【完結】桜間くるるは解られたい!

宮下愚弟

第1部 高校一年生編

第1章 電波でピュアな桜間くるる

1月25日(水)_チョコのお風呂に入りたい?

 


 昼休みの教室。

 生徒たちが机を寄せあい、会話に花を咲かせていた。

 雰囲気は和やかで温もりに満ちているものの、季節は冬真っ只中。今日も今日とて寒さが足元から襲いくる。

 そんな日だった。


 ひとりの女子生徒が声を震わせる。


「うう、寒すぎだよ~。チョコのお風呂入りたいよ~」


 少女は、迫る冷気を振り払うように足をパタパタさせる。

 桜間さくらまくるる。

 クラスで有名な、ちょっと変わった女の子だ。


 社交的で笑顔が可愛らしいくるるは、男女問わずにクラスのみんなからも人気だった。

 ただ、くるると特別に仲がいい生徒はそれほど多くない。誰もが、彼女の独特なセンスを理解できないのだ。


 たった一人を除いて。


 くるるの正面に座っている少年──明石あかし解人かいとが、総菜パンを食べる手を止めた。


「桜間さん、チョコのお風呂って……もしかしてチョコレートフォンデュ的なハナシしてる?」


 聞き耳を立てていた周りのクラスメイト達は一様に内心で首を傾げる。

 チョコレートフォンデュ? 風呂? それがどう関係あるんだ? と。

 しかし。


「そーそー、そーだよー」


 くるるは当然と言わんばかりに肯定してみせた。


「ああ、やっぱり。あったかくて、ちょっとドロッとしてて保温効果がありそうだなー、とか思ってるわけだ。……いや、実際はないと思うけどさ」

「そうそう、イメージね、イメージ! お風呂のお湯が全部チョコレートだったら肌がすっごくコーティングされそうじゃない?」

「すごいかぶれそうだけどね。てか、いま甘いもの食べたいとか思ってる? 脈絡なくチョコレートが浮かんでくるとも思えないし」

「かもかも! 言われて気づいたかも~! カイトくんって鋭いね」

「そんなことないよ」


 そんなことあるのだが、解人かいとには自身の鋭さには気付いていない。

 二人は奇妙に思える会話のキャッチボールを、天気について話すような自然さで繰り広げている。


「あとでコンビニ行こうか。俺もこれだけじゃ物足りないかも」

「わ、さいこーじゃん! 今なら焼き芋とかもいいなぁ……」

「寒いからちょうどいいね。体育あるし、がっつりいこうかな」

「ふふ、これじゃあ逆こたつアイスだね」

「えーと、逆こたつアイスって……寒いのに外出てコンビニで温かいものを買うから?」

「そうそう! 流行らないかな、逆こたつアイス」

「こたつアイスが覇権を取ってからならワンチャンあるかな」


 会話が弾むたび、机の下で、くるるの足がパタパタと踊る。


「なんか楽しそうだね、桜間さん。いいことあった?」

「え~? えへへ、あったねえ。私のこと解ってくれる人がいるしね」

「おおー、それは幸運だ。自分の言うことを本当に理解してくれる相手なんてそうそういるものじゃないよね。桜間さんにそんな相手がいるのは俺としても嬉しいよ」

「……はーあ、やっぱり良いことなかったかもなあ」

「えっ、どうして」

「なんでもなーい。ごちそうさまでしたっ! この話終わりっ!」


 解人は自分がクラスの人たちから『くるるの翻訳者』として頼られていることを知っていた。実際、くるるの独特な言語感覚からくるコメントを捌けるのは解人だけだというのは自身でもわかっていた。


 ただ、解人はくるるのことを解っているなどと自惚れてはいなかった。


 加えて、交際歴ナシ・経験人数ゼロで友人も少なく自己評価の低い解人は、くるるが寄せている仄かな感情には気付けていなかった。


 これは電波でピュアな少女と、自分に向けられた恋心以外は読み解ける少年の、穏やかな生活のなかで繰り広げられるラブコメである──

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