第20話 三人旅 その2
「じゃあそろそろ行くか」
おつかいの時間制限はあるにしても、リミットは今日中だ。
今はお昼前。間に合わなかったーなんて、万が一にもないだろう。
もしも間に合わなければ、この森から出られていないことになる。
なので急ぐことはないけど、ゆっくりし過ぎ、ということはできない。
できるだけ平常運転で。
「って、あれ? 絵空?」
「勇架、ごめん。足、動かないや」
僕は屈み、絵空の足を見る。
靴を履いていたので脱がし、靴下も一気に。
恥ずかしがっている絵空は無視した。これは治療だ。
人の裸を見て恥ずかしがったり変な気持ちになったりする手術中の医者がいないように、僕も絵空の足に変な気持ちは抱かない。
だって、足って。
僕はそんなフェチじゃないし。
「いたっ」
「あ、ごめん。でも、ちょっと擦っただけでそんなに痛むのか」
どこかでぐねったのかな? でも、捻挫みたいに青黒くはなっていないし。
やっぱり疲労が蓄積されていたのか。ほらもー、僕の奴隷とか言って、色々と世話を焼くから。いらんことまでするから、いつも以上に負担がかかるんだよ、まったく。
「勇架、役立たずの私の事、怒ってる……?」
「いやいや、怒ってないよ。怒ってるとしたら、すぐに言わなかった事かな。違和感に気づいても、まあ大したことないだろって流しちゃったことは、ちょっと見過ごせない」
「……お仕置き?」
「なんでわくわくしてるのか知らないけど、しないからね!?」
しゅん、とする絵空。え、それはどっち?
僕に迷惑をかけてしまったこと? それともお仕置きを受けられなかったこと?
聞けない……。答えがそっちだった場合、僕はどうすりゃいいの?
「鎖とか手錠はいいけど……触手とかはちょっと」
「僕の事をどんな目で見てるんだよ。つーか、僕が教えたのよりハードになってんじゃねえか!」
絵空が過激なエロ方面に進化してる!? というか、そういう系を間違えて教えちゃったのって、数年前だった気がするけど!? 中一とか、中二とか。
女子にそういう話題はアウトだと後々に気づいて、それからは言わないようにしてたのに、一人で踏み込んで突っ走っていた!?
絵空からすれば、僕はその道の先駆者なのだろうけどさ、僕だってそんなに知っているわけじゃない。つーか知らないものの方が多い。そっち方面は興味外だよ、正直ね!
「どんな目って……普通に友達として見てるわよ!」
おぉ、ここでそれが出てきて安心した。
うずうずしている絵空は放っておき――だからしないからね、お仕置き。
「ほら」
屈んだまま、僕は背中を向ける。
「え? なにしてるの? もしかして、そーいうプレイがあるの?」
「特殊なプレイから離れてくれる!? アポロもいるんだよ!?」
アポロはきょとんと首を傾げている。知らなくていいよ。
くっ、あの時の僕を恨むぞ。なんで絵空に特殊なプレイの話題を振ってしまったんだ。
絵空はどう見てもサディスト方面だろ、なんでマゾの方なんだ。
「……いいの?」
「いいって。荷物はアポロが魔法で運んでくれる」
「え?」
アポロが青ざめた。いやいや、そんな大変じゃないでしょ。
「うむ、もっと楽してられると思ったのに」
「残念だったね。アポロもちゃんと働いて」
むすっとしたアポロは杖を取り出し、魔法を行使。
絵空が背負っていたリュックを風の魔法で浮かせた。
「勇架が思っているよりも案外これ、しんどいんだよ?」
「僕だってしんどいんだよ」
「誰が重いって?」
「ぐぐぐっ、ギブギブ!! やっぱりサディストだよねえ!?」
絵空の腕をタップしたら、素直に緩めてくれた。あのままいったら、僕は呼吸ができなくて死んでいた。前のめりに地面に鼻っ柱を激突させていただろう……、想像しただけで痛い。
首に回される腕。でも今度は絞められない。
強くない程度に、ぎゅっと。落ちないように、しがみつかれている。
「勇架が生きててくれたからこそ、こういうこともできるんだよ」
耳元で、ぼそり。
絵空が呟く。
まだ気にしてる。絵空にしては長いな。いや、そうでもないか。
明るく振る舞い、でも誰よりも長く抱え込み、向き合っているのが絵空だ。
逃げずに、立ち向かって、苦しんで。僕は、それを最近、知ったのだ。
最近、と言っても、中三の時なんだけど。
みんながすぐに忘れてしまうようなことでも、絵空はずっと背負い続けていた。
まあ損な性格なんだけどさ。でも、僕は嫌いじゃなかった。
僕と正反対で、僕にはない考えを持っているから。
