第21話 三人旅とプラス1

「ん……?」

「あ、気づいた。ねえ、大丈夫? 体の怪我、痛まない? ああ、私達はあそこで転がってる変態じゃないから、なにもしないわよ。安心して」

 びしっと僕を指差す絵空。ぐったりとうつ伏せで倒れている僕への罪悪感ってないんだろうなあ……いつも通りのやり取りにしては、強過ぎるし、一撃が重過ぎる。

 冗談じゃなく、マジな感情が込められてやがる。

「うむのリュックに絆創膏ばんそうこうが入ってるから、使う?」

 猫耳少女の腕を取り、傷を見ながら、アポロ。

 そんなアポロは、はうわ!? と驚いた声を出した。

「なんこれ、可愛すぎぃーっっ!?」

 猫耳少女がアポロに飛びついた。

 すりすりと自分の頬をアポロの頬へ擦りつけている。

 本当に猫みたいだ。いや、猫ってこんな事をするのか知らないけど。

 猫って、クールなイメージがあるからなあ。

 こんなに馴れ合うようなやつだった気はしない。

「あわ、あわわわ」

 両手を広げて、ぱたぱたと振るアポロが僕へ視線を向ける。見てると面白いなあ、アポロ。

 必死に助けを求めているようだけど、助けるのはやめておいた。

 僕は顔を伏せる。僕がこうなったのも、アポロの魔法のせいだからな!?

「勇架!? マスターを裏切るの!?」

 裏切ってないよ? 僕はなにも見ていないだけ。

 すると猫耳少女がぼそりと呟いた。

 少し離れているのに、それは鮮明に聞こえた。

「ディア、モンの……マスター? ……ッ!」

 ばっと少女が飛ぶ――バックステップ。

 アポロから距離を取る。

 その音に、僕もアポロへ意識を向ける。

 距離を取っただけで――それだけだ。アポロはなにもされていなかった。

「その容姿にまんまと騙されそうになったいガッ!?」

 後頭部を両手で押さえてうずくまる少女。

 うわー、痛そー。

 あの勢いのバックステップのまま、後ろの木に思い切り頭を打ち付けたよ。

 もしかしてあいつ、ああやって体中の傷を増やしたわけじゃないよね?

「――んんんんんッ!」

 足をじたばた。

 痛みを和らげようとしている。

 どうしよう、これ。見なかった振りをした方がいいのかな?

「もしかして」

 すると無防備にアポロが近づく。

 苦痛に顔を歪める少女の瞳から、涙が溢れそうになっている。

 そんなに痛かったのか、あれ。音に似合う痛みだったらしい。

 キッ、と睨み付ける少女に目線を合わせるよう、アポロは少し屈み、


「もしかして、野良のディアモン?」

「だったら、なんだって、言うのよ」


 少女は視線を逸らす。たぶん、アポロの事を気に入ったのだろう。でも、マスターという【敵】だった――と判断できたことで、無理やり好意の感情を押し殺しているのだろう。

 手をアポロの前に出して、来るな、のポーズ。

 それでもアポロは進む。

 頬を紅潮させ、にやける少女は、口では攻撃的だった。

 そんな嬉しそうな顔で言われても、説得力がまったくない。

「うーんと、うむはアポロ。あれが、勇架。うむのディアモン」

 あ、猫耳少女と目が合った。すぐに嫌そうな顔をする。なんでだよ。

 アポロは指を立て、顎に添える。仕草はなんだかできる女って感じ。

 実際はほとんどできない少女なんだけど。

 考えた結果、アポロが、うん、と頷き、手を伸ばす。

「うむのディアモンになる?」


 ―― ――


 飛球ひだままり。

 猫耳少女の名前だ。

 年齢は十五歳。中学三年生なので、僕の一つ下。つまり、後輩になるわけだ。

 もしもアポロの誘いを受けていれば、アポロのディアモンとしても後輩になるのだけど。

 しかし、まりはアポロの誘いを断った。

 アポロが嫌なわけではない、と彼女は語った。

 野良のディアモンではあるけど、自分には仲間がいて、彼らの許可を得ないままに、誰かのディアモンになることはできない、らしい。

 仲間の許可を得られれば、じゃあアポロの誘いを受けるのかと言われたら――しかし、それもないかな、とまりは言う。

 野良の方が気楽でいいし、と、微笑みながら。

 それに、マスター自体に嫌なイメージを持っている。


 僕らは今、森の中で円になり、お弁当を食べている。町まで行ってからでもいいじゃん、と絵空が文句を言っていたが、アポロが「ピクニックみたい!」とテンションが上がっていたので、森の中で食べることにした。

