第05回:伝統と進取の常滑焼

常滑とこなめ焼はその名のとおり、現在の愛知県常滑市を中心に生産される焼物で、瀬戸・越前・信楽・丹波・備前・常滑を日本六古窯と呼びます。もともと、愛知県のある東海道地方は陶芸が盛んで、現在の愛知県中央部にある猿投山の猿投窯では、古墳時代から陶器(須恵器すえき)が焼かれていました。この猿投窯が、瀬戸焼と常滑焼の母体になりました。


■北部に伝わった焼き物が瀬戸焼に、南部に広がったのが常滑焼になったとされますが、愛知県は日本三大古窯の渥美窯もあり、近隣に多くの古窯があるため、学者によっても意見が分かれています。初期の常滑焼は樹木や藁の灰から作った灰釉の陶器が主で、確かに猿投窯の影響を感じますが、猿投窯には見られない大型の甕や壺も焼かれていました。


■遣唐使によって大陸からもたらされた喫茶の習慣は、室町時代から戦国時代にかけては侘び茶へと発展し、それに伴い茶道具の需要が高まります。特に茶碗や水指、茶入などの陶器は芸術的な価値が高まり、戦勝の恩賞として与えられるほどになったのです。織田信長や豊臣秀吉らは茶の湯を奨励し、茶道具は高額で取引されるようになりました。


■当初は大陸や韓半島からの輸入品が珍重されましたが、次第に日本人の美意識に見合った物を注文するようになり、国産の茶道具が伸長するようになります。自然釉や粗い地肌を持つ常滑焼は、その素朴な味わいが評価されて茶道具として茶碗や水指、また大型の甕や壺を焼く技術にもともと優れていたため、茶壺でも名品を生みました。


■しかし、他の産地が台頭する中、今ひとつ際だった個性がなかった常滑焼は、江戸時代に入るとやや衰退します。生産の主力も大型の甕や壺、蛸壺や火鉢などの、日用陶器の生産が主流となります。もちろん、花器や茶瓶などで今日では評価される名工も何人か出ましたが、同時代の全国的な評価は、まだまだ地方の窯という範疇に収まる物でした。


■常滑焼が、茶の湯の世界で大きく評価されるようになったのは、煎茶せんちゃ道の発達によるところが大きかったのです。茶道では、伝統的な粉末にした抹茶(碾茶)を使いますが、煎茶道では当時の新しい技法である煎茶を使います。抹茶は収穫した茶葉を揉まずに乾燥させて粉末状にしますが、煎茶では茶葉を蒸して揉んで、針状に仕上げる点が違います。


■煎茶道の開祖は日本三大禅宗のひとつ、黄檗おうばく宗の開祖・隠元いんげん隆琦禅師とされます。この時代に中国から最新の喫茶方法である煎茶が伝わり、格式が高くなり過ぎた茶道に対して、もっと格式ばらずにお茶を楽しみ、肩の力を抜いて語らうことを主な目的とした点が、多くの人間に支持されます。国内での茶の生産力が高まると、庶民にも煎茶が普及します。


■今日の中国茶はさまざまな種類がありますが、基本的なところでは急須を使ってお茶を淹れ、その香りと味を楽しむというスタイルが主流です。その時に使われる急須は、赤茶色をした物が主流です。これは赤い染料を混ぜて発色させた物ではなく、作られる土が鉄分を含んでいるためです。人間の血液が赤く見えるのも、同じように血中の鉄分が原因です。


■中国では江蘇省の宜興窯の急須が珍重されており、その地肌の発色から『朱泥』とか『紫泥』と呼ばれます。これは陶器と磁器の中間的な性質を持つ炻器と呼ばれる焼き物に分類され、磁器の持つ堅さと陶器の持つ暖か味ある雰囲気を併せ持ち、使い込むほどに味わいが出るという特徴があります。しかし日本では長らく再現が出来ない焼き物とされてきました。


■しかし常滑では江戸末期に、医師の平野忠司が、趣味で収集していた宜興窯の急須と常滑の陶器に、共通点があることに気づき、朱泥の再現を試みます。そして平野の指導を受けた杉江寿門堂が、ついに朱泥焼きの再現に成功します。また明治になると、江蘇省徐州市出身の中国人文士・金士恒が来日し、宜興窯の製法を伝えます。


■常滑はこれ以降、急須の一大生産地になります。また、急須作りの名工として山田常山が出て、三代目常山が重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されるなど、多くの人材を輩出しています。近代になってからは、平安時代から続く大型陶器作製の技術を生かして、帝国ホテルにも使われた装飾用素焼き陶器や、土管などの生産にも力を入れています。


■常滑は不遇の時代であった江戸時代後期にも、海藻を被せて焼くことで独特の景色をつける『藻掛け』の技法など、先進的な技術開発に意欲的な土地柄でもあります。近年は常滑市立陶芸研究所の設立もあり、若手陶芸家のモダンなデザインの作品が数多く生み出されており、伝統を継承しつつ新しい物を生み出す気風が、脈々と受け継がれています。

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