第27話 アポロとまり

 飾る気のない真っ黒なジャージを着ている駆さん。

 ちゃんとおしゃれをすれば格好良く見えるだろうに。

 彼はぼーっと突っ立ったまま、敵であるまりを見ていなかった。

 やる気がないのがひしひしと伝わってくる。嫌々感しかなかった。

 逆に、まりは屈伸したり足首をぐりぐりと回したり、準備運動に余念がない。

 しなくてもいいだろうに。

 準備するまでもなく常に運動しているように騒いでいるんだから。


「それじゃあ始めましょうか。アポロさん、いつでもどうぞ」

 当たり前だけど、アポロが先手を取る。

 先生が先手を取ったらそれだけで勝負が決まってしまうかもしれないし。

 それに、審査する側としては、相手を見なくては目的が達成できない。

 一撃で沈めてしまってはなにを審査すればいいのだろうか。

「まり、行ける?」

「うん! かるーく、小手調べしてくるよ」

 まりは言葉が終わると同時に駆け出した。

 陸上部のような構えからのスタートダッシュ。距離は数秒もかからず縮む。

 その勢いのまま跳躍し、両足同時の蹴りを駆さんの顔面に。

「あれ?」

 けど、当たらない。

 ドロップキックは空を蹴り、まりは着地する。

 まりばかり見ていたから気づけなかったかもしれないけど、駆さん、いつの間に避けたんだ?

「駆。六割の力ね」

「はいはい」

 駆さんはテキトーな感じで先生に手を振り、答える。

 首をひねり、こきこきと音を鳴らす。そしてまりを見つめた。

 眼差しは獲物を狙う鷹のように見える。

 そして敏感に察知したのは、猫だった。ああ、まりのことだけど。

 能力の影響で出現したらしい猫耳が、ぴくぴくと動く。

 駆さんから目を離さない。じっと見る。一挙一動を見逃さないよう。

 けど、些細な動きは捉えられなかった。僕は微かに見えた。

 見えた、というよりは、感じた。

 駆さんは右拳を握った。

 力が少し入る程度。見逃してしまっても、責められるようなことではない。

 瞬間。


「ふえ!?」

 まりの素っ頓狂な声が出る。まりの目の前には、駆さんがいた。

「どうしてこんな急に……っ!? 瞬間移動っ!?」

 違う。

 瞬間移動は点から点への移動だと僕は思っている。

 だから、そうではない今の現象は、瞬間移動じゃない。

 それに。

 まりは目の前に駆さんが現れただけだと思っているから気づけていないけど、外側から見ていた僕は分かった。

 瞬間じゃなくても、移動したのはまりの方だった。

 速過ぎて目では追えなかったけど、残像は見えた。

 ぱっと消えてぱっと現れる点と点の移動ではなく。

 点と点を繋ぐ線を辿る移動だった。

 でも、こうして状況を把握している僕だって、駆さんの能力がなんなのか分からない。

 相手を移動させる能力? 

 だとして、対処法や、突くべき隙なんて分からない。

 アポロは、どうなのだろう。予想は、できているのかな?

「むー」

 できていなさそうだった。超、悩みまくっている。

「首トンで気絶させられるだろうか」

 駆さんはそう呟いて、近づいたまりの首を、手刀で狙う。

 首トン。僕も何度もやりたいと思っていた。駆さんとは話が合うかもしれない。

「い……やっ!」

 迫る手刀を手の甲で弾く。

 まりはすぐにバックステップ。距離を取る。

 でも、取ったところでさっきみたいに移動させられては、どうしようもない。

「なに今の!? マスターちゃんっ、どうすればいいの!?」

「どーしよっか」

「なにそのやる気のなさ! 他人事だと思ってっ!」

 アポロが、むっ、と反応。

 まり、アポロはこれで真面目なんだよ。

「まり、距離を詰められる前に、攻撃を当てちゃえばいいんだよ」

「ど、どうやって!?」

「ほら、特訓の時に二人で作った技。名前は、えーと……」

「モグラ叩き!」

「あ、それ可愛い!」

 決めてなかったのかよ。

 咄嗟の思いつきが採用されたらしかった。

 僕、口を出していいのかなあ? 

 外側から見ているとアポロ達の隙の多さが凄い目立つ。

 駆さんもアポロとまりのやり取りの間に動こうとしているし。

 後ろからグサリであの世いき、とか、普通にできそう。

「だめですよ駆」

 すると先生が駆さんを止めた。

「あの二人がどう戦況を動かすのか、興味がありますから」

「俺との密談くらいは普通に話せ。気持ち悪い」

「いいから言うことを聞けっての」

 密談が思い切り僕に聞こえてるんだけど。

 聞かなかった振りをしていればいいのかな?

