第02回:織部焼を生んだ時代

■博多の豪商・神屋宗湛は戦国武将との交流深く、彼が書き残した『宗湛日記』に、慶長四年(一五九九)二月二八日に開かれた伏見での茶会の記録が残っております。主催者はふるおり。客は宗湛と毛利輝元と毛利秀包の三人。日記には、その時の茶器がこう記されています。


 ウス茶ノ時ハ、セト茶碗、ヒツミ候也、

 ヘウケモノ也


■この「ヘウケモノ」とは、現代文に訳すと「剽げ物」となりましょうか。剽げるとはおどける、ふざけるという意味がありますが、この場合は現代の「ひしゃげる」の意味に近いようです。いずれにしても、轆轤ろくろを使い左右対称形を基調とした、焼物本来の端正な姿と違い、わざと歪みひしゃげさせた瀬戸茶碗を織部が使用していたことが、ここから類推できます。


■ちなみに、織部はこの茶会で同時に高麗茶碗も使っています。高麗とは、韓半島の高麗王朝(九一八〜一三九二)のことですが、この場合の高麗茶碗は高麗王朝で作られた茶碗ではありませんので、少し注意が必要です。元々は千利休せんのりきゅうが京都の瓦師・樂長次郎らに作陶させた、歪みのある利休好みの茶碗を、いつしか高麗茶碗と総称するようになったのです。


■茶の湯の最高権威であった千利休が認めたという点と、もともと日本人には左右非対称の不完全な物を好むという嗜好がありましたので、これらは『歪み茶碗』などと呼ばれ、茶人に広く受け容れられ珍重されました。この結果、日本人好みの歪みを持つ韓半島の日用雑器が輸入され、これら輸入品と国産品とを併せて高麗茶碗と呼ぶようになったのです。


■さて織部焼といえば、緑釉と銹絵と斬新な意匠が特徴と言われます。銹絵とは志野焼などで発達した、鉄分を含む釉薬で黒や茶色を発色させ、文様や絵を描く技法です。織部焼は、白い発色の長石釉や緑釉の掛け分けによって、陶器の地色の発色を明確にし、そこに銹絵の大胆な文様や絵が入る意匠が多くあります。


■織部の茶器は、多くの茶碗を見てきた宗湛をして「ヒツミ候也、ヘウケモノ也」と書かせたほどですから、よほど斬新な造形であったことがうかがわれます。しかしこれは、突然変異的に誕生した焼物ではなく、日本陶芸史の延長線上に生まれた焼物です。なぜなら織部焼は、美濃焼の黄瀬戸や瀬戸黒の技術、志野焼の銹絵技法などを取り入れつつも、表現自体により軸足を置いた陶器だからです。


■例えば陶器というのは、轆轤の普及以前、それこそ縄文式土器や弥生式土器の時代から、円形が基本です。ところが織部焼では、三つの円形を組み合わせた形の『洲浜形』や、菱形をずらして重ねたような鋭角的な縁をいくつも持つ『松皮菱』、曲線と直線を組み合わせた『扇』など、他国にも類をみない独特の意匠が、数多く生まれました。


■宗湛から「ヘウケモノ也」と評された歪みは、伊賀焼の影響が論じられています。伊賀焼や信楽焼や備前焼などの陶器は、表面を素地のまま高火度で焼成するため、『焼締陶』と呼ばれます。もともと水指や花生などの生産が盛んで、多様な釉薬や描画が中心の陶器に比較して、新しい造形の陶器が生まれやすいのです。歪みもそういう伝統から生まれました。


■織部焼とは技術革新に重きを置くのではなく、既存の技術を組み合わせ、芸術的表現を追求した陶器と分類できす。外国の模倣から日本独自の美の追究へ。それは天下統一がなった桃山時代、各地で独自に育まれた作陶技術が交流し、融合した結果なのです。しかし伝統技術を踏襲しながら、織部焼は日本陶芸史の中でも、突出して斬新です。なぜでしょう?


■それは貧農から天下人になった豊臣秀吉に代表される、実力ある者がのし上がれるという、時代の精神の反映だからではないでしょうか。例えば室町期から江戸期に掛けて、婆娑羅バサラ歌舞伎かぶきものと呼ばれた、奇矯な振る舞いをする人々がいました。しかしそれは、ただの無軌道ではなく、既存の権威を否定し、新しい価値観を創造する息吹でした。


■江戸前期の旗本奴が、単に現状への不満から、無目的に反社会的な行動に出たのと、婆娑羅や歌舞伎者は違います。格式や型を知らなければ、ただの形無しであり型破りにはなれません。正統な格式や型を知るが故に、それを乗り越え新しい価値観を創造する。能の世阿弥が言うところの『守・破・離』の精神を体現したのが、織部焼ではないでしょうか。


■しかし江戸時代になり、身分秩序による安定した治世が続くと『破』や『離』はなくなり、権威と伝統とを墨守する『守』の時代となります。幕府御用絵師となった狩野派が、伝統の保持と模倣に終止したように、陶器もまた、利休好みの茶器に回帰していきました。時代が変化し、近年ようやく織部焼の独自性への再評価が進んでいます。

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