第14話

 ディスプレイに反射する玲奈の顔を見ると、にこにこと楽しそうな顔をしていた。自分の作ったゲームで遊んでくれていることが嬉しいのだろう。滅茶苦茶な内容だが、出来る限り最後までやってやろうと思った。

 

  《レイナ:それじゃあタカ、

       すぐに学校へ向かいましょう。転校初日から遅刻したら、人生の

       汚点を抹消するために生徒と教師を皆殺しなくてはなりませんわ。

   タカ :それなら学校にいく必要なんてない。

       あの学校にいる連中はしょうもない奴らばかりだ。

       死んだほうが世のためになる。

   黒服 :タカ、滅多な事を言うな。

       死んだほうがいい人間なんて一人もいない。

   レイナ:そうですわ。わたくしは平和主義者なんですもの》

   

「こいつらタカを殺そうとしてたし、なんなら生徒と先生を皆殺しにするとかいってたよな? さすがに思考回路がおかしいだろ。黒人の黒服が日本語ぺらぺらなのもアレだけど」

「簡単に人を殺そうとしてしまうくらいだから、このレイナ達は狂ってるの。レイナを前に、主人公はどう行動するのか? クリックしてみなさい」

 

  《=>「さっき俺を殺そうとしてたくせに」

     「薄汚れた偽善者など死んでしまえ!」》

     

「なんか選択肢っぽいのが出たな。明らかに片方が地雷っぽい選択肢が」

「まだセーブ機能つくってないから、失敗したら最初からやり直しよ。よく考えなさい」

「そんな状態で選択肢なんか作るなよ……」


 普通は上を選ぶべきだろうが、作者は玲奈だ。これは罠と考えて正しいだろう。

 下はヒロインを殺す選択肢だが、よくわからんがたぶんヒロインは殺し屋かなにかだ。自分を殺す度胸のある人間を好きになるかもしれない。まったくもって意味不明だが、郷に入れば郷に従えともいう。狂った世界観では、まともな回答のほうが間違っているかもしれないのだ。

 俺はマウスカーソルを動かして、下の選択肢をクリックした。

 

  《タカ :薄汚れた偽善者など死んでしまえ!

   俺は持ち前の運動神経を活かして、素早く黒服の腰から拳銃を奪い取る。

   銃口をレイナに向けて、迷いなく引き金を引いた。

   断末魔の叫びもなく、レイナは倒れ、動かなくなった。

   黒服 :お見事。レイナお嬢様を容易く殺してしまうとは素晴らしい。

   タカ :これで俺も立派な偽善者だ。さぁ、今度はお前が俺を殺せ。

   黒服 :いえ。私はあなたに惚れました。ともに世界を浄化しましょう。

   タカ :……ああ。そんな人生も悪くない。

   こうして、俺と黒服の世界を股にかけた偽善者の掃討が幕を開けた。

   待ち受ける結末は語るまでもないだろう。

   ――その後の、俺と黒服の関係も。

   

    Kurohuku End》

 

「……タイトル画面に戻ったぞ」

「あーあ、選択肢を間違えるから黒服エンドになっちゃったじゃない」

「なんだ黒服エンドって! あいつもヒロインの一人だったのかよ!」

「世の中は出会う人全員がヒロインになり得るのよ」

「そんな綺麗なメッセージ性を持たせたいならもっとまともなゲームで表現しろ!」

「あんたが明らかに間違ってる選択肢を選ぶからじゃない。わかりやすく作ったのに」

「深読みしたんだよ! 悪かったな!」

 文句を垂れつつも俺はゲームを最初から始めて、選択肢のシーンまで戻ってきた。

 誤ってクリックしないよう慎重に、今度は上側の選択肢をクリックした。

 

  《タカ :さっき俺を殺そうとしてたくせに。

   そうぼやくと、唐突にレイナは鞄に手を入れて何かを取り出した。

   拳銃だった。気に障る発言をした俺を今度こそ殺すつもりなのだと悟った。

   引き金が引かれる。こんなところで死ぬのかと、自分の発言を後悔した。

   黒服 :がは――っ! Why……You……。

   しかし、銃弾が貫いたのは黒服の心臓だった。黒服は力なく倒れ、息絶えた。

   レイナ:これであなたを殺そうとした奴はいなくなりましたわね。

       学校に急ぎましょう。ほんとに遅刻してしまいますわ。

   誰かを助けるとは、誰かを殺すこと。

   俺はまたひとつ、この世の仕組みを学んだ。

   従うべきは誰か。俺にとってそれは目の前にいる金髪美少女なのだろう。

   黒服の死体から拳銃を抜き取って鞄にしまうと、俺は主である少女のあとを

   追った》

   

 ゲーム画面が暗転して、背景絵がどこかで見た街角の風景から、教室の絵に変わった。


「両方ともバッドエンドかと少しだけ心配したけど、杞憂だったか」

「考えたけど、それじゃあゲームとして成立しないもの。それと、バッドエンドじゃなく黒服エンドよ」

「そこにこだわりがあるんだな……」


 お気に入りのキャラというわけか。東京にいるという玲奈の彼氏は、もしかすると黒人かもしれなくて、彼がモデルになってたりするのかと想像を巡らせたが、考えすぎだろう。

 

  《タカ :お嬢様が俺のクラスに来てくださって感激だな。

       もしかして、運命……?

