第20話

 途中にカフェで休憩を挟みつつ、散歩というよりは唐橋駅周辺の散策を終えて駅近くまで戻ってきた。

 立ち止まると、樹理はスマートフォンに目を落とした。


「まだ三時半だね。夜ご飯までもう少し時間あるけど、どうする?」

「ここの近くに、暇を潰すにはいいところがあるんだ。そこにいこう」


 歩みを再開すると、近くにいった階段を下って地下に移動した。

 駅地下にも地上に負けない数の店が通路の左右に並んでいる。人の数も多い。そういえば、これくらいの時間が利用者のピークだと樹理が教えてくれたのを思い出した。


「すごい人だな。これアレだろ。ほとんどが別に電車に乗りに来たわけじゃないんだろ?」

「たぶん。だいたいの人はカフェでお喋りしたり、買い物するために来てるんだと思う」

「ただでさえでかい駅なんだから、離れたところに建てればいいのに」

「それだとショッピングモールに勝てないからじゃないかな」

「なるほどな」


 人の往来をかき分けながら、ネットで見た地図を頭に思い浮かべて地下通路を進む。記憶力には自信がある。もしも迷っても、スマートフォンで調べてればいい。歴史の教科書に載っている昔と比べると、現代では方向音痴という概念がないに等しかった。

 通路の片隅にまで到達すると、突き当たりに目的地が見えた。


「お、あったあった。あれだよ」


 他の店舗とは広い間隔を空けた位置に、騒がしい音と激しい光を放つ施設が構えていた。


「隆志がいってたのってゲームセンターだったの?」

「そう。あそこ学生服は禁止らしいけど、別に未成年が駄目ってわけないじゃないから問題ないはず。というか、樹理はたくさん唐橋に来てるんだろ? 一回ぐらい入ったことないの?」

「そんな! ゲームセンターってなんか怖い人達がいそうだし、女友達とだけじゃ入れないよ!」

「随分前のイメージだな……まぁいまも怖い人達がいないとも限らないけど、格段に治安は良くなってるから平気だって」

「……もし怖い人に絡まれたら、隆志くんが助けてくれる?」


 自分の身体を抱きしめるように腕を組んでいる彼女が、上目遣いで尋ねてくる。

 あざとい。あざといが、答えはひとつしかない。


「もちろん」


 もちろん、そのときには俺が警察を呼ぼう。その台詞の最初の四文字だけを彼女に伝えた。

 彼女がまた照れた顔をしたのが、とてもかわいかった。

 

 ゲームセンターの入口付近には、何十台ものUFOキャッチャーが置かれている。ゲーセンでデートいえば、大きなぬいぐるみのUFOキャッチャーとの格闘だ。それはもう古からの様式美。ともすれば創作物の世界のゲーセンにはUFOキャッチャーしか筐体がないのかもしれない。そんなふうに思えてしまうほど、恋愛系の物語におけるゲーセンではUFOキャッチャーしか語られない。

 それが王道だ。だから俺は、それでは物足りない。

 もっと深く、楽しい思い出を刻むため、俺はUFOキャッチャーの筐体の間をすり抜けて奥を目指す。


「わぁ、このぬいぐるみかわいい……!」


 が、樹理は通路脇にあった巨大な熊のぬいぐるみに心を奪われてしまった。奪われてしまった以上、スルーするわけにはいかない。非王道といえど、根底にある〝彼女に楽しんでもらいたい〟を蔑ろにしてはいけない。


「やってみる?」

「でも、私こういうのほとんどやったことないから取れないよ……」

「俺も得意じゃないけど、一回やってみようか」


 目的のぬいぐるみのある筐体の前まで戻って、財布から百円玉を取り出す。投入口にそれを入れようとして、気づいた。

 ――二百円!?

 学生にとって二百円は凄まじい高額だ。二百円あればパンと飲み物が買えるし、スーパーならジュース二本買えるし、カラオケで三〇分は歌える。それがこの筐体に投入すれば、下手すればボタンを二回押して消滅するわけだ。

 ――駄目だ! こんな考えだとつまらない人間になるッ!

 巨大なぬいぐるみを手に入れるチャンスを得るためにも二百円が必要なのだ。そのために必要なお金に、別の使い道などない。いくんだ……ここで二百円を使うんだ!

 自分に打ち勝ち、俺は二枚の百円玉を筐体に投入した。


「頑張って隆志くん!」


 両手の拳を握り、樹理が緊張した面持ちで応援してくれている。

 こういった場面では結局うまくいかず、何千円とお金を浪費するのが王道だ。高額を使ってしまったが、ヒロインの笑顔が見れたからまあいいか、などといって主人公は納得しがちだ。

 しかし俺にそんな金はない。バイトしているのは家のためだ。金を無駄にしてはいけない。だから王道主人公と同じ轍を踏まないために、俺は予習してきた。ネットのUFOキャッチャー攻略サイトで、三時間も。


