第24話 新しい仲間

 まりがアポロの足下の地面を、手の甲で叩く。

 こんこん、と音。響いてんの? 分かんねえって。

「あった……取っ手がある!」

 んー、と力を入れても、蓋はびくともしない。

 先輩、と声をかけられたので、僕も手伝い、一緒に引っ張るが、やはりびくともしなかった。

「絵空!」

「女の子としてここで頼られるのは相応しくない気がする……」

 ぶつぶつ言ってないで! 絵空自身に期待しているわけじゃなくて。

 単純に三人目としての期待だから! もちろん、絵空単体に期待もしているけど!

 渋々と、絵空は僕らと一緒に取っ手を引っ張った。きゅぽんっ、というシャンパンのコルクを抜くような音がした後、地下室へ続く蓋が、あっさりと開いた。

 蓋は勢いのまま飛び、森のどこかへ着地。拾う気はないので放置だ。

「行こう!」

「私だけの力じゃないからね!? みんなの力があってこそあの飛び具合だからね!?」

 一人だけ着眼点がずれている。そんな事は気にしていない。

 吠えている絵空は、ロコットが相手してくれていた。安心して僕らは地下室へ。


 長い長い梯子はしごだった。

 手を離して落下した方が楽そうだけど、ハートの一つ消費で済むようなダメージではなさそうなので、地道に梯子を一段ずつ降りていく。

 そして地面に足を下ろした。上を向いてアポロを確認。

「っ!?」

「どうしたの?」

 アポロがワンピースのスカートを両手で押さえた。あ、梯子を掴んでるのに。

 あ、と落下するアポロをお姫さま抱っこで受け止める。

 なにやってんだか、と僕は優しくアポロを下ろした。

「……見たの?」

「へ? なにを……ああ」

 なるほど。スカートの中ってことか。まったく眼中になかったから、たぶん見ていても目に入っていなかったと思う。だって色とか形とか、覚えてないし。

「見てないよ。……だって押さえてたじゃん」

「……ならいい」

 なぜちょっとむすっとする。見てほしいの? アポロは痴女なの?

 もしかして、眼中にないという僕の心の声がアポロに伝わってる!?

 見られたくはないけど興味をまったく向けられないのもそれはそれで納得いかないという、女の子の理不尽が、アポロの中に芽生えているのかもしれない。

 これ、男側の対処としては、なにが正しいのだろう。誰か、教えて欲しかった。

「あいつ、また……っ!」

「ロコットー、押さえて。まだ決まったわけじゃないんだから」

「明らかだったわよ! くぅっ、アポロを弄んで、あいつぅ!」

 後ろが騒がしいので僕は先を急ぐ。

 焦る気持ちを抑えられないのか、まりはもう、小さくなるほど先にいる。

 おいおい、敵の基地のど真ん中。

 もっと慎重になってくれないと不安だよ。

 見えないほどに真っ暗ではない。所々にある蛍光灯のおかげで、一本道のコンクリートでできた通路だと分かった。僕達は進む。

 そして、広い空間へ出た。罠やなにかしらの仕掛けがあるとしたら、ここだろう。

 先に辿り着いていたまりが心配だったけど、どうやら杞憂だった。

 まりは立ったまま、動かない。呆然、というか。

 信じられないものを見ているようで。

 気になり、僕は視線をまりと同じ方向へ向かわせた。

「……え?」

 思わず声が出た。

 だってそこは、跡形もなく、破壊された後だったから。

 基地の中の壁が崩壊していた。瓦礫が積み重なっている。

 何十人という男達が、そこで横になっていた。

 生きている、か? 完全に死んでいる者も確認できた。

「アポロは見ちゃだめだ」

 目を塞ぐ。そして後ろからついてきた絵空へ、アイコンタクト。

 ロコットの目も塞がせた。小さな子供が見るにはちょいとばかりグロテスクだ。

 まりはギリギリセーフだろう。

 でも、頭部が潰れた男の死体など、見てほしくはなかった――。

 けど、まりは見なくてはならない。これが彼らの最後なら。


「……いや」

 まりは小さく声を漏らす。

「この人達は、あたしの仲間じゃないっ」

 え? まりの仲間じゃ、ない? じゃあ、誰って、そんなの決まっているか。

 組織の構成員。やられているのは、敵側だった?

