1月27日(金)_赤太郎脱走事件!
放課後。
始まりは、くるるの悲鳴だった。
「赤太郎大脱走だ~っ!」
学級日誌を書いていたくるるがそんなことを言うものだから、クラスメイト達は帰りかけていた
「じゃ、よろしく」
「え、ちょ……」
「許してくれカイトくん。私らには解読できないんや。なんかが逃げたらしい」
「はあ……」
解人は言われるがまま、くるるの前の席に落ち着いた。
「で、なにが逃げ出したって?」
「カイトくん聞いて。これは事件なの」
「えーと、話したまえよワトソン君」
「あのね、さっきまではいたと思ったんだけど気づいたらいなくなってて」
解人は首を傾げる。
「人探し?」
「そう、赤太郎! シュッとしててお気に入りだったのに」
「えー……と」
赤太郎という名前から解人が思い浮かべたのは日本昔ばなしに登場するような、ちょっと古風なキャラクター。しかし、くるるの言うことにはシュッとしているらしい。解人にはあまりピンとこない形容だった。
加えて、『お気に入り』という言い方が解人の脳裏に引っかかる。その違和感を足掛かりにして解人はある仮説を組み立てた。
「もしかして、人じゃなくて、失くした何かを探してる?」
「そうなの! 気付いたらいなくなってて、どこいったんだろうって」
「人探しって訊いたらそうって答えてたやん……」
「え? 赤太郎は人かどうか……難しいね。ペンなんだけどさ」
「ああ、赤ペンのことだったんだ。赤ペンは人じゃないねえ」
「場合によっては、ね?」
「まあ、そういうこともあるか……」
解人はくるるの言語感覚を尊重することにして、思案にふける。
「しかし赤ペンか。赤ペンね」
ペンケースを使うのは基本的には授業の時だろう、と考えた解人は教室に貼られた時間割を見つめる。
一から四まで眺め、五限の化学で目が留まる。
解人は、ああ、と呟いて。
「職員室寄ってカギ借りて行こう」
「えっ、なんで?」
「化学は教室移動したでしょ。理科室に忘れたのかも」
「……!」
くるるが拾ってもらった捨て犬のように瞳を輝かせる。
解人は、眩しくて目を逸らした。
ということがあり、二人は特別教室棟の廊下を歩いていた。
立ち寄った職員室であれやこれやと頼まれた雑務をこなしているうちに日は傾き、廊下はすっかり夕焼けに染まっている。
「特別棟ってワクワクするよね~。冒険に来たってカンジ!」
「そんな勇ましいかな」
くるるが鼻をスンスンと鳴らす。
「なんてゆーかなー。この、非日常の香りがね?」
「ああ、まあ薬品の匂いとかあるよね」
「んなー! なんて風情の無いことを言うのカイトくんってば!」
なんてことを話していると、すぐ理科室に着く。
借りたカギでドアを開けると、二人は揃って「しつれーしまー……す」と遠慮気味に教室に入る。
教室には夕日が差し込み、黄金色をしていた。
「な、なんか~! 緊張するよね~! 悪いことしてるわけじゃないんだけど、さ~」
くるるの語尾がキュッと上がる。
解人は思わず笑ってしまう。不安を退けようと空元気を出しているような話し方が、解人には可愛く思えた。
「電気点けよっか?」
「だいじょび! すぐ見つかる!」
くるるはステテ……と机に向かう。実験台の上を探し、荷物置きを探し、また実験台の上を探し、涙目になった。
雨に濡れた子犬みたいだと解人は思った。
「やっぱ、電気点けよっか」
解人は苦笑しながらスイッチを探す。教室の壁に沿って目を走らせていくと、ある一点で目が止まった。
「……見つかったかも」
「えっえっ、どこ? なんで? すごい」
解人は黒板を指さす。そこには。
『誰か忘れてるよ~↓』
チョークで書かれた文字。矢印に従って目線を下げると、教卓の上にペンが置かれていた。
くるるは駆け寄ってペンを手に取る。振り返って解人を見つめた。
「カイトくん、今日もありがとね!」
「いや、俺はべつに何もしてないし」
「ううん。いつも私の話を聞いてくれるし、今日はペンだって見つけてくれたし、それに──」
くるるは歯を見せて笑う。
「──当たり前のように連れてきてくれたじゃん」
解人は脱走したくなった。
頼まれてもいないのに自分がなんとかしようとするなんて。
しかも女の子にそれをしてしまうなんて、思春期の解人にとっては恥ずかしいポイント高めだった。
◆ ◇ ◆
二人が去ったあと、職員室では。
「ねえ佐藤先生、最近の子ってよく分かりませんよね」
「どうしたんです、鈴木先生」
「さっきの子たち分かります?」
「ああ、理科室に忘れ物したって」
「二人仲良くやってきて、二人仲良く帰っていったでしょ」
「ええ。初々しいですね」
「あれで付き合ってないらしいんですよね……。私には若い子の考えてることがわからん……」
「佐藤先生が生徒の恋愛事情に詳しいことのほうがわからんです」
くるると解人は、職員室でも話のタネにされていた。
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