第15話

  《――それから時は流れ、ついにタカとレイナは卒業式の日を迎えた》

  

「おいッ! 話飛びすぎだろッ!」

「しかたないじゃない。仲良くなってくパートはまだ作ってないのよ」

「これ恋愛ゲームなんだろ? 肝心の恋愛パートがないってどういうことだよ! 俺にこれやらせて、なんの参考にさせようとしてたんだよ!」

「大丈夫よ。ここからの告白パートはちゃんと作ってあるから」

「告白パートだけ先に書いたのか? 好きなものだけ食べる子供かよ」

「なにかいったかしら?」

「なんでもねぇよ」

「王道の反応ね。悪いけど全部聞こえてたわよ」

「じゃあ訊くなよ!」


 告白パートというなら、この奇天烈なゲームもクライマックスだ。早く終わらせてしまおう。

 

  《レイナ:生徒全員が大ホールに入りましたわ。タカ、いよいよですわね。

   タカ :そうだな。これは俺達の慈悲だ。

       卒業式の日に、卒業させてやるんだ。

   レイナ:あとはあなたの持っているボタンを押すだけ。それでようやく、

       この悲しみに満ちた世界は終わりますわ。

   タカ :『世界の全てを壊したい』それがお前の願いで、

       あいつの願いでもあったな。

   レイナ:タカシ……彼も天国から応援してくださってるはずですわ。

   亡き友を想い握りしめた俺の手には、

   一瞬で数百人を死に誘うスイッチがある。

   これを押せば、もう後戻りはできない。平和だった頃には一生戻れなくなる。

   それでも――

   タカ :……レイナ。全てを終わらせる前に、ひとつだけ言わせてほしい。

   レイナ:その前に、わたくしから先に言わせてください。

       わたくしは、あなたをお慕い申しております。

   タカ :レイナ……。

       

   =>「俺もお前が好きだ」

     「俺はお前が嫌いだ」》

 

「ぶっとばされた空白期間に色々あったらしいけど、まあそこを突っ込んでも仕方ない。でも、これ非王道のはずだろ? 状況的には滅茶苦茶王道で、選択肢もちゃんとしたゲームなら鳥肌が立ちそうな内容だけど、玲奈的にこれはいいのか?」

「パターンは考えたのよ。別の場所で卒業式させたり、あえて普通に卒業式させて一要素だけ意外性をもたせたり。でもね、どれもどこかで見た気がしたのよ。クライマックスは一番盛り上げるところだから、どうしても王道的な要素に頼らざるを得なくなるの」

「じゃあ、ここからはもう王道の展開ってわけか」

「ネタバレを嫌うくせに、先の展開を訊くのはやめてくれるかしら?」

「そんなつもりじゃなかったけど……すまん。自分で確かめよう」


 しかし、どちらの選択肢が正しいのか。セーブとロード機能が未実装であるため、間違いは許されない。いや、最初からやり直せばいいのだが、人生はやり直しなんてできない。たとえゲームとはいえ、やり直し前提で行動を決めるのは不適切なのだ。

 考える。《好き》と直球で伝えるか、あえて《嫌い》と伝えるか。

 《好き》はともかく、《嫌い》を選んだ場合もあとに続く展開で告白するだろう。これまでにどんな出来事があったのかわかれば判断に迷わないのかもしれないが、肝心の親密度を深める場面が飛ばされている。だから想像するしかない。玲奈が作りそうな非王道の恋愛ストーリーを。

 レイナが告白同然の台詞をいっているあたり、この二人は相当な仲までいっているはずだ。もしかするとすでに告白を済ませていて、ならばこの選択肢は気持ちの確認と捉えることもできる。状況はいまいち把握できてないが、大量殺人を企てているらしい。手を下せば今後の人生がどうなるかわからない。報復によって命を落とす危険も考えられる。二人が言葉を交わすのはこれが最後になるかもしれないのだ。

 ……何故こんなシリアスになっているのかは置いておき、どんな物語であろうともここは素直に気持ちを伝えるべきだ。こういうクライマックスに引っ掛けは仕掛けられない。そんなことをすれば物語に没入している最高の状態が一息に萎えて、作品の評判が著しく落ちるからだ。

 だから、普通は絶対に下の選択肢は選ばない。

 だからこそ、《嫌い》にカーソルをのせてクリックした。

 

  《タカ :俺はお前が嫌いだ。

   レイナ:……振られてしまいましたわね。

   タカ :俺にとってレイナは命の恩人だ。その恩があったから従ってきたが、

       人々をゴミ同然に扱うお前を、俺はずっと前から軽蔑してた。

   レイナ:こうして学校関係者全員の抹殺に加担してるのも、

       恩を返すためですの?

