第4話 本当に好きな人

その時右手に温かな感触があった、小さくて柔らかいものだ。


何度も感じたことのあるその感触は、懐かしさすらあった。


自分はこの手を知っている。


思わず手に力を込めた、気持ちが落ち着いていく。


(……愛している)

柔らかで優しい声が頭の奥で聞こえた。


包まれるような安心感がある。


目の前のミューズは相変わらず噛みつくようにティタンを罵っていた。


右手に感じるものに縋り付く。


支えが欲しい。


目には見えないが、じぶんの前にあるふわりとした存在をティタンは両手で包み込むように抱いた。


そうすると安心感や、ミューズに本心を告げる勇気がわいてくる。


「ミューズを愛している……」

何を言われようが嫌われようが、今後離れることがあろうが。


どう足掻いても、ティタンの心はそこに行き着くのだ。


優しく抱きしめたものが徐々に形となる。


「私も、あなたを愛している……」

ぼやけたものが形となる。


愛しい人が自分を抱きしめていた。


「ミューズ」

ふわりとした笑顔はいつも見る表情だ。


慈しむような、柔らかい笑み。


「ティタン様。私はあなたが好き。あなたとこれからもずっと一緒にいるわ」

ティタンの背中に回された手に力がこもる。


離れないようにと。


本当の、愛しい人だ。


この温もりも匂いも、紛れもなく自分の婚約者だ。


では目の前で自分を罵っていたあれは何なのだろう。


「お前は、誰だ?」

夢の中だとなんとなくわかってきて、それと共にはっきりしていく。


現実のミューズはティタンを否定しない、ひどい言葉で罵ったこともない、他の男と二人でいるなんてこともない。


ティタンから離れる時は、女性の従者や侍女が必ず側にいた。


第二王子とはいえ、王族の婚約者に不埒に近づく者は静かに排除されている。


ティタンを差し置いて肩を抱くほど近づける男性は、現実にはいないのだ。


夢とは、自分の心の中や気持ちを映すという説もあるが、ティタンはこんな夢を見るまで、ミューズが自分を嫌っているとは疑いすらしていなかった。


多少自分に自信がないものの、それらをはねのけられるよう努力をしていた。


ミューズは常にティタンを肯定してくれていたから、必要以上に卑屈になることもなかった。


そして彼女は、居るだけでも素晴らしい人なのに、ティタンのために更に努力をし続けていた。


互いを高め合い、認め合う存在。


最高のパートナーだ。


それを壊すように現れたこいつは、一体何者なんだ?


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