「まり、モグラ叩きだよ!」

「まっかせてー!」

 わざわざ大声を張り上げて攻撃宣言。

 ばれないように攻撃してしまえばいいのに。

 まあ、なんか卑怯だから、避けるのは分かるけどさ。

 大声に勝る大きな動きで、まりは拳を握り、真下の地面を叩いた。

 ディアモンは頑丈にできている。

 地面を思い切り殴れば傷ついてしまう手も、無傷だった。

 それでも地面を割る程の力が出るわけじゃない。

 力に合った結果だ。

 まりが叩いた地面は、なんともなく。

 しーん、と沈黙が場を支配する。

「えっと……」

 先生が困ったように声を出し、

「(……駆、どうにかして間を持たせて!)」

「……その必要はねえよ」

 駆さんは周りを警戒している。僕も気づいた。音が聞こえた。

 がりがり、と削っているような音が。

「ッ!」

 まりの能力。

 運動を【変更】させる能力だと本人から聞いている。

 たとえば跳躍した後、二段跳びのように、【方向を変える】事ができる。

 まりは今まで、それにしか使っていなかったけど、アポロの提案で運動の増幅という変更も可能になった。

 そして、一度の運動で、二度までの変更が、特訓のおかげでできるようになった。

 今、まりは地面を叩き、真下へ向かう運動を斜め上へ、変更。

 加えて、威力を増大させた。

 まりから生まれたその攻撃。

 駆さんの鼻先を、地面から飛び出してきた衝撃が襲う。

 見えないけどその衝撃は、鋭利な槍のようなものだと想像させる。

 咄嗟に頭を後ろに振り、避けなければ、駆さんの顔は不細工に加工されていたもしれない。

 それくらいの一撃だった。

「(まあ、頑丈だから無事なんだろうけど)」

 不細工にはならずとも、青痣くらいにはなりそうだった。

「やぁっ!」

 地面から飛び出してきた衝撃と同じ射線で、まりが下から飛びかかる。

 まさか、あの一撃が、囮!? 本命はまりが得意とする肉弾戦なのか!

 空中で前転し、膝の裏を、体勢を崩した駆さんの両肩に引っ掛ける。

 ぎりり、と力を入れ、絞める。

 まりの顔と駆さんの顔が近づく。それ程にまで、まりの上体が起こされていた。

 にへら、と笑い。

 まりは真後ろに勢い良く体を逸らす。

 その勢いで、駆さんの足が浮く。これ、プロレスで見るやつだ!

 頭から地面へ。駆さんは身動きが取れないまま。

 とんっ、と。

 まりと駆さんは勢いゼロのまま、地面へ着地。

 怪我一つない、優しい決着だった。

「え? ちょっ、なにがどうなったの!?」

 まりから離れ、ぱんっぱんっと手をはたく駆さん。

 外から見た僕が説明すると、地面とまり達の距離が、なくなったように見えた。

 だから勢いが全然ついていないまま、地面に着地してしまった。

 見ている分にはそんな印象。もちろん、確信じゃない。

 あとは一瞬だけ、駆さんが本気の目になったような……。

「駆。分かってるわよね?」

「……悪かったって。本当にヤバいって感じたんだよ」

 まったく、と先生が溜息を吐く。え? どういうこと?

「アポロ・スプートニク。合格よ。入学式のクラス分け、楽しみにしていてくださいね」

「ちょ、ちょっと待ってよ先生!? 今の、あたしの負けなんじゃないの!?」

 まりが叫ぶ。

 確かに、あの結果じゃあ、負けたと思ってもおかしくはない。

 僕だって負けたと思ったもん。

「勝負としては、駆の勝ちですよ。でも、駆はルールを破ったので、反則負けです」

 そもそも勝ち負けではなく、審査ですからねえ、と先生。

 まあ、負けたところでただのクラス分けだ。実力が見られればそれでいいのだろう。

 だから、そこまで熱くならなくてもいいんだけど。

 まりは負けた自分が許せなかったらしい。負けず嫌いだなあ。

「駆は私の言いつけを破って、六割以上の力を出そうとしていました。まあ、結局、出していなかったのですが。それでも、出そうとした、という事実が反則に触れているんですよ」

 ですから、と。

「六割以上を出させようとさせたのです。誇りなさい」

 まりは先生に頭を撫でられ、恥ずかしそうに俯く。

 それで不満はないのか、まりは引き下がった。

「先生」

「どうしたんですか? アポロさん」

「今まで、ありがとうございました」

「どういたしまして。中学部でも、よろしくお願いしますね」

「……あ、やっぱりいるんですね」

「嫌なんですか?」

 ふるふる、と首を左右に振るアポロ。

 僕には背になって見えなかったけど、先生のにっこり笑顔が恐怖を生み出している事は、見ていなくとも分かった。

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