第18話 黒い相棒
「こっちこっち」
「そんなに引っ張らなくても……あの二人は逃げないわよ」
「勇架が負けちゃうよ」
「あー。そういうことね。でも、心配はないんじゃないかしら? だってあの二人って、元々友達だったんでしょ? 戦っても、そんなに痛めつけられたりは」
「されてるよ」
「されてるわね。まあ、あれがあの二人のコミュニケーションなんじゃない? アタシから見ても過剰だとは思うけどね」
「ロコットがそれを言うの?」
「だからアタシから見てもって――もうっ、ごめんねってば。もうやり過ぎたりしないから」
「いや、うむのことをいじること自体をやめてほしいよ……」
「だって、しゅんとしたり恥ずかしがったりむすっとするアポロを見るの、好きなんだもん」
「重いよ。ロコットの性癖が、怖いよ……」
「そんなことより、見えてきたわよ。あの二人じゃない?」
「さり気なく話を切り替えられた……」
「ほらほら――って、なんか、砂埃が凄くて、見えにくい……?」
「どーしたの?」
「いや、なんだか、既視感があって」
「……ねえロコット。なんだか、嫌な予感がする」
「アタシも」
「「すぐに行こう!」」
―― ――
「絵空! なにやってるのよ!?」
「ロコット……それに、アポロちゃんも」
「なにがあったの?」
「それが……」
「勇架は? 勇架は、もしかして、あの砂埃の中?」
「うん。……アポロちゃん、ごめんね。これ、私のせいだわ」
「――絵空、なにをしたのよ!?」
「あの時と同じ魔法を撃って、そしたら、勇架が……」
「ちょっ、アポロ!?」
「アポロちゃん!?」
「(勇架っ。大丈夫、だよね?)」
「戻ってきなさい! アポロッ!」
「アポロちゃん! 今の勇架は、危険なのよ!」
「勇架ッ!」
―― ――
「アポ、ロ……なの、か?」
僕は激痛のせいで地を這う体勢だった。
中途半端な四つん這いの状態で、駆け寄ってきた少女を見る。
でも、視界のほとんどが黒く塗り潰されているようで、誰なのかは認識できない。
ちらりと見えた白髪から、絵空ではないと分かる。アポロだろ、これは。
心配なのは絵空だ。さっき、駆け寄ってきてくれた彼女を吹き飛ばしてしまった。
無事ならいいけど。もしも致命傷になっていれば、僕がなんとかしなければいけない。
僕は動こうと、指先を動かした。
それが肩甲骨から全身へ広がる、激痛のスイッチになっていた。
指先一本。動かしただけで、僕は平伏す。
せっかくがまんしてここまで体勢を起こしたのが、無駄になってしまった。
「アポロ、でなくても、いい……、近くに、絵空……女の子がいるはず。もしも危険な状態、なら――助けて欲しい」
「大丈夫。絵空は、無事だよ」
僕の頬が冷たいなにかで触れられた。
手だ。指先。小さくて、細くて。冷たくて。
でも、落ち着く。
どきどきしてしまう。そんな魅力を持つ手が、僕の痛みを少しだけ和らげた。
「やっぱり、アポロだったか……」
「うん。うむだよ。隣にいるから、安心して」
「ありがたいけどね。でも、離れてて。僕の抑えも、そろそろ効果がなくなるよ……」
「ねえ、勇架。全身から溢れてる、黒いそれ。どうすることもできないの?」
「できないよ。こうして抑えているのが精いっぱい。もしもこれが全部、勢い良く出たら――たぶん、凄いことになる」
「すごいこと?」
「凄いこと」
なんて曖昧なんだ、と思う。でも、それが一番、分かりやすい。
凄くて、ヤバいことになる。
アポロに向けて、不安になるからあまり言いたくはないけど、ロコットの家なんて簡単に吹き飛ぶ。もしかしたら、この家だけじゃ足りないかもしれない。
町まで被害が及ぶかもしれない。
くそっ、どういう能力なんだ、僕のこれは。
「アポロが来てくれて、助かったよ。ロコットは、説得できたんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、そのまま、みんなを連れて逃げてほしい。家の人もみんな。あと、町の人も」
「勇架はどうするの?」
「僕はなんとか、これを抑えてみる……。でも、失敗するかもしれないから念のため、みんなを避難させてほしい」
「……うん、分かった」
そう言って、アポロが僕から離れて行く。
良かった。信じてくれたか。
実を言えば、もう抑えられそうになかった。僕の能力が全て解放されたら、町までは言い過ぎにしても、ロコットの家は確実に吹き飛ぶと思う。それくらいの力はあると、僕でも分かる。
だから避難が終わるまで。
ロコットの家がすっからかんになるまでは、なんとかして抑えなければ。
避難が確認できたら、もう堪える必要もない。思う存分に解放してやろう。
それが暴走でも、自滅でも。
被害が僕だけで済むなら、それでいいじゃないか。
ほんとは嫌だけど。仕方ない。
自己犠牲が英雄視されても、嫌なものは嫌だ。
だけど、これだけの激痛をあと何時間も堪えることは不可能だ。
数分ならまだしも。その数分で解決するとも限らない。
諦めは早い方だ、僕は。
「うおっ!?」
激痛がさらに大きな波となって僕を襲う。一人になったという事実が、僕の精神を弱くさせた。心細い。寂しい。でも、近くに人がいたらいたで、困る。
みんな逃げられたかな?
