第22話 世界の危機
まり自身も疑問だったようだ。
仮の名称なんだからこだわらなくてもいいよ。
まりは納得していないものの、組織名が分からなかったらしく、そのまま話を進めた。
「あたしが逃げられたのはたまたまっ。ちょっと前から脱出するための計画は進んでたの。あたしっ、と、数人の仲間と」
「その計画は?」
「半分成功。半分失敗」
まり達の計画は組織の中で混乱を起こし、その隙に逃げる、という、よくある作戦だった。
まあ、囚われている身なのだから、外部に協力者がいない限りは、手はそれしかない。
最も手頃で確実性があるのはそれくらいか。
「あたしはっ、基地に残っている側になってもおかしくはなかった!」
運が良かっただけ、と苦い顔をする。
まりの代わりに基地に残っている仲間がいる。
それを考えたら。
自分の安全が確保できたからと言って、はいおしまいとはいかない。
「まり以外に逃げられた仲間って?」
「分からないよ」
必死に逃げていたのならば、確認する暇もないか。
数人が集中して逃げるよりは、分散した方が追っ手の戦力も自動的に削がれる。
まりがこうして無事な事を考えると、もしも分散して逃げていた場合、まりへ割かれていたはずの戦力が、そっちに集中しているかもしれない。
組織がどういうものかは分からないけど、逃げるのは難しいかも。
すると、絵空が黙考から戻ってきた。
「その組織って、どういうことをしてるの?」
「ええと……、野良のディアモンを、あ、でも、野良じゃなくても、強いディアモンは無理やり奪って、捕らえている感じ。ディアモンの力を使って、戦力を増強してるっていうのを、戦闘員達の会話で聞いたことある」
戦力の増加って。
どこかと戦争でもするつもりなの?
「私も、ちらりと聞いたことがあるわ。ロコットって、成績優秀者だから、結構、世間の事とか先生側から教えられるのよ。その時に、少し」
絵空が言うには、僕らからすれば、この異世界。僕らからすれば、政府。国を含めた世界を動かす権力を持つ上層部へ攻撃を仕掛けようとしている団体がいるらしい。
それが、まりが捕まっていた組織だ。
どうやらその組織は、ディアモンを飼い慣らし、テロに使おうとしていたらしい。
まりが確認した囚われているディアモン数十体。いや、もっといるはずか。
世界の上層部へ攻撃を仕掛ける、つまり戦争をしようと言うのに、たかが数十名のディアモンで、準備万端なはずがない。できることなら、敵側に強大な戦力である【ディアモン】を所有させないところまでいくべきだ。
まだ世間は、その組織に警戒はしていないらしい。
存在していることも知らないだろう。まだ、彼らはなにもしていないからだ。
下準備すら達成できていない。
ただ……、なぜそれを上層部が掴んでいるのか謎だけど。
そういう平和の綻びは、敏感に分かるのだろうか。
二重スパイ的なのが送り込まれているのかもしれない。
上層部も分かっているなら対策をするはずだ。
人間には危害が及ばないように。
そこに、たぶん、ディアモンは含まれない。
「いや、どうでしょうね。ディアモンは上層部からすれば武器みたいなものだから、回収しようとするかもしれないじゃない」
「回収できるならそれが一番良いだろうけど、回収できないなら破壊するって考えが簡単にでそうなのが、上層部って印象なんだよね」
僕の考えに、まりがびくりと反応した。
まりでこれなのだ。アポロには、あまり聞かせたくなかった。
でも、無関係じゃない。
まだ小さな子供だからって、仲間はずれはできないだろう。
それに、万が一のために、知識だけでも入れさせないと。
最悪の自体が起きてから、どうすればいいの? じゃあ、逃げ遅れる。
「アポロ?」
僕は隣のマスターを窺う。うとうとしていた。
お弁当を食べ終わる前に、もう眠気がきているの?
