第5話 悪夢からの解放

「お前はミューズの姿をして、俺に文句を言いたかったのか?」

止まっていた時が動き出す。


罵られて落ち込んでいたティタンではない。


明らかに夢と気づいたのだとわかって、偽物のミューズは慌てて逃げようとした。


その姿を見てティタンは怒りを覚える。


こんな奴のせいで、自分は傷つき、ミューズに心配をかけたのかと。






夢とはいえ、現実に則した姿だ。


ティタンは服の内ポケットに手を入れあるものを探す、護身用に入れてあるナイフが変わらずそこにあった。


狙いを定め、力いっぱい偽物に向かって投げつける。


「!!!」

ナイフはミューズの姿をしたそれの背中に刺さり、ともに消えた。


暗い帳が上がっていく。






目を開ければ彼女の髪が見えた。


ふわふわな髪からは花のような芳しい香りがする。


回していた手に力を込めれば、柔らかな肢体、丸みを帯びた女性特有のものが、自分に触れているのを鮮明に感じる。


本物の、現実に生きて存在する愛しい人。


「ティタン様、もう大丈夫ですか?」


「あぁ。でももう少しこのままで…」

あと少し、あと少しと思いながら目を閉じ、いつしか穏やかな気持ちで眠りについてしまった。


抱き合って眠る二人は、従者であるマオに起こされるまで幸せそうに寄り添っていた。





「すっかり落ち着きましたね」


「うむ、あれからあのような夢は見なくなった。ミューズのおかげだ!」

元気にはつらつと笑うティタンからは、あのように悩んでいたのが嘘であるかのように、暗さが微塵もない。


二人で楽しく昼食をとり談笑していたところへ、マオが来た。


「ティタン様、間もなくお仕事になるですよ。そろそろ行くです」

マオの促しに、ミューズとティタンは席を立つ。


「また後でな」

親子くらいの身長差があるため、ティタンは少し屈んでから、額に口づけをする。


ティタンは最後にミューズの髪を撫でると、仕事場へと向かった。


その後ろには護衛騎士のルドが無言で付き従う。





「ティタン様は良い人ね」


「良い人です。ですが少し、もう少しだけしっかりして欲しいのもあるです」

マオはミューズと二人で話しをするために、少々早めにティタンに声を掛けた。


ティタンはそれに気づいていない。


自分の従者を信じているからだ。


「ねぇマオ、誰がティタン様を傷つけたの?」

ミューズは怒っていた。


抵抗も出来ないような夢の中で、悪趣味なものを見せて、苦しめて、許せるわけがない。


相談を受けて、すぐに夢の事象を調べた。


夢魔、夢渡り、凶夢、正夢、白昼夢、明晰夢、ナイトメア、エンプーサ……。


数々の文献と、詳しい人からの話を聞いた結果、他者から悪夢を見せられたのではと疑った。


「夢でも人を殺せるわ」

それをティタンに向けたとは、許し難い行いだ。


「私から、ティタン様を離そうとしたのかしら」

ティタンは王族であるが、彼を軽んじるものも多い。


ティタンが王族として必要な魔力を持たない事、そして第一王子、第三王子と比べて勉学に疎いという事で、侮られていた。


そのためティタンの魔力の低さを補うため、そして臣籍降下しても生活に困ることがないようにと、王命にて幼き頃に公爵令嬢のミューズと婚約を結んだ、とされている。


ミューズは公爵の一人娘、その夫はゆくゆくは公爵となる事が決まっている。


その地位を狙っているものは多い。




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