第16話

  《母校の爆破事件は謎のテロ組織の犯行として処理された。

   焼け跡から見つかった遺体は殆どが身元判別不明な状態だったためか、

   あの日学校にいた生徒と教師は全員まとめて死亡扱いとなった。

   そこには俺と、そしてレイナも含まれている。自分の顔をニュースで見て、

   これからもっと大変な人生を送ることになる実感を得た。

   ケイコ:あんたマジで死んだ人扱いになってるのね》

   

「おい、なんかエンディングにきて突然新キャラが出てきたぞ。誰だこいつ」

「ケイコは学校の事件現場から逃走したタカを匿ってくれた女性よ」

「いやエピローグで新キャラ出すなよ。それとも歯抜けの部分で登場させるつもりか?」

「あ……忘れてたわ。そうね、急に出てきたらおかしいものね。事前に伏線を張るようにするわ」

「ようやく俺の指摘を聞いてくれたな……」


 仲間の一人というポジションであれば、エピローグに出てきても違和感はない。ヒロインとクライマックスで別れる作品は世の中にいくつもある。そういった物語では、仲間達と笑って過ごして幕を下ろすのが王道だろう。

 ――ということは……。

 嫌な予感が脳裏を過ぎる。これは自称・非王道の物語なのだ。

 

  《タカ :この世界にはもう俺の居場所はない。

       これからどうやって生きていこうか。

       まったく、途方に暮れるばかりだ。

   ケイコ:居場所ならあるわ。

       あんたの気が済むまでここに――あたしの家にいればいいわ。

   タカ :そんな迷惑はかけられない。俺は死んでるんだ。

       必ず面倒に巻き込む。

   ケイコ:構わないわ。

       どうせ一人暮らしの新社会人、やることもないから当分は

       三食おごってあげるわよ。

       でも、そのうち内職でもやってもらおうかしら?

       表向きはあたしがやってることにすれば、

       身分を隠して働けるものね。

   タカ :……いいのか? 俺は人殺しだぞ?

   ケイコ:それ、脅しのつもり? 悪いけどあたしのほうが年上よ?

       年上のお姉さんに、そんな子供騙しは通用しないから。

   タカ :年が上なら偉いのか?

   ケイコ:そうよ。なんだかんだいっても、

       結局この世は年功で序列されるのよ。

   タカ :ははっ、お前変わってるな。

   ケイコ:『お前』じゃなくて〝ケイコさん〟って呼びなさい。

       ――でも、初めて笑ったわね。

   第二の命の恩人である彼女に指摘されて、自分の唇に手を伸ばした。

   たしかに、愉快そうに笑っていた。

   タカ :……そうか。俺もまだ笑えるんだな。

   ケイコ:あんたは笑ってるほうがかわいいわ。これからはもっと笑いなさい。

   タカ :なんだよその命令。できればかっこよく思われたいんだがな。

   ケイコ:その台詞、まだ五年くらい早いわね。

   その五年という具体的な数字が何を意味するのか、俺はまだ知らない。

   けれども、何故だろう。俺は五年後も、彼女と一緒にいるような気がした。

   タカ :それじゃあ、覚えてたらまた言ってやるよ。五年後にな。

       ――まずはそれまで世話になるよ、ケイコさん。

   今度は偽りじゃない、真の恩人である彼女に対して、微笑みを作りそう言った。

   俺と彼女の未来は、まだ誰も知らない。

   

   ――――Fin》

                               

 画面上に〝Fin〟の文字が出た瞬間に、ゲーム画面の×ボタンをクリックした。


「ちょ。ちょっとっ! なんでそんなすぐ消せるのよ! ここは余韻に浸るところでしょッ!」

「なにが余韻だ! エピローグにまで超展開盛り込んでプレイヤー置き去りにしておいて、どこに余韻に浸る要素があるんだよ! 《Fin》で綺麗にまとめたつもりか!? こんな超展開で感動できる奴がいるか!」

「急に出てきたんじゃなくて、一応ケイコだって事前に登場するのよ? 伏線あるんだからいいじゃない!」

「そういう問題じゃねぇよ! どう考えてもレイナがヒロインなのに、そいつを最後までマジで嫌ってて、エピローグで別の女とくっついて《Fin》ってのがおかしいっていってんだよ!」