僕は刺激されて、色々と知ることができているのだから。
「絵空がいないと、やっぱりダメだね」
「どうダメなの?」
独り言に返事。
会話をしようとしたわけじゃないんだけど、まあ。
いっか。
「絵空がいないと、まともな生活ができないよ」
笑いながら言うと、絵空も笑った。そして、
「しょうがないな。私をメイドとして傍に置くことを許すわ」
属性が変わった。今度はメイドかー。
着実に、僕らオタク側の知識を吸収し、進化している。
僕らよりも深いところまで行きそうで、恐いよ。その内、僕の知識も越えそうで。
身近にいた強敵発見に、僕の心がざわついた。
頼むから。マニアック過ぎるところには行かないでくれと願うばかりだった。
―― ――
「み、見つけたー!」
僕は思わず叫ぶ。長かった……。本当なら、ここまでかかった時間の三倍は早く着くはずだったのに、悪ふざけをしたせいで、時間がうんとかかってしまった。
森から見える隣町。
雰囲気は学園がある活発な町とは違い、落ち着いていた。
建物が均等な距離で建てられている。
田の字のような区画がいくつも隣接している。
つまらない迷路のような構造の町だな。
これなら絶対に迷わない。
ただ、どこにいても同じ景色なので、現在位置が分からなくなりそうだけど。
「でも、見つけただけで、ここから町まで行かなくちゃいけないのよ?」
「分かってるよ! 喜びを半減させないで!」
絵空の言う通り、森の中でも、僕らがいる場所は高所だ。
別に山に入ったわけでもないのに、なぜこうも高い場所に出ているんだ?
アポロの先導がやっぱり原因だと思うんだけど……。
「もー、勇架ー」
「え!? 僕のせい!?」
アポロが先回りをして僕を責めてきた。それにつられて、絵空までが「もー」と呆れ顔。
三人いて、二人が僕を責め出したら、僕の負けじゃん。
「いやいや!? 僕のせいでは……誰のせいでもないよ。強いて言うならみんなのせいだよ」
アポロの暴走を止められなかった僕のせいでもある。
同じように、止めない僕を注意しなかった絵空のせいでもある。
興味を優先させたアポロのせいでもある。
ほら、みんなのせい。
責任を押し付け合う醜い争いはやめようよ。
「誤魔化すな」
「そーいう態度に出るなら僕も遠慮なく言わせてもらうけど、アポロがふらふらするからじゃんかー!?」
ぎゃーぎゃーわーわーと、責任を押し付け合う醜い争いをする僕とアポロ。
「相変わらず仲が良さそうね……」
「「これはわりとマジなやつ!」」
僕とアポロの声が重なったのと同時。僕らの隣の木が揺れる。
がさがさ、と音を立てて枝が数本、しかも結構、太めなやつが地面に落下した。
遅れて、もう一つ。枝にしては、大きい。
というか、枝と言うほど細くはないし、パーツの集合体みたいな……って、人間!?
女の子が上から落ちてきた。
小麦色に日焼けした肌の、露出が多い。
服装は、ぼろぼろで、びりびりに所々が破れている。
そういうファッションの服装と言われれば、納得できそうなダメージノースリーブ。
丈が短く、まあそれもファッションなんだろうけど、へそ出しスタイル。
そして超ショートパンツ。太ももが遠慮なく剥き出しだった。
そして茶髪のショートヘア。毛先はくるるん、と跳ねている。
日焼けをしていて、しかも活発そうな見た目の印象から、
海上スポーツでもやっているのだろうか、と連想してしまう。
そして、そんな彼女の頭部に目が引き寄せられた。
「猫、耳……?」
どこからどう見ても猫耳だった。
毛の感じが、他とまったく違う。
ぴくぴくと動いているので、つけ耳ではないのだろう。
でも、ちょっと興味があるので触ってみた。
「えい」
彼女の反応はなかった。眠って、いる? 気絶してる?
呼吸はしているらしいから、命に別状はないみたいだけど。
わさわさ、わさわさ。
おぉ、手触り、気持ち良いな。フリースの生地みたいで。
「私を背負いながら、倒れている女の子に触れて興奮している男を変態と呼ばずに、なんて呼べばいいのかな……?」
「勇架の目が犯罪者みたいになってる。これはしつけなくちゃいけないね」
背後からの威圧が凄い。
好意から生まれた嫉妬による威圧だったらいいのになあ……。
どうやら本気で僕の変態性を見下しているようだった。
「あは、は……。いやでも、猫耳を持ってる女の子がいたら、触りたいっておも、」
アポロの魔法と絵空の寝技が、同時に僕を襲う。
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