   タカ :そうだ。それを押せば、レイナを知る者は誰もいなくなる。

       お前は人生をやり直せるんだ。幼い頃からのお前の夢を叶えるんだ。

       もう充分だろう。

       このスイッチを押したら、俺はお前の前から消える。

   レイナ:……さないで。

   タカ :なんだって?

   レイナ:『押さないで』といったのですっ!

   卒業式が行われる大ホールに背を向け立っている俺に、

   レイナは大声で叫んだ。

   沈黙。彼女が感情を激化させたのは、俺が知る限りこれが初めてだ。

   だが、俺には他ならぬ自分自身のやるべきことがある。

   タカ :さようなら、レイナ。

   別れを告げて、俺は掌の内側にあるスイッチを押し込んだ》

   

「あー、わかるぞ。これ作動しないやつだ、でもお前の作ったシナリオだから、きっと駄目なんだろうな」

「こんなところで手を止めないで、自分で確認しなさいよ」


 もっともな指摘だ。もしかしたら選択肢を間違えたかもしれない心配から、つい声をかけてしまった。もうやり直すのは嫌だ。正解だったと信じてテキストを進める。

 

  《スイッチを押し込んだ直後、爆発音が静寂に包まれていた空間を揺らした。

   しかし、爆発したのは卒業式の行われている大ホールではなかった。

   吹き飛んだのは、レイナの背後にある空き家だった。

   爆発に巻き込まれたレイナが、全身から血を流して倒れていた。

   タカ :ど、どういうことだ!

       学校に爆弾をしかけたんじゃなかったのかッ!

   レイナ:しかけ……ましたわ。……これが、ほんとうの、スイッチ……。

   赤く染まった右手でスカートのポケットから別のスイッチを取り出し、

   逡巡もなくそれを親指で押した。

   先ほどとは比にならない轟音が響き渡る。

   熱風を受けて振り返ると、大ホールが黒煙をあげて激しく燃え上がっていた。

   レイナ:うふ、ふふ。あなたが、

       わたくしを嫌っていること……このわたくしが、

       気づいていなかった……とでも、お思い……?

   タカ :まさか、この計画を立てた時点で、死ぬことを決めてたのか。

   レイナ:……そう。わたくしがいると、タカは自由になれない。

       あなたは……好きに生きなさい。

       あなたから、うばった、なまえ、も、

       きょうで、かえす……。

       さよ、なら……タカシ……わたくし、は、あなた……が…………。

   力なく、レイナの腕が地面に落ちた。

   遠くから救急車の音が聞こえる。近所の誰かが通報したのだろう。

   タカ :……タカシ、それはもう死んだ男の名前だ。

       この世界に、俺を知る者は誰もいなくなった。

       レイナ、最高のプレゼントをありがとう。お前は嫌いだったけど、

       何かが違えば好きになれたかもしれない。

   救急車の音が段々と大きくなってきた。

   俺はレイナに背を向けて、その綺麗な死に顔を記憶に焼き付けた。

   タカ :もしもやり直せるのなら、そのときは……。

   最後までは言葉にせず、俺はその場から駆け出した――》

   

 火の海に沈む街の背景絵が徐々に白色へフェードアウトして、ゲーム画面が真っ白になった。


「……これバッドエンドか? 《好き》を選ばなきゃいけなかったのか?」

「違うわ。これがハッピーエンドよ。よく《嫌い》が正解ってわかったわね」

「いやハッピーじゃないだろ。綺麗に片付けてるけど、主人公がヒロインを殺してハッピーってなんだよ」

「タカはレイナを殺したがってたんだからハッピーじゃない。主人公にとって幸福な終わり方だからハッピーエンド。それがこの非王道恋愛ゲームにおけるハッピーエンドの定義よ」

「そこが非王道なのかよ! じゃあ《好き》を選んだらどうなってたんだ?」

「爆破スイッチを破壊して、ふたりでどこか遠い地にいって暮らすというベタな展開になるわ。タカは真意を隠して、生涯レイナとの主従関係を貫くことになるわ」

「それってよくいる夫婦じゃねぇかッ! それがハッピーエンドでいいだろ!」

「必ずしも誰かと結ばれることが人生の喜びとは限らないわ」

「テキトーなシナリオのくせにメッセージ性がいちいち懲りすぎなんだよッ!」


 いつまで経ってもホワイトアウトした画面がタイトルに戻らないので、マウスをクリックしてみた。

 しかし、ゲームはタイトル画面には戻らず、再びプロローグと同じ街角の背景絵を映した。


「エピローグよ」


 ベッドで脚を組んでいる玲奈が、ゲーム画面の状態をそう解説した。

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