 ぶーぶーと文句を後から僕だけに言うな! 大人げないなぁ。

「どうして、ここまでしてくれるわけ?」

 アポロに言ったのではない。まりの目線は、僕にしか向いていない。

 みんなから少しずつ分けてもらい、かろうじて一人分になった寄せ集めのお弁当を食べながら、まりは不審な目だった。

「アポロのきまぐれ? きまぐれでもないかなあ。当然、のことかも。目の前で女の子が一人で倒れていたら、そりゃ助けるでしょ」

 特別な出会いかもしれない、とか関係なく。見捨てたら後味が悪いし。

「先輩はバカなの?」

 まりが唾を吐くように言う。えー、その返しは予想外だ。

「普通は助けないっつーの。倒れたところを拾って、手当てとか、してくれる人は多いかもしれないけど」

「え? それって助けてるじゃん」

「はあ? 利用するための下準備でしょ」

 心が歪んでるなあ、とは言えなかった。

 まりは「当たり前でしょ」と言わんばかりの、自信に満ちた表情をしていた。

 そうとしか考えられない、と思考がガッチガチだ。

 先入観のせいで全然、視野が狭くなっている。

「そんなやつばっかりじゃないけど。ただ、まりの事を考えて助けようとしてくれる人はいるよ?」

「先輩の周りは、外面が良い人ばっかだね。まあ、そっちはそっちで信用できないんだけど」

「まりはなんで木の上にいて、しかもそんなぼろぼろなの?」

 まりの意見は崩せそうにないので、話を進める。

 彼女は僕とは違い、野良のディアモン。

 その名の通り、マスターの支配下にはいない、ディアモンのことだ。

 自由気ままに世界を生きている。

 その分、衣食住が充分じゃないというリスクもあるけど。

 ディアモンはこの世界では、人間と同等の扱いを受けていない。

 というか、人間として扱われていない。僕らの世界で言う、動物と同じものなのだ。

 僕らは動物というくくりで、ディアモンという呼び名で扱われている。

 衣食住を、町で探そうとしても困難を極める。

 犬や猫がホテルの予約ができないように、僕らは体こそ人間だけど、権利はないに等しいのだ。

 それに比べ、マスターの支配下にいるディアモンは、それはそれは裕福な暮らしができる。

 まあそれも、マスター次第なんだけど。

 野良になったディアモンは、はずれのマスターを引くことが多い。

 まりもそうだったらしい。この世界で差別され、マスターの下にいても、ストレス発散のサンドバッグ扱いでしかなかった。だから逃げてきた、と語った。

 マスターの支配下からディアモンが逃れるには、マスター自身が所有権を放棄する。

 もしくはもう一つ……、マスター自身が、死ぬこと。

 まりはどうやって逃げたのか、具体的なことは言わなかった。

 なので、僕らは彼女に細かく追及はしなかった。

 これを踏まえて、まりがなぜ今、ぼろぼろなのかを問う。

「あたしはね、先輩みたいにこうやって優しく近づいてきて、裏では金儲けや自分の欲望達成のことしか考えていなかった、っていうパターンを、何度も何度も体験してるのよ。……先輩のことを、信じられるわけないじゃん」

 だから、どうしてぼろぼろなのか答えられない、って?

「じゃあ僕じゃなくて、アポロに教えてくれる?」

「この子から先輩に伝わるじゃん!」

「アポロは信用しているのか……」

 伝わる事を考えているってことは、打ち明ける前提じゃないか。

 絵空の事も嫌ってはいないようだし。姉さん、と言って慕っているし。

 僕の事も先輩、と言ってはくれているけど、信用されてないのかあ。

 ちょっと傷つくなあ。いや、まりに信用されていないからじゃなくて。

 いやいや、もちろんそれもあるけど。それよりも唯一、僕だけが信用されていない点が。

 だって、三人でやっていること、同じなんだよ?

「いいじゃない。話してみなさいよ。なにか手伝えるかもしれないし」

「姉さん……」

「信用できないのは勇架だけなんでしょ? じゃあ大丈夫よ。なにか変な気でも起こしたら、私が勇架を不能にするから」

 なにを!? と気になる省略の仕方だ。

 でも、絵空のその言葉のおかげか、まりは話す気になったようだ。

 なんだかしっくりこないなあ。

 なんで僕だけそんなに信用されてないの? 

 男だから? こういう時って損だなあ、男って。

 熱心にまりの話を聞いて、お弁当を分けようと提案したの、僕なのに。

 傷の手当ての手伝いとか。

 まりが移動の際、傷の痛みを感じたら、肩を貸したのは僕なのに。

 努力が報われないって、こんな感じか。

 ぽん、と肩に手を置いて慰めてくれるアポロが大きく見える。

 ただ、仕草がなんでそう、男らしいの?


「あたしっ、逃げてきたの。ええと、分かりやすく言えば――悪の組織から?」

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