あの山(友人でもあの山の誘いに乗ってはいけない話)
夏休みが終わるまで、残り三日。
休みのほとんどを部屋で過ごし、不規則な生活を続けていた俺の元へ、友人から一泊二日のキャンプ旅行に誘われる。
冷房の中でゲームばかりしていた俺にとって、その誘いは魅力的だった。
「ふふ、楽しみにしているからね」
二つ返事で快諾し、「またね」と切ろうとした瞬間、通話が切れる前の一言に、俺はなぜか寒気がした。
次の日、友人が約束の時間よりも早く迎えに来る。迎えが早すぎるので、準備はまだ終えていない。
なのに友人は「まだ?」と子供のようにせかしてくる。
いつもなら、冷静沈着な友人を知っているため、目の前の友人に違和感を覚えた。
「ごめんな、まだ準備を終えていないから。最近買ったこの漫画でも読んでいてよ」
俺は違和感の正体を突き止めるため、とある漫画を渡してみる。
「……わかったよ」
待つことが嫌なのか、友人は嫌そうな表情で漫画を受け取り、読み始めた。
(やっぱり、こいつは友人ではない。偽物だ)
俺はそう確信した。
なぜなら、この漫画はこの友人に借りたものだ。
いつもの友人は、礼儀に厳しい男で、借りた漫画を自分の者のようにする行為は大激怒するはず。
そんなことを知らずに、友人の偽物は渡された漫画を楽しそうに読んでいた。
この漫画は、何度も読んだと友人が言っているので、ヒーローを間近で見た子供のような反応をするはずがない。
核心を突くために、スマホを取り出して確認する。
数分後。
「今日のキャンプはやめておくよ」
「え?」
スマホを使って確信が持てたので、友人の偽物に断りを入れる。
しかし、偽物の友人は、どうしてもキャンプに行きたかったのか、「嫌だ!」と子供のようなワガママを言ってきた。
なぜ、大切な友人を騙る偽物とキャンプに行かないといけないのか。
「ワガママを言うんじゃない!」
俺は頭に来てしまい、偽物の友人に向かって叫んだ。
「何で……ママみたいなことを言うの?」
友人の偽物はひとこと言い残して、消えていった。
「怖かった……」
俺は、偽物の友人についていってしまったらどんな目にあっていたのか、恐怖でドッと汗が噴き出す。
夏休み明け、教室で本物の友人と再開して、先日の出来事を話す。友人は「あの山」というキーワードを聞いて、嫌な表情を見せる
。
彼は幼少期の頃、「あの山」にいる何かに引きずり出され、川に溺れてしまい、生死をさまよったというトラウマを持っている。
俺は[借りていた漫画の件]で目の前の友人が偽物だと気づき、メールで本物の友人に確認を取ったのだ。
すると、「今、祖母の家で従兄弟たちと集まっている」と返答が来て、先日の友人が偽物だと確信した。
友人が偽物だということを気づくのは、至難の業だった。
子供っぽい言動だったが、通話をした際の電話番号は友人と一致していたからだ。
友人と偽物の性格が似ていたなら、全く気づかなかっただろう。
「何より、お前が無事で良かったよ」
友人は、俺が「あの山」の脅威から無事だったことに安堵する。
「あの山」では、数十年前に山で行方不明になり、そのまま遺体として見つかったキャンプ好きの少年の霊が存在する。
少年の霊は、「あの山」で永遠にキャンプをする仲間を探している。
そのために、子供の身内を騙り、「あの山」でキャンプをしないかと誘い出してくる。
誘いに乗って、「あの山」へ行ってしまった人間は、行方不明になってしまうのだ。
だからこそ、「あの山」への誘いには、身内からでも絶対に乗ってはいけない。
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