第4話

「で、その後どうなったのよ」


 昼休み、俺を学食に誘った玲奈は、廊下まで伸びている待機列に並んだ途端にそう尋ねてきた。


「いきなりだな……。この学校の学食は初めて利用するんだから、普通そっちの質問を先にするだろ」

「あたしに『普通』とかって言葉を使わないでくれる?」

「わかったわかった。質問の仕方を変えよう。ここの使い方はわかるか? どんなメニューがあるか興味がないか?」

「使い方は昨日先生に訊いたわ。トレー持って、食べたい物の列に並んで注文する。決済は専用の電子マネーカード。あたしは昨日さっそくチャージしておいたわ」

「抜かりないな……。見事に同級生が転校生に学校のことを色々教える王道イベントをスキップしやがった」

「いかにもあんたの好きそうなイベントね。もちろん、あたしはそんなイベント発生させないわ」


 勝ち誇った顔でいうのではなく、腕を組み表情を変化させずに玲奈はそう答えた。

 待機列はぐんぐん進み、すぐに俺と玲奈の順番が回ってきた。

 俺は流れの早い日替わり定食の列に並んだ。今日はトンカツとご飯と味噌汁だ。玲奈はこういうありがちな定食も嫌いなのだろうか、と考えながら料理を受け取り、窓際のテーブルを二人分確保した。

 俺が椅子に座ると、玲奈は間を置かずにやってきて隣に座った。トレーの中央に海老天うどんがのっている。

 割り箸を割るなり、彼女は早速麺を啜った。特に感激した様子もなく、口をもごもごと咀嚼している。

 一口目を飲み込むと、彼女は割り箸を割ったばかりの俺に横目を向けた。


「で、その後どうなったのよ。まさか、さっきので話を流せたと思ってるつもり?」

「やっぱり訊くのか……。忘れてくれたと思ったんだけどなぁ」

「なによ。職員室の前から逃げた彼女を追いかけて掴まえて勢いで告白してはい恋人、ってだけでしょ? 別にたしかめたいだけなんだから躊躇わなくたっていいのに」

「そんなにうまくいってたら俺達はとっくに付き合ってるだろうよ。お前の言葉で説明するなら、王道の設定なのに王道のようにうまく事が運ばないから困ってるってところだ」

「あんたが告白すれば済む話でしょ? 告白してないの?」

「そう簡単にいうなよ……」


 悩み事を持ちかけられて食欲が減退していたが、なんとかトンカツを一切れ頬張った。


「なんだろうな。なんか、こう、決定打になるものがないというか……〝恋活制度〟ができて恋愛が軽くなったからかもしれないけど、どんなにときめくシチュエーションになっても、告白しろしろと強制されてる気がしてもやもやするんだよなぁ」

「あら、そういうこと? ……ふぅん。恋愛モノは恋愛を重く考えるからこそ成立するお話だけど、恋愛の軽い現代を舞台にすると、王道主人公は軽すぎて告白できなくなるのね」

「俺が長年抱える最大の悩み事だよ。思い切っていえば済むのかもしれないけど」

「いいえ、ちょっとそれはどうかと思うわね」


 告白を決心しかけたというのに、玲奈はかぶりを振った。否定されると、まだ脆い決意はぽろぽろと崩れた。


「よくないか? 曖昧な関係を終わらせるには、やっぱり決断するしかないと思うんだけど」

「あんた達小学校からの付き合いなんでしょ? それなのにまだどちらからも告白してなくて、どちらにも浮いた話がないなら、そのままじゃ駄目ってことなのよ」

「別に何もしてないわけじゃない。海にもいったし祭りにもいったし修学旅行もあった。俺と樹理の父親は同じ会社に勤める同僚だから、家族ぐるみでバーベキューをしたこともある」

「なんか、やっぱり夏って恋愛の季節なんだって再認識させられるわね」

「その恋愛の季節に相応しいイベントを何度も経験したのに、どうも駄目なんだ。状況に騙されてるだけで、本当に告白していいのかわからなくなって今日まで引き摺ってるって感じなんだ」

「そう」


 淡白に相槌を打って、海老天を齧ってから彼女は続けた。


「だったら、あんたも非王道を意識してみたら?」

「なんでだよ。俺にお前みたいな変人になれってか?」

「そんだけお膳立てされてもカップルになれないのは、あんたが主人公タイプすぎるからよ。だったら格を下げて、モブキャラになってしまえばいいわ。クラスメイト達はみんな恋人持ちなんでしょ? 格を下げれば、あんたも必ず同じようになれるわよ」

「お前、クラスから除け者にされても知らんぞ」


 幸い、聞こえる位置にはクラスメイトがいなかった。いたとしても、強気な玲奈ならば構わず同じことを同じように喋っていただろうが。


「モブキャラとか非王道とかいうけど、具体的にどうすればいいのか、俺にはアイデアがまったく浮かばない」

「一番はその型にはまった主人公気質を矯正することだけど、人の性格を変えるのは容易ではないわ。中身が変えられないなら、外を変えるしかないわね」

「行動パターンってことか?」

「そうね。どうせ、いままでは周りの雰囲気に身を委ねて、自分で強い意志を持って何かをしたことはないんじゃないの? 海にいったのだって祭りにいったのだって、誰かがそういったからでしょ? 修学旅行はほぼ強制だし。あたしがメインヒロインを嫌いなのは、きっかけを誰かに作ってもらうくせに、自分の手柄のように最後には主人公とくっつくからなのよ!」

