第21話

 すっかり日も暮れて、俺達は唐橋駅の構内にあるファミレスに入った。全国どこにでもあるような有名チェーン店だが、地元の金井市にはない。田舎すぎて集客が見込めなかったからだろう。

 時間もまだ十八時を過ぎたばかりで、料理が全体的に安いこともあり、店内は学生が多かった。ほとんどが男女のペアだ。国の恋愛支援は恋人の増加に貢献したのだろうが、反面同姓との付き合いが薄くしてしまった。それが悪いことなのか、俺にはよくわからないが。


「今日は楽しかったね」


 お互いに五百円前後で収まる程度の注文を終えるなり、樹理から話しかけてきた。


「変な一日じゃなかったか? 休日の定番の過ごし方じゃなくて、かなり特殊な感じだったと自覚もあるんだけど」

「うん。そうはそうかも。でも、お昼に食べたうどんはおいしかったし、散歩では知らない場所をたくさん知ることができたし、ゲームセンターは隆志くんが熊のぬいぐるみプレゼントしてくれたし、ダンスのゲームもおもしろかった!」

「樹理があんなにダンスうまいなんて知らなかった」

「別にダンスが得意なわけじゃないよ。たぶんバドミントンで反射神経が鍛えられてるのと、筋トレを欠かさずやってるからじゃないかな」

「それだけじゃないと思うけどな。だけど、まさか五回もやるとは思わなかった」

「ちょっとやりすぎちゃったかも。でも難しいのがクリアできなくて悔しかったから、また今度きたときに挑戦するよ!」

「楽しみだな。俺も自分が得意なゲームを探してみるか。あのダンスのやつは、どうも合ってない気がするし」


 そこで会話が途切れた。周囲の喧騒のなか、俺と樹理の席だけが別世界のような静寂に包まれる。

 樹理はそわそわと、俺に視線を合わせては逸らす行為を繰り返す。話題を探しているのか。ならばここは男らしく、俺から切り出すべきだろう。


「こうやって樹理と二人で出かけて遊ぶのは、なんだかんだ初めてだったな」

「う、うん。小学校の頃は隆志くんの家で遊んだこともあったけど、それだけだったもんね」

「中学校は二年で同じクラスになったときは喋ったけど、家族ぐるみの交流以外では遊んだりしなかったもんな」

「怒らないで聞いて欲しいんだけど、私、中学入ってから隆志くん冷たくなったなって思っての。特に中学一年生の頃なんか、私が喋りかけると少し嫌そうな顔してたし……ああっ違うの! ただ私がそう感じたことがあっただけで!」


 樹理は弁明するように両手を顔の前でぶんぶんと振った。


「いや、嫌だったわけじゃないんだけど、その、あの頃は樹理と喋るのが恥ずかしかったんだ。その……小学校ではまだ異性で遊ぶ奴らは少なかったけど、俺達幼馴染だからよく一緒にいたじゃん? だから裏で色々いわれてて……」

「知ってるよ。私もよくからかわれたもん。たぶんその辺りの話題は、女子のほうが敏感だったから」

「そうか……俺がいわれてたんだから、そりゃあ樹理もいわれてたよな……」


 思えば、俺と樹理が学年で最初のカップルだという噂は他クラスにまで広まっていた。当時他クラスにいた樹理の耳にも当然入り、もしかすると俺以上に茶化されていたかもしれない。

 なのに、樹理は俺から距離を置こうとしなかった。俺が恥ずかしくて喋りかけなくなった頃も、彼女は昔と変わらず喋りかけてくれていた。

 とくん、と心臓が大きく脈打った。

 ちょうど料理が運ばれてきたが、俺も樹理も手をつけずにいる。


「ま、まずは料理を食べようかっ!」

「う、うん」


 なにが『まずは』なのか説明もしてないのに、樹理は愛想笑いっぽい表情で頷いて従ってくれた。彼女は勘付いている。そもそも今日二人で出かけると誘われた時点で、俺がどういうつもりで声をかけたのか察していただろう。樹理だってそこまで鈍感じゃない。