「あっ、すごいっ! いい感じっ!」


 アームの先端にある三本の爪が、左肩、右肩、股下をがっちりとホールドする。

 完璧だ……あまりにも完璧だ。


「ああっ、すごいすごいっ! 重そうなのに持ち上がって! そのままそのまま――っ!」


 こんなにテンションの高い樹理を見るのは初めてだ。それだけでも二百円使った価値があったように思う。

 なのに、さらにぬいぐるみまで一発で取れてしまった。顔も知らない攻略サイトの投稿者さん、本当にそんな簡単に取れるのかと疑って失礼しました。ありがとうございます。

 取り出し口からぬいぐるみを拾い上げ、そばにあった袋にいれてから樹理に手渡した。


「まさか一回で取れちゃうなんて! 隆志くんすごすぎだよ! 普段から練習してるの?」

「いや、まぐれだよ」


 この台詞は、我ながらなかなかクールな返しだった。顔も知らない攻略サイトの投稿者さん、重ねてお礼をいいます。ありがとう。

 

 UFOキャッチャーを早々に済ませ、金額も最低限に抑えられたので、当初の予定通り俺達はゲーセンの奥まで進むことができた。


「色んなゲームがあるんだねぇ。車のゲームとか、対戦ゲームみたいなのしかないと思ってた」

「技術が進化してるから、昔じゃ実現不可能だったような最先端の技術を使ったゲームも増えてきてるらしい」

「隆志くんのおすすめとかあるの?」

「俺もゲーセンなんて片手で数えられるくらいしか来たことないからなんとも。だけどネットで調べた最新ゲーム機が気になって――あっこれこれ」


 壁沿いに並ぶなかでも、一際大きな筐体を指差して紹介した。二メートル四方のぴかぴか光る床の先に、六〇インチはある巨大な液晶画面が付いている。液晶の中心に、ゲームのロゴが映し出されていた。


「ダンスマックス? へぇすごいっ! ダンスのゲームなんだ」

「液晶の指示通りに足を動かして、うまくいくと点数が上がってくみたい。身体の動きも加点対象にできるみたいだけど、それは上級者モードらしい」

「こんなのあるんだ。ゲームセンターならではって感じだね。さすがに、こんな大きい機械は家には置けないもん」

「音もすごいし、マンションだと下の住民から速攻でクレームがくるだろうな」

「でも、これすごい目立つね。ゲームセンターでもちょっと恥ずかしいかも」

「俺もそう思うけど、今日は二人できてるし、多少和らぐかなって。ちょうど周りにあまり人いないし、いまのうちにやろう」


 筐体の床にのって、プレイ料金の百円を投入した。UFOキャッチャーの値段と比較すると破格の値段だ。まぁ、向こうはうまくいけば物をもらえるわけだが。

 樹理は筐体の横で俺の操作する画面を眺めている。

 低難易度の曲から彼女も知ってそうな有名な邦楽を選び、画面の指示に従い床の中心にスタンバイした。


「隆志くん頑張って!」


 ああ、気持ちが浮つく。いいところを見せてやろうと、静かに気合をいれた。

 曲が始まった。同時に、画面の奥から手前に何本もバーが伸びて来る。バーに合わせて足を動かさなければならない。

 ――左、右、左をスライドして、右っ、じゃなくて左ッ! 今度は右、左――足が動かねぇ!

 序盤はうまくいっていたが、中盤からバーが増えて段々とミスが発生し始める。

 ――左、左、右をスライドしながら左ッ!? できねぇ!

 終盤手前でバーの数はピークを迎え、成功する回数のほうが少なくなってきた。

 ――あれ、もう何が起きてるかわかんねぇ。

 ついにはバーがどう伸びてきているか認識できなくなり、頭が真っ白になっているうちに曲が終わった。

 結果は……いうまでもない。常日頃の運動不足が原因かもしれない。ゲームの点数に運動不足が関係してくるとは、妙な時代になったものだと思った。

 応援してくれていた樹理に、随分な醜態をさらしてしまった。

 嫌われただろうか? ……嫌われただろう。いいところを見せるつもりが、かなりダサい結果に終わってしまった。どれほどの蔑みを向けられているだろう。隣にいる彼女の顔を確認するのが怖い。


「これ難しそうだねぇ。私もやってみていい?」


 そういって樹理は筐体の床にあがってきた。表情を見ると、俺が危惧したような蔑みなんて欠片もなく、興味を湛えた純真な眼差しを携えていた。

 呆然としている俺を、彼女が見据える。小さな唇に、小さな苦笑が浮かんだ。


「でも隆志くんと違って私は運動部だから。隆志くんよりは点取っちゃうよ?」

「あ、ああ……」

「まあ見てて。うまくできるかわからないけど、頑張ってみる!」


 勇ましく宣言した樹理に次の曲を譲り、俺は筐体から降りた。遊ぶ曲を選ぶ彼女の横顔は、とても朗らかだった。俺が運動音痴だと知ってショックを受けている様子はない。

 ――ああ、効いた。

 これは効いた。樹理は俺のかっこ悪い部分も受けれてくれたのだ。外見だけじゃない。彼女は俺の内面も見てくれている。良い部分も悪い部分も認めてくれて、それでも俺を嫌いにならずにいてくれる。

 この瞬間、確信した。

 俺の選んだものより難易度の高い曲をほぼ完璧に、なおかつ楽しそうに踊る樹理の姿を横から見ながら、決めた。

 長年の膠着状態に終止符を打つのは――樹理に気持ちを伝えるのは、今日にしようと。

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