる]11:39
[解人:カフェかな]11:40
[解人:えらい]11:40
[くるる:へへん]11:41
自慢げなくるるの顔が浮かぶようで、解人は自然とニヤケてしまう。しかし、思わぬ方向に舵が切られる。
[くるる:近くの河原だよー]11:41
[解人:???]11:41
[解人:桜間さん?]11:41
[くるる が 画像を送信しました]11:42
[くるる:梅]11:42
[くるる:咲いてた!]11:42
[くるる:さっきはツバメも飛んでたよ]11:42
[くるる:だからこれは生物の勉強]11:42
[解人:桜間さん??]11:43
[くるる:パン屋さんでサンドイッチも買っちゃた]11:43
[くるる:これは家庭科だね]11:43
[解人:桜間さん、しっかりするんだ]11:43
[解人:それは勉強じゃなくてピクニックだ]11:43
[解人:そして俺は今パニックだ]11:44
メッセージを受け取ったくるるは、午後の日差しに包まれながら空を飛ぶツバメを眺めていた。
もこもこのボアジャケットに身を包み、河原にレジャーシートをしいて、家から持ってきたタンブラーを両手で抱えるように持って、ちびちびとミルクティーをすすっていた。
平たく言えば、飽きたのだ。勉強に。
ラスクをパン屋の袋から取り出してかじる。瞬間、突風がくるるを襲い、髪の毛がばさばさと暴れる。思わず目を細めていた。
惰性でラスクを咀嚼したくるるは、むー、と顔をしかめて解人にラインを送る。
[くるる:美味しいもの食べるなら]11:46
[くるる:風が吹かないところの方がいいよ]11:46
[くるる:ラスクが美味しいかどうかわかんないから]11:46
[解人:わかった]11:47
[解人:俺も掃除を辞めよう]11:47
[解人:現実逃避はおしまいだ]11:47
[解人:だから桜間さんも帰ってきてくれ]11:47
[解人:桜間さんだってあんまりに点数が低かったら]11:47
[解人:親御さんにバイト控えるように言われてもおかしくないだろ]11:47
その可能性についてはくるるも考えていた。
解人がそうだったのだから、自分もそうなのかもしれないと考えないわけでもなかった。でも、聞けなかった。本当にそうかもしれないと思うと、親には尋ねられなかったのだ。
[くるる:ふふ]11:48
[くるる:なんでカイトくんが必死なの?]11:48
[解人:なんでって]11:49
[くるる:なんでって?]11:49
[解人:俺はまだ桜間さんとバイトしてたいんだよ]11:49
[くるる:き]11:49
[解人:き?]11:49
思わず、くるるは仰け反っていた。レジャーシートをはみ出して河原の原っぱに寝転がり、ごろごろと左右に身悶える。ボアジャケットに枯れ草の細かい切れ端がたくさんくっついていくが、今はどうでもいいことだった。
自分と同じように、解人も一緒にバイトをしていたいと考えていた。
そのことの方がくるるには重要だった。
[解人:桜間さん?]11:50
[くるる:帰る!]11:52
[くるる:がんばる!]11:52
[くるる:そのかわり!]11:52
[くるる:いい点とったらなんかしてね!]11:52
[解人:どのかわり?]11:52
[解人:いい点って何点?]11:52
[解人:桜間さん?]11:52
[解人:桜間さん???]11:55
くるるはすぐに立ち上がり、荷物をまとめて走った。
ちゃんと畳まれずにバサバサと風になぶられるレジャーシートを抱え、飛んでいきそうになったパン屋のビニール袋を追いかけながらも、一直線に家へと急ぐ。
日はまだ高い。
春はまだ顔を出したばかり。
青く晴れ渡る空には、二匹のツバメが仲良く飛んでいた。
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