「破壊は、まだ先にも続いてる?」

 崩れた壁の先。

 そこにも壁があったらしいけど、今はない。

 天井も、消し飛ばされている。外の景色が丸見えだった。

 なぜ地上にいた時に気づかなかったのだろうか。

 森の木が、障害物として立ちはだかっていたから。

 ここまでの破壊も、見つけられなかった。

「誰がやったんだ?」

 僕は思わず声に出してしまった。

 決まり切っている、答えがあるのに。

「あたしのっ、仲間だと、思うけど……でもどうやって? ここまで破壊できる能力を持っている人は、いなかったような」

 拘束されていたから、戦う事はできなかった。

 でも混乱を招いた後は、拘束も取れていたはず。

 そこで誰かが、なにかをしたのだろう。

 第三者の僕じゃあ、そんな曖昧な言い方しかできない。

 単純に、まりが知らない人の知らない能力が発動して、破壊した。

 それが一番、可能性としては濃厚だった。

「でも、良かったね」

 僕は微笑む。

「まりの仲間は無事だったことじゃん?」

 もしかしたら崩壊に巻き込まれているかもしれないけど、わざわざ言う事でもない。

 この事態を通報して、後は、政府側が処理をしてくれるだろう。

 任せられることは存分に任せてしまえばいいのだ。

「うん。良かった。でも、あたしっ、置いていかれたってことじゃん」

 しゅん、とするまり。

 そうか。ここで、まりは仲間と合流するつもりだった。

 だけど、その仲間がいないんじゃあ、

 まりは、再び仲間と出会うまでは、一人ぼっちになるということだ。

 僕はまりの頭をぽんぽん、と優しく叩く。

 それを乱暴に振り払って、

「うっさい先輩」

「なんだよもー、せっかく慰めてあげよーと思ったのに」

「子供扱いすんなっての! べー、だっ」

 まさに子供、って感じの仕草を無意識でやっているところを見ると、あ、子供じゃん、て思ってしまう。

 僕はへいへい、と手を振り、道を引き返す準備。

 アポロは律儀に目を瞑ってくれていた。

 そんなアポロの体の向きを変え、一緒に歩かせる。もう目を開けていいよ。

「待っ、先輩! その……」

 まりが僕らを呼び止めた。僕らの姿を見て引き返そうとしていた絵空達も、また止まる。

 全員から注目を浴びるまりは、その目の数に萎縮してしまったらしい。

 まだ意見を言うのに遠慮があるのか。

 うーん、こればっかりは本人の勇気の問題だからなあ。僕らじゃどうにも。

 とてとて、とアポロがまりに近寄る。

 まりの言いたい事を察したのだろう。

 僕だって分かったのだ。アポロだって、分かるはず。

 アポロが【ディア・カード】を取り出し、まりへ差し出した。

 ただのカードではない。

 なにをするのか、全員が分かった。

「え、と」

「うむのディアモンになる?」

 あの時と同じ質問を、アポロは投げかけた。

 ぱぁっ、と表情を明るくしたまりは、最初は恐る恐る、でも、後半は力強く。

 そのカードに指先で触れた。

 ディア・カードに、まりを象徴するマークが浮かび上がった。

 これで契約完了。これでまりは、アポロのディアモンになった。

「マスター。よろしく」

「うん。よろしく、まり」

 そしてまりは僕を見る。にやにやと、見下した瞳と表情で。

「よろしく、先輩」

「いやだよ、後輩」

 仲間が増える事は嬉しいけど、いじられるのは嫌だなあ。

 絵空以上に厄介な女の子が傍にいることに、これからの日々の大変さを、容易に想像させる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る