最終話 アポロ
「行こう」
少年が僕を見る。僕も見返す。
暴力で訴え、相手を屈服させ、倒すためじゃない。
少年漫画だとしたらなんてつまらない決着なんだ、と思う。
盛り上がりもなにもない、もしかしたら逃げみたいな手かもしれない。
でも、誰も傷つかない方法だ。平和的な解決。
現実的に考えたら、これが一番。最善の策なのだ。
戦うだけが勝負じゃない。いかに相手の信念を叩き折るか。
僕はそういうのが、邪道っぽくて好きなのだった。
百の軍勢に、一人で挑む僕の姿。
カラーで見せられたら、なんて迫力があるんだろうって思う。
にやりと笑いながら、僕は吠える。なんだか、雰囲気が出そうだから。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおりゃぁあああああッ!」
勇架らしいね、と絵空に最後に言われた。
勝手にしなさいよ、どうせ止まらないんでしょう? とも。
せーせーするわよ、とロコットに言われた。
いつでも、か、帰ってきていいからね、アポロのためにも! とも。
じゃあ、あとは私に任せろ、と先生は業務連絡だけで。
そして僕はまりに、口パクで伝えた。
「アポロを頼む」
まりは最後の最後で、少年を裏切り、逃亡した。
アポロの元へ、駆け出した。
僕は、アポロの事は、もう見なかった。
見てしまったら、帰りたく、なくなってしまうから。
この選択を後悔してしまうから。
僕はもう戻れない。
だから見せつける。この世界の人々に!
見てろ!
これが羽場勇架という、現実世界じゃただのオタクの、生き様だ!
―― ――
エピローグ
目覚まし時計が鳴る。
嫌々ながらも僕は起き、制服に着替えた。
いつも通りなのだけど、学校に行くのが億劫だった。
だってただ勉強してくるだけなんだよなー。
特訓とか、専門知識とか、新しい情報とか、知る機会があんまりない。
あっても、興味のないものばかりだし。
「一週間って、こんなに長かったんだなー」
異世界にいた二か月ほど、あっという間だったのに。
やっぱり僕はあちら側の方が向いているらしい。
こちらの世界は、基本的に退屈だった。
まあ、オタクなので、そういう方面での楽しみはたくさんあるんだけど。
「新作ゲーム発売日まで、結構あるなあ」
今から二週間後だ。普通に楽しみにしている。
お小遣いも節約して貯めているのだ。僕は意外と計画的な男だ。
アポロが言っていたけど、馬鹿じゃないんだからね!?
そう言えば。
絵空が異世界に行っている間、
こっちではどうなっているのか気になったので、久しぶりに絵空の家を訪ねてみた。
絵空の母親……僕はおばさんと呼んでいる。
おばさんが出てきたので軽く挨拶をして、テキトーな理由を付けて絵空の事を聞いてみたら。
どうやら失踪しているらしい。おばさんは重く捉えていないようで、しばらくしたらひょっこりと帰ってくる、と思っているらしい。
行方不明になってからまだ数日だし、と言っていた。
あれ? 一年前から絵空はいなくなっているんじゃあ……。
異世界とこの世界とでは、時間の流れが違うのかもしれない。
「わりと長く向こうにいたから、心配かけていると思っていたけど」
普通に学校をサボっただけになっていた。
戻ってきてから次の日、学校に行ったら雑談程度に聞かれただけで、お咎めなし。
親へ連絡もされていない。ただ書類上で欠席扱いになっただけだ。
それは助かったけど。
クラスで妙に目立ってしまった。嫌な目立ち方だ。
僕はオタクであって、不良ではないからね、とはフォローしたけど。
そんなわけで、僕はクラスで少しだけ扱いが変わってしまった。
なのでちょっと居心地は悪いのだけど、まあ。
オタク友達はなんとも思っていないようなので、いつも通りに付き合えている。
たった一日なので、溜まったアニメの消化も、週刊誌も見逃すこともない。
話についていけていたので安心した。
そして、今日も同じ一日が始まる。
鞄を持ち、一階へ向かう。
朝飯は食パンがあったような、と考えていたら、
「あ」
ずりっ、と音が聞こえた。
――階段、踏み外した!?