   レイナ:そうかもしれませんわね。

       タカと同じクラスを願って拳銃をちらつかせたら、

       本当に叶ってしまいましたわ。

   ???:おいてめぇ、なんでこんなとこにいやがる。

   熊が敵を威嚇するときのような低い声に反応すると、

   まさしく熊のような見た目の筋骨隆々の男子生徒が立っていた》

   

「超展開が平常だから、どうなったら超展開かわからなくなってきたな。とりあえずこいつはアレだ。わかりやすい敵キャラだろ、王道のストーリーだと」

「そうね。王道だとこういった敵キャラ相手をヒョロガリ主人公が打ち負かす話が第一話で、それで読者や視聴者の心を掴むわけだけど、もちろんあたしはそんな陳腐な話にはしないわ」

「そうだとは思ってたけど、ネタバレするなよ」

「あっ、そうね。ごめんなさい」


 素直に謝られて、返す言葉に困った。普段尖っている玲奈にこういった普通の反応をされると、どう対応すべきなのか咄嗟に判断できなくなる。

 逃げるように「ああ」とだけで相槌を打って、ゲーム画面に集中した。

 

  《タカ :知り合いか?

   レイナ:ええ、そうですわ。この男はタカシ。敵対する組織の構成員ですわ。

   タカ :お嬢様、ここは危険です。俺の後ろに隠れて。

   レイナ:ちょうどいいですわね。

       あなたの実力をわたくしに見せてごらんなさい!》

   

「また説明が抜けてるぞ。名前を改名したのはレイナが主人公と自分の敵を呼び分けるためだろ?」

「必要ないわ。主人公の元の名前はタカシだけど、他は仮名なの。いまは全部の男キャラの名前がタカシになってるわ」

「もう突っ込まんぞ」


  《レイナを庇うタカを前に、タカシは拳をバキバキと鳴らす。

   タカシ:レイナも堕ちたな。こんなヒョロガリをそばに置くなんてよォ。

   タカ :俺はお嬢様に命を拾われたんだ。負けるわけにはいかない。

   タカシ:上等じゃねぇか。だがてめぇの運命はもう俺の手の中だ。

   タカ :でかいのは図体だけじゃないらしい。

   タカシ:ははっ! てめぇ……キレたぜ?

   タカ :ケツがか?

   タカシ:おもしれねぇ。おもしれぇが――ぶっ殺すッ!

   叫び、タカシは拳を振りかぶってタカに襲いかかった!

   

   =>「死ね!」

     死ぬ》

     

「また選択肢が出たぞ。また両極端な選択肢が。だけどもう答えはわかる」

「随分な自信ね。じゃあ選んでみなさいよ」

「正解は――こっちだッ!」


 俺は自分の推測を信じて、選択肢から《死ぬ》を選んだ。

 真面目な物語ならありえないが、玲奈の作ったこのゲームは真面目に見せかけたギャグシナリオなのだ。それが真理だ。そう考えれば、次の一文はこうだ。

 

  《熊を相手にしたときは死んだふりをしろと聞いたことがある。

   それが勝利の鍵だ。

   俺は殺意を身に纏う相手に対して、教室の床に膝から仰向けに倒れ込んだ》

   

 ほぼ、推測通りの文章だった。この先はわからないが、たぶん正解だろう。

 

  《タカシ:そんな……俺の闘気(オーラ)にやられて……。

       殺すつもりはなかったんだ。起きろ、起きてくれッ!

   レイナ:殺すつもりはなかったで済むなら警察はいりませんわ。

   タカシ:お前のいう通りだ……俺が罪を償うには、もうこれしかない。

       ここから飛び降りて、死をもって償うしか……っ!

   レイナ:ここは三階ですわ。落ちるなら屋上から落ちて確実に死になさい。

   その提案に首を縦に振り、タカシは教室を出て行こうとした。

   タカ :――待てタカシ。俺は死んじゃいない。

       だから、お前も死ぬ必要なんてない。

   タカシ:生きていたのか……っ!

       だがお前の命を奪おうとした罪は消えない。

       そうだ。この罪は、命の恩人同然であるお前のために使わせてくれ。

       今日から俺をお前の舎弟にしてくれ。それが俺の生きる道だ!

   タカ :俺はお嬢様のために働く。ならば、お前もお嬢様のために働け。

   タカシ:御意。

   レイナとタカシの敵対関係はこの瞬間をもって終わり、俺の学校生活から

   〝殺伐〟の要素は消え失せた。

   未来に待ち受ける青春に思いを馳せていると、

   始業のチャイムが室内に鳴り響いた》

   

「ここに選択肢をいれてタカシの舎弟じゃなく恋人になるタカシエンドも考えてるけど、まだ未実装よ」

「なんだよタカシエンドって。もうなんでもアリだな……この物語なら途中からSFでもファンタジーにも分岐できそうだ」


 非王道というより単に程度の低いシナリオを皮肉ったつもりだったが、ディスプレイに反射した玲奈は少し照れたように身体をもじもじとさせていた。……おめでたい奴だ。

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