1月26日(木)_冬の朝、二人きりの登校を
冬の朝。
市内の公共交通機関は軒並みストップしていた。
『エー、大変ご迷惑をおかけして申し訳ありません。ただいま大雪の影響でェ──』
近年稀にみる大寒波だったらしい。
『午前の授業は全部自習! てか無理して登校しなくていいって!』
合法でサボれるぞと思って解人がホームに降り立ったところ、隣りのドアから抜け出た桜間くるると鉢合わせた。
そんなわけで2人は駅をあとにして、数駅分もある道のりを学校まで歩いていた。
くるるがホット用の小さなペットボトルを傾ける。傾ける、というより傾け続けている。上を向いたまま、なにも出てこないペットボトルへ向けて口を開けている。
「カイトくんさあ、ココア飲んでるとさあ、超能力が使えたらなって思うよねえ。サイコキネシス? だっけ?」
尋ねられた少年──明石解人は、ペットボトルへ大口を開ける少女を見つめる。
「桜間さん、ペットボトルの底に溜まったココアのどろどろを取ろうとしてそんなに傾けてるのかな」
「そー、だ、よー」
「サイコキネシスを使わなくても取れるでしょ。飲み切る前にくるくる回しておけばよかったじゃない。うまく混ざればまとめて飲めたでしょ」
くるるが、ペットボトルとの格闘をやめて解人の方を向いた。
その目はきらきらと輝いている。
「カイトくん、天才か……?」
「いやいやいや。めちゃくちゃ普通の解決方法でしょうが」
「いや、待って……? まさか……まさかだけどさ。みんなそうやってるってこと……? 知らないのって私だけ……?」
大げさな、と解人は苦笑する。
「俺のあげるよ。まだ飲んでないし」
「えー! なんで飲んでないの!? 寒ないんけ!?」
「そこを驚かれるとは思ってなかったなあ。寒いけど、別に喉渇いてないからいいかなって」
「ほんとに? じゃあ、ありがたくもらうわー」
くるるは解人から受け取ったココアをひとくち飲むと、吐息を一つ。
静かな道に真っ白な息が消えていく。
「カイトくんや。なーんか、世界が終わっちゃったみたいだねえ」
「人通りないからかな?」
「そうそう。音も全然聞こえてこないし」
二人は当たりを見渡す。
朝の陽ざし、遠くまで真っ青な深い空。あちこちに見える真っ白な雪。
線路沿いに歩く彼らの周りには誰もいなかった。
「雪は音を吸い込むらしいね」
「ほんと? じゃあ、かまくらのなかでカラオケできるじゃん!」
「穴が開いてるからダダ漏れじゃないかなあ」
「そしたらー、そうだなー、全部塞げばいいじゃん?」
「呼吸困難なって歌どころじゃなくなっちゃうって」
「そっかあ。残念」
くるるがしょんぼりとココアを啜る。
解人は、その様子を見て思わず笑ってしまう。彼はこの奇特なクラスメイトを気に入っていた。
自分にはない明るさを持っていて、自分にはない発想を持っている人だと。
くるるを見た解人は、目を細める。
眩しいのは雪が反射した朝日のせいだろうか、と。
「あっ」
くるるが顔を輝かせて解人の方を向く。
「ねえカイトくん、叫んでもいいかな?」
「ぜんぜん良くないと思うけど一応理由を聞こうか」
「だって雪めっちゃ積もってるし」
「防音効果を過信しすぎているな」
「ねっ、試すだけだから。試すだけ」
「そのお試しと本番の差はないのではなかろうか……」
「いくよ! さーーん、にーーい、いーーーち」
くるるが、口をめいっぱい開いて叫んだ。
が、音は解人の耳には届かない。
彼女の背後を電車が通り過ぎ、全てをかき消してしまったのだ。
「……なんて言ったの?」
電車が去ったのち、解人は問いかけた。しかし。
「んー、ひみつー」
くるるはいたずらっぽく笑う。
「気になる……けど、今のってさ」
「教えなーい」
「いや、そっちじゃなくてさ。電車通ったじゃん? てことは運転再開したんじゃないかなって」
「! そうじゃん! サボりの言い訳ができなくなっちゃう! 次の駅はまだぜんぜん先じゃん!! 急いでカイトくん!!」
くるるは一瞬でテンションを燃え上がらせると、解人の手を掴んだ。
「走ろ!」
解人は、別に午前は自習になったんだから、とは思ったが、くるるに手を引かれている方が退屈はしないか、と考えた。
「凍結してると危ないから歩こうな」
「真面目か! 雪合戦しながら行こ!」
「急ぐんじゃないの?」
解人のツッコミにくるるが笑う。雪も溶けそうなまぶしい笑顔だった。
二人の登校は、二人だけのものだった。
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