 注文したスパゲッティの味は、よくわからなかった。安くてもおいしいと評判らしいが、いまの俺の舌では十倍の値段のスパゲッティでさえ同じ味にしか感じられない気がする。そんな高価なスパゲッティが果たして世にあるものなのか不明だが。

 お互いに無言で食べ進める。妙に緊張した雰囲気だった。

 これを食べ終わったら、俺はいわなくてはならない。スパゲッティの量が減るにつれて段々と怖くなってきたが、ここで立ち止まってはいけない。高校生まで引き伸ばしたんだ。ここでまた足踏みするようでは、一生彼女に気持ちを伝えられない気がする。

 鉄の意志で食事を進めていると、不意にポケットに入れているスマートフォンが振動した。


「ごめん、なんか電話かかってきた。ちょっと席はずす」

「あ、大丈夫。ゆっくり食べてるから」


 断りをいれて席を立ち、騒がしい店を一旦出て依然として振動する電話を取りだした。

 発信者は……《枢木玲奈》。

 その四文字を見た時点で、超絶的に嫌な予感がした。

 出るべきかスルーすべきか悩んだ末、出ることに決めた。今日のデートはあいつの奇天烈な思考に触発された部分もある。関わるのは極力避けたいが、向こうから来たものを拒絶するのは恩を仇で返すようで気が引けた。


「なんだこんなときに。俺が今日、どこでなにしてるか知ってるはずだろ? 結果が知りたいなら後日にしてくれ。まだデート中なんだ」

「ええ知ってるわ。あんたがいま、お店の外で、店内のほうを向いて喋っていることもね」

「な……っ!?」


 反射的に周囲を見回す。店に面した駅構内では何人かが足を止めているが、玲奈と思しき女性の姿は見当たらない。変装でもしているのか?


「途中まではいい感じだったのに、最後に学生の定番サイゼ○アにしたのが失敗だったわね。ガ○トとかデ○ーズあたりにしとけば完璧だったのに」

「おい、どういうことだ!」

「どうもこうも、サイゼ○アは学生が休日遊んだときの夕食の定番。見ての通り、店内は学生カップルだらけよ。これじゃあ学校の雰囲気と変わらない。あんたは告白する決意を自分の意志で固めたと思い込んでるでしょうけど、結局は周りの熱に影響されてるのよ。別にあたしはそれでもいいと思うけど、あんたはそれが嫌で彼女を誘ったのよね? これじゃあ本末転倒だわ」

「そ、そうじゃないっ! なんでお前が今日一日の俺の行動を知ってるんだって意味だ!」

「ああ、そっち? そんなの訊かなくたってわかるじゃない。見てたのよ、全部」

「なん……だと……」


 記憶が今朝一〇時の地元の駅まで巻き戻る。

 そこから順に、一日の出来事を振り返る。


「金井駅で待ち合わせしていたときから、ストーカーしてたのか……」

「言葉が悪いわね。見守ってたのよ」

「どこで見てたんだ! あんな駅舎しかない田舎の駅なんだから、いたら絶対わかるだろ!」

「バレないようにしてたんだから、わかるほうがおかしいわよ。違う?」

「いや……そりゃそうだろうが……」

「気になって夜も眠れないでしょうから捕捉すると、あたしは朝からずっとあんたの近くにいたのよ。金井駅ではあんた達と同じ駅のホームにいたわ。ホームでは日傘で顔を隠して、別の車両に乗ってたけど」

「待て。そもそもなんで俺が一〇時の電車で唐橋に遊びにいくと知ってたんだ! 妙なアドバイスをされると面倒だから、お前にはデートの内容を教えなかったはずだ!」

「王道の主人公とヒロインが遊びに行くとなったら、そりゃあ街にいくでしょ。金井町で駄菓子屋巡りか山登りでもしてたら、あたしもついていけなかったわね」

「……時間はどう説明する?」

「時間はわからなかったけど、唐橋のお店が開き始めるのは早くても九時からだから、それに間に合う八時頃からホームで待機してたのよ」

「お前どんだけ暇人なんだよ……」


 こいつが転校してきて話すようになって一週間たったが、とても一週間で理解できる人間ではない。普段から奇行の目立つ女は、休日も特異な過ごし方を好むらしい。切実に勘弁してもらいたい。