もうそろそろ限界なんだけど。力、抜いてもいいのかな?
「だめ」
白髪が揺れた。アポロが、僕の隣にちょこんと座る。
「ちょっ、おい! なんでここにいるの!?」
「大丈夫。家の人は避難させた。町の人も、たぶん大丈夫」
「たぶんって! アポロが避難できていないじゃんか!」
「……あいつ、アタシらもいること見えてないぞ?」
「いいんじゃない? アポロがいれば勇架は満足でしょ」
アポロほど近くはないけど、絵空とロコットもそこにいる。
だから……ッ、危険だって、言ってんじゃんかよーッ!
「一人になんかさせない。勇架は、うむのディアモン」
アポロは微笑んだ。
僕にとっては、天使のように見えた。
「生きるも死ぬも、一緒だから」
僕は、そんなアポロを見上げる。
ダメだ。ダメなんだ。
これ以上、一緒にいれば、僕の能力が、アポロを喰らってしまう。
絵空だって、ロコットだって、同じように。
僕の、能力で。
僕が、不甲斐ないばかりに。
仲直りできた二人と。幼馴染の一人を。
これからが楽しい三人の毎日を、僕が奪ってしまうなんて。
僕が、僕自身を許せない!
なによりも、僕の言う事を聞かないこの能力が。
うざったくて、憎らしくて。ふざけんなよッ!
僕は立ち上がる。激痛なんて知った事か。
お前は、僕のもんなんだろうがッ!
「うるせえよ。僕を喰らおうとするなんて、何様のつもりだよ?」
アポロは、誰と話しているか分からない僕を、不思議そうに見つめる。
背中から溢れてくる黒いそれを。僕は手の平で、すくい上げるように。
「暴走とか自滅とか、やり尽されてるんだよ。なんだその展開。お腹いっぱいだわ。やるならもっと奇抜なもんを持ってこい」
そうじゃなきゃ、僕は満足なんてしねえ。
僕は僕の中にいるそいつに、語りかける。
こういうのも、やっぱりやり尽されているけど。
意思疎通としては、これ以上に便利なものはない。
「考え抜いて出直してこい。僕を喰らいたきゃ、満足させてみろ。僕はお前を受け入れない。自分勝手にやる。自由にお前を出す。だから、お前も自由にやれよ――」
背中の黒いそれは、段々と、供給を抑えていく。
「馬鹿なヤツだなあ。自由にやらせろって、言えばいいのに」
僕は否定なんてしない。僕は束縛なんてしない。
自由に、身勝手に。好きにやれと、認めるのに。
やがて、供給が収まった。激痛は、もうない。
僕の中にあいつはいると、今はもう、感じることができる。
「あー、なるほどね」
僕は呟く。自分に言い聞かせるように。
「――僕の能力は、そういうことなのか」
僕自身で制御できない、自動で動く矛であり、盾であり。
僕の中に、もう一つの人格が存在している。
そして、僕を見上げるアポロの頭を撫でる。
くすぐったそうに。気持ち良さそうに。
猫のように首を振るアポロへ、僕は言った。
「ごめんね、アポロ。僕はたぶん、一生、能力を自由に操れないと思う」
アポロと目線を合わせて。
彼女はきょとんとした後、帽子で顔を隠しながら。
「いーよ」
……なぜか僕を見ようとしてくれないアポロに、少し傷ついたけど。
自分の能力がはっきりしたという嬉しさで、そんな感情はすぐに消えた。
…下巻 ≪野良≫の少女 へつづく。
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