ピノピノトンネル(ピノピノの音にハマってはいけない話)

「あなたは疲れ過ぎなのよ。休日くらい都会から離れてみたら?」


 久しぶりに休みが取れた私は、友人とランチを食べていた。


「旅行?あまり遠いところには行きたくないな……」

「こんなのはどうかな?」


 友人はスマホを開き、とあるものを見せる。


「ここに行ってみない?」


 [中に入るだけで癒やされる、ピノピノトンネル]


「貴女には癒やしが必要なのよ」


 次の日、私たちはピノピノトンネルがある街の方へ向かった。

 そこから、二時間くらい山を歩いて、やっとピノピノトンネルにたどり着いた。


「ここがピノピノトンネル……何だか不気味だね……」


 私は、本当にここで癒やされるのか疑問だった。

 全長千メートルクラスで、古く昔に作られたようなトンネル。

 辺りの草木はボーボーだった。使われなくなってから二十年以上も経っているという。


「早速、入ってみようか!」


 ピノピノトンネルへ入った。

 仲はとてつもなく不気味で、癒やされる雰囲気など微塵も感じられなかった。

 トンネルを奥まで進み、折り返す。


 癒やされる音なんて、一切聴こえない。

 こうして、折り返しの半分まで歩いたとき、友人は足を止めた。

 それから、一五分間。友人は足を止めたまま動かなかった。


「ねえ、何だか怖いよ。もう戻ろう」

「……………………」


 友人はトンネルの中で、ずっと黙っていた。


「ねえ?聞いてる?」

「黙って!今、真剣に聞いているから!」


 いつもとは様子がおかし友人に私は驚く。

 何かがおかしい。


「何を聞いているの……?」

「聴こえないの?ピノピノの音よ」

「ピノピノの音?」


 私は、ピノピノの音というワードに首をかしげてしまう。


「そう……仲間が増えると思ったのに」


 友人は残念な表情を浮かべる。


「お昼ご飯を食べに街の食堂に戻ろうか!」


 友人の目が先ほどの死んだようなものから生き生きとしたものに変わった。私はその急激な変化に恐怖した。


「ピノピノの音って何だろう?」


 私は、友人が話していたピノピノの音というものは何か気になっていた。

 パソコンの検索サイトで「ピノピノトンネル ピノピノの音」と調べてみる。


「ピノピノトンネルに入ると聞こえる音の名称。聞いていると心を癒やす効果が期待できる……え?」


 ピノピノの音の追記に私は戸惑ってしまう。


 [ピノピノの音は通常の人には聞こえません、聞こえる人は限られた人で、深刻な鬱病に苦しんでいる可能性があります。ピノピノの音という言葉を口にしたら、その人の心の傷に耳を傾けてください]


 いつも明るく、私に気にかけていた友人が鬱病?

 私は、ピノピノトンネルでの特定の会話を振り返る。


『そう……。仲間が増えると思ったのに』


 友人が私にピノピノトンネルを誘った理由がわかった。

 ブラック企業に勤めて精神がやられていた私を見て、この体験を共有できる仲間がいるかもしれない、だから友人は私をピノピノトンネルに誘った。


「つらいなら、つらいと言えばいいのに……」


 私は、思わずスマホから友人へ通話をかける。


「もしもし……?」


  友人の声がいつもと違って弱々しかった。


「貴女。今、一番つらいでしょ?」

「……え?」

「自分が苦しんでるのに、私ばかり心配してくれて!」

「気づいていたの?」


 呆気にとられる友人。

 大切な人が辛いとき、気にかけてやれないやつは友人と名乗る資格はない。


「明日、温泉旅行に行くからね! 拒否権は無いから!」


 これは、いつも私へお世話してくれる友人への恩返しだ。

 ピノピノの音以上の癒しを友人に提供するつもりだ。


「……ありがとう」


 友人は涙声で感謝する。

 私は会社の上司に「三日間、追加で休みます」と有給休暇の連絡を入れた。


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