こくん、と頭が僕の腕に寄りかかる。
まあ、いいか。物騒な話はいつでもできる。
今はそんな世界を巻き込む、大きな話ではなく。
「問題はそんなことよりも、まりの仲間のことじゃん」
「……あんたね。世界テロの事を、そんなことよりもって」
「だってそうじゃん。いつか世界は滅びます、って言われても実感なんて湧かないし、都市伝説だと思っちゃうよ。テロだって、上層部が分かっているのならなんとかなる気もするし」
上層部がまともなら、の話だけど。
「そんなあるかも分からない未来のことよりも、今の問題を解決するのが先じゃないの?」
たとえば、
「まりの仲間がまだ囚われているとして。一度、脱出を試みたんだよ? いくら戦力だからと言っても、いっそう縛りは強くなるし、飼い慣らすための方法に拍車がかかると思う。どういう方面でブーストがかかるのかは予想がつかないけど。逃げ出してお咎めなし。やり方も以前と変わらず。世界に戦争を仕掛けるテロ集団が、そんなに甘いとは思えないよ」
まりの事を考えて、具体的な事は言わないように。
人体実験のような事が組織内でおこなわれていてもおかしくはない。
頭の中をいじくられるとか。それで洗脳して飼い慣らし完了、とかね。
戦争のための、【ディアモン兵器】の完成、なんてさ。
「まりは、そう相談したかったの?」
絵空が問いかける。
まりは、僕の考えまでは思い至っていなかったようで、顔を青くしている。
でも、うん、と頷く。
言いたい事は、はずれてはいなかったようだ。
「……先輩、どうして当事者のあたしよりもっ、これからのみんなの危険性が分かったの?」
まりは僕を見上げる。
信用できない、という感情は込められていない。
信じられない、とは思っているだろうけど。
それも、すぐに最悪の予想まで行きついたことに関して、だろう。
どーして、と言われても。
「信じられないでしょうけど、勇架はこんな事ばかり考えているから。たまたま的を射ていただけで、本当はただのアニメと漫画好きの中二病だから」
確かに知識はそこから仕入れているけど。飼い慣らすとか、奴隷とか。
やっぱり人体実験とか、洗脳とかが先にきちゃうよね。
仕方ない、だってそういう思考回路だもの。
僕のアイデンティティは、この世界ではドンピシャだった。
「先輩、は……」
まりは言いずらそうにしていた。
頼み事、をしたそうに。
すっと言えばいいのに、と思うし、言いたくなったけど、僕は待つ。
多くの裏切りを経験して、人の偽善を味わってきた。
頼るということ自体が、まりの中では存在していない。
だから口が動かない。言葉は止まってしまう。
僕は待った。するとアポロの目が覚めたらしい。最初から寝ていませんよ、とでも言いたそうな表情で、僕に寄りかかっていた頭を、ぴんっ、と立たせる。
僕に見栄を張ってどうするの。なにもかもを見ているよ、もう。
「まりは助けて欲しいの?」
寝起き直後、ぱっちりと開いた、汚れていない瞳でアポロが問う。
まりは答えられない。俯いてしまった。
「じゃあ助けてあげる」
「ダメ。アポロちゃん」
それを絵空が止めた。僕は「?」と疑問だった。
自分から助けを求めない相手を助けはしない。絵空の目はそう語る。
これは、まり自身が僕らを信用し、助けを求めることで成立する。
まりがなにも言わなければ、僕らはなにもしない。
「先輩……」
まりはまだ遠慮している。僕らを信用していない、のではないのだろう。
お弁当を一緒に食べ、ここまで打ち明けた。
もう、まりが過去に出会った、偽善を振りかざす人達とは、違うのだと伝わったはず。
でも、言えないってことは。
「まりって、優しい子だね」
「……え?」
だって、僕らに危険が及ぶから、助けを求められないってことでしょ?
それって、もう充分に、信用している。それに、信頼も。
気にしなくていいのに。でも、気にしてしまうから、まりは優しい子なんだ。
だから僕は、絵空には悪いけど、伝える。
「まりのためなら、怪我くらい、いくらでもできるよ?」
あくまでも、怪我くらい。
命の危機になったらもちろん逃げ出すけど。
そう付け足す前に、まりは覚悟を決めた顔で。
「先輩……あたしをっ、仲間を助けて!」
そのお願いに、格好をつけて返事をしようとしたけど、出た言葉は気楽なものだった。
それくらいなんてことないよ、と僕自身が心の底で思っているからこそ、自然と溢れた言葉。
「うん、いーよ」
――さあさあさあ!
自由気ままに、異世界を掻き回す時間だ。
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