「ヒロインと結ばれるなんてありきたりでつまらないわ」

「そこはありきたりでいいんだよ! こういう終わりにするなら、やっぱり主人公はヒロインが嫌いではなく好きだったとか、そんなバッドエンド的な感じのほうが作品として違和感ないだろ!」

「いわゆるビターエンドってやつね。でも架空の物語でくらいハッピーエンドにしたいじゃない」

「こんなシナリオ作る奴が『ハッピーエンド』とかよく言えたな!」


 わざわざ休日に家まで呼んで、なんてゲームをさせるんだ。というか、よくもこんなとち狂ったゲームをやらせてくれたものだ。普段の学校生活でもそうだが、玲奈の自信は尊敬に値すると思う。その気持ちの強さだけは。

 そういえば、彼女が俺に自作ゲームをやらせたのは、単に感想を求めているからではなかった。


「で、このゲームをプロローグからエピローグまで一通りやったわけだけど、これをどうやって明日のデートに役立てろっていうんだ?」

「わからない? 非王道を貫けば、真の愛情が手に入るってことよ」

「俺にとってのヒロインは樹理だ。タカにとってのヒロインはレイナだ。それぞれを重ねてプレイしろって意味じゃなかったのかよ」

「タカにとってのヒロインはケイコよ」

「ケイコなのかよっ! それじゃあレイナと過ごした日々が単なるプロローグになっちまうじゃねぇか!」

「人生は物語の連続、一つの物語は、別の物語のプロローグにもエピローグにもなるものよ」

「うまいこといって高尚な作品だと思わせようとしてんじゃねぇ!」


 物語の本編で最も親密に付き合っていた相手は終始憎んでいて、エピローグで別の女と結ばれる。たしかに非王道だが、そんな恋愛ゲームが世に出れば五点満点のレビューで平均二点を超える日は永遠に訪れないだろう。それどころか、そもそもレビューが付かないかもしれない。


「あぁ、あとアレよ」


 思い出したように、玲奈が切り出した。


「最後の選択肢は《好き》か《嫌い》かだったでしょ? あの二択にしたのは、ちゃんと意図があるの。つまり、好き好きいってれば幸せになれるとは限らない。時には本当の気持ちを隠さず伝えることも大事ってことね」

「本当の気持ちを伝えた結果、ヒロインが爆死しても?」

「邪魔者が片付いたわけだから、良い結果に転んだでしょ?」

「主人公のタカはどんだけ恐ろしいことを考えて行動してんだよ。サイコパスか?」

「タカは普通の男子高校生よ。ただ、ハッピーエンドに向かう途中でサイコパスに進化するわ」

「サイコパスを便利に使いすぎだろ! 選択肢によって主人公の性格を変えるな!」

「幸せを掴むには、何かを変えないといけないの。リスクなしで成功しようなんて、そんなの創作の世界でだって本来許されるべきじゃないわ」


 一応本人は素晴らしいメッセージ性を持たせようとしているらしいが、いま終えた非王道恋愛ゲームの内容とはどうやっても結び付かない。単純に物語を書く力が不足しているのか? ……いや、それ以前の問題な気がする。

 窓の外を見ると、まだ昼間なのに空は暗く、相変わらず雨が降っていた。予報では夕方に止むといっていたので、あと数時間すれば帰りやすくなるだろう。

 パソコンの前にある椅子から立ち上がり、ベッドから俺の姿を追う玲奈に目を合わせた。


「もうゲームはいいだろ? 雨が止むまで漫画を読ませてくれ」

「いいけど、どれを読むのよ?」

「これだ」

 実は玲奈の部屋に入ったときから気になっていた最近人気の少女漫画を指差した。

「ふぅん。女子は少年漫画も普通に買うけど、男子は少女漫画買いづらいらしいものね。好きなだけ読んでいけばいいわ。でも、それってお手本のような王道恋愛ストーリーよ?」

「それでいいんだよ」


 許可を得ると、本棚から三巻まとめて取り出して机に平積みした。早速一巻を手に取り表紙をめくる。

 

  《美少女:あ~いっけなーいっ! ちこくちこくぅ~!》

 

 明日のデートの参考にするなら、最初からこの漫画を読むべきだった。

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