2月24日(金)_息を抜いてもいいんかい?

 桜間くるるは女子高生である。

 遊びにバイトに大忙しな日々を送っている。部活はしていないけれど、毎日は予定ばっかりで、楽しく過ごそうと努めている節すらある。

 ただ、そんなティーンエイジャーも楽しいばかりではいられない。

 全国の学生に等しく襲いくる厄災、その名は学年末考査。

 昨日はバイトに勤しんでいたくるるも、今日ばかりは試験勉強に全力を尽くしていた。

 駅前のショッピングビルの一階。

 ひらけたフードコート。


「ホイップクリーム王朝の時代である!」


 くるるは広げたノートを前に腕を組んでいた。精一杯の威厳を醸し出そうとしての行動だったものの、どちらかと言えば微笑ましさの勝つ結果となっていた。


「お腹空いたの? 桜間さん」


 テーブルを挟んで向かいに座る少年──解人は止まっていたシャーペンを下ろして尋ねた。


「そーなの! クレープかドーナツかどっちにしようかなあ……じゃなくて!」

「だってホイップクリーム王朝なんていうから」

「その方が可愛くて覚えやすいでしょ?」


 胸を張ってくるるが答えた。

 解人はそれだけで何となく察する。

 王朝、時代、ホイップクリーム、可愛い、その方が覚えやすい、つまり。


「世界史の暗記で行き詰まってる、と」

「う、そうなの。……ごめんね邪魔しちゃって」

「ああ、平気だよ。どうせたいして集中してないし」


 解人が数学のノートを指で叩く。真っ白だ。

 それから除けて置いていたドリンクカップに手を伸ばす。ストローで吸うと甘いコーラが口の中を潤す。ぱちしゅわと炭酸が弾けると、真面目モードになっていた脳もいっしょに弾けていくようだと解人は思った。


「まあ、でもわかるよー。私もあんまりやる気が出ないもん。テストが近づくほどやる気が無くなっちゃう生き物なのかも。新種の」


 くるるは机に突っ伏した。


「もしそうなら生物のテストには出てきそうだね。新種だし」

「へへ~、ヒト科ヒト属のテストマエヤルキナクシだよ~。テストってものに興味が持てないよ~」

「それは俺もだ」

「じゃあカイトくんも同じ生き物かも」

「まじかあ。研究者に連れて行かれるな」

「だってさぁ。テストやだなーって思って、やだなーってなったままなんだよ。みんな頑張ってて偉いよ」


 ひとりごとのように小さくなっていく声。くるるは自分の髪の毛先をピロピロと揺らした。

 解人が、くるるの顔の前で小さくを手を振る。


「気分を変えて休まない?」

「ううー、でもでも。テストは来週なんだよー」

「オッケー。じゃあ家庭科でも勉強しない?」

「んえ?」


 学年末考査は8教科13科目。

 中間テストではなかった情報や保健体育、そして家庭科のテストもある。


「家庭科は二日目だよ。まだやらなくてもいいんじゃないかなあ」

「まあまあ。どのみち集中できないなら一緒だって。騙されたと思って、ね?」

「それで、なにするの?」

「まあまあまあ。ついてきてよ。騙されたと思って、ね?」


 二人はフードコートを端から端まで歩き、また元の位置まで戻った。パスタに心揺れたくるるを、晩ごはんがあるでしょうと解人が諭し、互いのお腹と相談して、食べるものを決めていった。


「やあやあ、これだとスイーツ王朝だなあ。えへへへ」


 くるるが満面の笑みでトレイを机の上に置く。クレープの包みと、色も形も違うドーナツたちが寝ころんでいた。

 解人も自分の席にトレイを置く。フライドポテトと二杯目のコーラ。ハンバーガーを我慢した理性を我ながら褒めたい、などと考えていた。

 二人は手を合わせて食べ始める。


「ほれでカイトくん。どこが家庭科の勉強なの?」

「食事と健康の関係について文字通り味わう、体験学習だよ」

「……要するに、ただ食べるだけってこと!? 全然勉強じゃないじゃん!」

「でも、息抜きにはなったでしょ?」


 解人がけろっとした顔で言うと、くるるは噴きだした。


「俺もがんばるかなあ。あんまり成績悪いとバイトも辞めさせられちゃうし」

「えっ」

「さーてと、続きをやるかなっと」

「えっえっ、ちょちょちょ!」

「? どうしたの桜間さん」

「バイト辞めちゃうってどゆこと!?」

「まあ、成績が悪かったらって話だし。大丈夫でしょ」


 ポテトをつまみコーラを飲む解人。トレイの下敷きにされた教科書が、くるるの目に入る。

 くるるは、解人のお気楽な答えにプルプルと拳を震わせた。


「そんなのダメ~! ちゃんと勉強して~~!」

「ええ? 急にやる気出すじゃん……ヒト科ヒト属のテストマエヤルキナクシはどうしたの」

「カイトくんのお母さんに言われたもん。よろしくって。だから勉強もちゃんとしてるかどうか見張ってるからね!」


 二人はドーナツとポテトを交換し、幸せとカロリーを燃料に、再び教科書へと向き合うのだった。

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