「う、あああああああああああああっっ!?」
階段の角が目の前にあった。
馬鹿馬鹿しいかもしれないけど、階段から落ちて死ぬことなんて普通にある。
人間なんだもの、強い衝撃で無傷な方が珍しい。
ディアモンだったら無事かもしれないけど。
今の僕は普通の人間なのだ。死ぬか無事か、分からなかった。
僕は恐くなり、目を瞑る。だから瞬間を、僕は見逃した。
浮遊感がなくなり、衝撃が消える。
痛くはないけどちょっとの段差から落ちた程度の衝撃があった。
うつ伏せで、地面にキスしそうな感じになっていた。慌てて顔を離す。
「あ、れ……?」
目を開ける。
見えるのは赤い絨毯。
入口から敷かれている。辿って行くと、部屋の中心、白い台座まで繋がっていた。
部屋は広い。全体的に白く、天井は高い。まるで、教会?
結婚式でもできそうな舞台だった。
「で、できた……」
すると、女性が駆け寄ってきた。
そして僕に手を伸ばす。
反射的に手を出してしまった。
掴まれ、引っ張られ、僕は女性と目線を合わせてしまう。
引き込まれそうになった。それくらい、綺麗で、魅力的な女性だった。
「あ、えと」
僕はもごもごと言ってしまう。普通に照れが先行した。
女性は、先が尖がった魔女のような帽子を被っていた。
黒いワンピースを着ている。体の線がはっきりと出ていて、なんだかエロいな、と思った。
帽子から見える白い髪の毛。真っ白な肌。
鎖骨や肩が出ていて、なんだかだらしない人だなあと思ってしまって……ん?
そういえば。
掴まれた手。指は細く、白くて、冷たくて。
誰かを連想してしまうのだけど、いやいや。似ているけど、だって。
「う、あ」
女性が僕を見て、瞳に涙を溜めながら。
「勇架ーっ!」
僕をぎゅっと抱きしめた。
間違いない。成長している。この女性は、
「あ、アポロっ!?」
僕よりもちょっと身長が高い。
なによりも、僕に前から押し付けている胸が一番、成長したかもしれない。
ぎゅうぎゅう、と何度も抱きしめるアポロは、狙っているのか!?
天然とは思っていたけど、この年齢での天然は破壊力が桁違いだ!
僕はアポロを引き剥がす。再会は嬉しいけど、これは僕がもたない。
アポロのその成長した後の姿は、反則だろう。
「勇架、会えて、嬉しい」
それは、僕だって。
「僕からしたら、たった一週間程度なんだけど、アポロからしたら、長かったよな」
「うん。やっと、勇架と同じ年齢になれた」
へー。ってことは、いま十六歳なのか。……十六!?
「うん。だから」
アポロが顔を近づけ、僕にキスをした。
ちゅーではなく、キスを。
ほっぺたではなく、唇に。
ファーストキスが、奪われた!?
「勇架のあの時の言葉、忘れてないよ?」
――もしも同じ年齢だったら、考えていたかもしれないけど。
確かに、言った。
忘れるはずもない。最近で一番、強烈な記憶なのだから。
そして僕はこうも付け加えたはずだ。
いや、考えない。
反射的に好きになっていると。
アポロの求婚を、受け入れていると。
今、そういう状況なのだろう。
「勇架。大好きだよ。ずっと、この気持ちは変わらなかった」
僕の頬に手を添えて。
「うむは、勇架との子を産みたいの」
もしもそれがこの世界ではタブーなことだとしても。
許されない、非人道的な行為なのだとしても。
僕はアポロの意思を尊重する。
いやいや、アポロを優先にして、誤魔化すのはやめよう。
僕がそうしたいから。
僕が、アポロのことを、これでもかってくらい、大好きだから。
「よ、よろしく、ね。マスター」
なんだか恥ずかしく、ちょっと誤魔化した。
まあ、これが僕なのだろう。
格好つけようとしても、世間のイケメンと同じようにはできない。
僕らしく。僕のままで。
その【らしく】に、アポロは惚れてくれたのだから――。
―― 羽場勇架:ディアモン編 完 ――
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