「じゃあ電車降りたあともつけてきて、いまこの瞬間も映画の狙撃手みたく俺をどこかで監視してるわけか」

「繰り返すけど、見守ってたのよ。セルフうどんはナイスチョイスだったわ。洒落たランチの店にいったら、そこで乱入しようと思ってたもの。散歩も良い判断だったけど、ついていく側は大変だったわ。目的地がないから先回りもできないし、待ち伏せもできないし。結果ゆっくりとあとをつけて、同じ距離を歩く羽目になったもの。ゲーセンも素晴らしかったわ。クレーンゲームで満足せず、ちゃんとゲームで遊んだところが最高に非王道って感じだったわね!」

「お前に今日のデートの採点を頼んだ覚えはないが?」

「そうね。点数でいえば八〇点ってところかしら。最後のサイゼ○アさえなければ満点だったのに」

「サイゼ○アに失礼だからそれはやめろ」


 電話越しでも玲奈のテンションの高さが伝わってくる。熱を帯びるのは勝手だが、せめて人の話は聞いてもらいたい。このまま会話が成立しないなら、もう切ってしまおうか。八〇点とかいっててムカつくし。


「……で、お前はどこにいるんだ」

「あんたの向かいにある二階のカフェよ」


 二階は盲点だった。

 視線をあげて、ガラス張りになっているカフェのカウンター席を左から順に確認する。

 いた。

 ホイップクリームがトッピングされた見るからに甘そうな飲み物を横に置いて、俺を見下ろしている玲奈が小さく手を振っていた。


「居場所を教えてあげた代わりに、あたしにも質問させなさい。あんた、これから告白するの?」

「直球だな。こっちはそれについて悩んでるってのに」

「あんたのなかでは整理がついてたんじゃないの? だからもう、最後は王道で勝負をかけようとしたんでしょ?」

「お前……すごいな。なんだよ。そこまでお見通しってわけか」


 二階にあるカフェを見上げると、玲奈の顔から冗談の色が消えていた。

 目的は知らないが、こいつは俺の恋路を妨害しようと企んでるんじゃないかと思ったが、勘違いだった。彼女は彼女なりに、俺を応援してくれていたのだ。かなり変わったやり方だが、まあその気持ちだけは素直に受け取っておくべきだろう。

 普段はぺちゃくちゃと口が閉じないくせに。いまは黙って返答を待つ彼女に、俺は答えた。


「やめておく」

「……えっ?」

「『えっ?』じゃねぇだろ。お前がいったんだろ、あのファミレスの雰囲気じゃ学校と変わらないって。俺もそう思うし、そもそも樹理と二人だけで遊ぶのは初めてだ。たった一回で決めつけるってのは、改めて考えると軽率だわ」

「それじゃあ、今日は……」

「ここで飯食ったら電車に乗って帰るよ。今度は、満点のデートを計画しないとな」


 電話越しで伝えたことは、全部本音だ。恋愛という行為が著しく軽くなった時代だからこそ、自分にとっての〝恋愛〟を慎重に進めなければいけない。

 樹理に抱いている気持ちが嘘でないと確信したうえで、樹理と自分の相性も確かめて、遠い将来まで続く関係を持つ相手に相応しいと断言できなければ、告白するには早い。

 少し……ほんの少し気になっている〝彼女〟ではなく、樹理を恋人に選ぶ覚悟が固まらないうちは、告白するにはまだ早いのだ。


「樹理を待たせてるからそろそろ戻るけど、切る前にひとつ訊いていいか?」


 わずかに動揺した相槌を返した玲奈を見上げて、俺はその疑問について尋ねた。

 

「お前、彼氏いるって本当か?」

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