「メインヒロインの話はいま関係なくないか?」

「主人公でも同じことよ。大概親友とか有能な先生が助言をくれて、その通りにしたら主人公とメインヒロインが結ばれました。めでたしめでたし、って感じじゃない! 攻略対象外とか適当な言い訳かまして、一番魅力のあるキャラクターをいいように利用するのよ! 主人公は!」

「すまん、なんの話をしてるんだ、お前は」

「ゲームの話よ! あんたもやったことないの? やったらあたしと同じようにメインヒロインが嫌いになるかもしれないわ」

「やるかどうかはともかくとして、お前がやってるのは男性向けの奴なんじゃないか? ターゲット層が違うんだから、製作者が最も売りたいキャラクターを好きになれないのはしかたないだろ」

「ゲームを引き合いに出したけど、これはゲームに限った話じゃないわ。バトル漫画は師匠ポジションがいなかったら成立しないことが多いし、恋愛ドラマはメインヒロインの過去に圧倒されて病む主人公を励ます脇役がいないとバッドエンドになる。そういう意味では、あたしは一人でなんでもする作品の主人公とメインヒロインは好きよ。現実的じゃないって批判が多くて、あまり人気はないみたいだけど、あたしからすれば周りに助けられなきゃ成立しない話のほうがずっと非現実的だわ」


 玲奈の趣味が男性向け恋愛ゲームなのはさておいて、いいたいことは理解できる。どの作品にも共通していえるのは、主人公というのは必ず幸運のステータスが高いのだろう。俺を主人公と連呼する玲奈の気持ちも、まあわからんでもない。俺自身が特に努力したわけでもないが、かわいい幼馴染と結ばれる寸前まできているのだからこれは幸運ゆえと思わなければより叩かれるに違いない。

 水を注いだコップを手に取り、玲奈はサイドテールを揺らして一口飲んだ。喉を潤してまた趣味の話を再開される前に、俺は機先を制して口を開いた。


「つまり、受け身になってるだけじゃなくて、行動しろっていいたいんだな」

「そういうこと。――気づいてるかしら? いまわたし、最高に脇役って感じじゃない?」

「それが喜ばしいことなのは共感できないけど、玲奈が転校してきたことによって何かが変わる予感はあるな。ただ、お前は怒るかもしれないかもしれないけど、それはそれで王道の脇役じゃないか?」

「もちろん、そのへんも対策済みよ。あたしをサポーターに選んだ以上、あんたを王道の主人公にはさせないわ!」

「おい、なんか急に話が飛躍してないか!?」


 樹理との今後を相談してはいたが、それを継続してやってほしいとまでは頼んでいない。だというのに玲奈は首を突っ込む気満々といった台詞をはっきりと言い放った。


「いいじゃない別に。減るもんでもないし。あたしに手伝いをさせなさいよ」

「そんなことしてお前にどんなメリットがあるんだよ」

「あたしは飽き飽きしてるの。恋愛の難易度が著しく低くなった現代にね。色々いったけど、あたしはこれでも隆志を評価してるのよ? あんたは恋愛の重さってやつをちゃんとわかってるもの。それを成就させるために、あたしにも協力させなさい」

「許可を求めるんじゃなく命令なのかよ。協力って、いったい何をするつもりだ」

「それはこれから考えるわ」


 器に残った最後の一本のうどんを啜り、海老天の尻尾を麺のなくなった汁に放り捨てると、玲奈は椅子を引いて立ち上がった。

 俺はご飯のお椀を左手に持ったまま、トレーを持ち上げた彼女の顔を見上げた。


「どこかいくのか?」

「まだこの学校に来て二日目だもの。昼休みの間に一通り見て回りたいのよ。考えたいこともできたものね。知ってるかしら? 歩きながらだと考えごとが捗るらしいわよ」

「知らん。そんなものどこで知ったんだ?」

「有名な哲学者のウィキ○ディアよ」


 どういった経緯でそんなページを閲覧したのか。無限に質問できそうなほどに彼女の言動には謎が多い。逐一聞いてたらそれだけで昼休みの時間が終わってしまいそうだ。

 やることがあるなら、引き止めるのも悪いだろう。ウィキ○ディアの件はテキトーに聞き流して、俺はトンカツの付け合わせのキャベツを頬ぼった。


「じゃ、そういうことで。また放課後に話しましょう」

「玲奈は部活には入らないのか?」

「まだ考えてないわ。それより、あんた達のことのほうが興味あるもの」

「それはそれは。物好きな奴だなぁ」


 若干の皮肉を込めた呟きに、彼女は微笑をこぼした。その反応を間に当たりにして、物好きという言葉は王道を嫌う彼女にとって褒め言葉なのだと勘付いた。今後、玲奈に対してだけはこの言葉を禁句にしようと俺は決めた。

 対面に座っていた女子がいなくなり、トンカツ定食を一人で寂しく処理しながら、俺は自身の学生生活を巻き込むであろう波乱を予感していた。結果がいいほうに転がることを願い、学食の喧騒のなかで静かにトンカツを齧った。

 トレーのうえの定食は、まだ半分ほどの量が残っていた。

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